早世の巨躯
幼体たちに贈る言葉は、語彙の問題で素っ気ないものにならざるえなかった。
私が伝えるのは、緑緑赤の『耐えろ』だ。
もう何がとは言わん、苦しみを耐えろでも、世界を滅ぼすのを耐えろでも、どちらでもいい。
『待て』の言葉も考えたが、彼らの子育ては大抵、『耐えろ』と『真似しろ』で行われるから、幼体にはこれが良いだろう。
どんなに非道な世とわかっても、変えることができない以上は耐えてもらうしかない。
私が悪いのもわかってはいるが、とにかく耐えろ。
生きてさえいれば、良さがきっとわかる。
その言葉で幼体が身構えたところに、白、赤、赤の『怒り』・『叱責』を示す表現を足すと、幼体たちは、僅かに逡巡し、動ける者は瓦礫の山から離れ、散り散りに逃げた。
これは私の心情が伝わったというより、彼らが勝手に怖じけづいたんだろう。
彼らの親にあたる子育期の者は、叱責の際、“波統”の始粒子を激しくぶつけることによって、幼体の心を畏縮させ、注意と変える。
そういう精神の扱い方は心胆を練ったことによるモノだから、私には真似できないが、彼らの子育ては暴力は用いず、生きるために必要なことを、精神力を使った叱責と、自らの行動を真似させることで伝えていく。
ただやはり、言葉が必要となることもあり、『縄張り』や『食事に良い地質』『固圧が作りづらい』等、子育期にのみ使われる言葉も多い。
そういった文化を知ってることが私の何よりの強みで、私に味方がいない以上、これで粘っていくしかない。
結局私以外、この世界が大切な者はいないのだ。
10体ほどが散り散りに逃げ、瓦礫に埋まって逃げれなかった幼体たちが、脱出しようともがくのを横目に、……独りで戦火の移ろいを眺めていると、こちらに近づいて来る影が三つほど見える。
二つは戦闘中のようでまだ遠く、私と関係なさそうな動きに変わったが、一つはすぐ近くまで迫っていて、風鳴りをひいて……瓦礫の外延からさらに五フォアほど外側に着地する。
着地点を中心に広がる震動、質量と慣性のみで地震を引き起こしたのは、見覚えのある、圧倒的な巨躯。
『早世の巨躯』の者の中でも、特に大きな体躯を持つ首領『黄幻の六』だ。
普通の核融合生物の身長は百二十シーほどだが、……彼は一フォアと七十シーもあり、横幅もずんぐりとしている。
これには核融合炉の大きさが関係しているが、今は彼の戦闘力などどうでもいい、問題は『黄幻の六』がここに来たことだ。
軽く透視をしてみると私の予想通り、六の巨腕には二手の四手赤玉がついていた。
六の腕に二手が付いているなら、世界を滅ぼしに来たのだろう。
首領が直々に、手を下しに来たのなら勝ち目はない。
とはいえ、一応説得でもしてみるか。
「六、言っておくが、私は皆の命を愛している。痛苦は単なる失策だ。
だから苦しんでも生きろ、世界を愛せ、そうすれば、必ずや世界は貴様らに喜びを与えるはずだ」
六には当然聞こえないが、律儀な二手が伝えてくれるのを祈ろう、説得できない以上、私は私なりに、最後まで抵抗するしかない。
話掛けの他にできることはないだろうか?
瓦礫で埋まっている幼体への接続は切れていない、固圧は使える。
ただ相手は幼体より遥かに強い、首領の一体だ。
七万発程度の固圧攻撃ではどうにもならん。
となれば身を守る以外にないだろう。
防御をすることを決めて、瓦礫の一部を“散”の熱で溶解してから接着し、一繋ぎの塊とする。
大きな静止固圧の山が出来上がってしまえば、繊棘は厚さに阻まれ、首領といえど破壊はできなくなる。
瓦礫を維持してる幼体と、今瓦礫を溶かす幼体が違う関係で、溶かすのに時間は掛かるだろうが、接着液の力を考えれば、接着が弱い内でも充分効果があるから大丈夫だろう。
あと心配なのは熱殺だ。
普通は殻に籠もり密閉すると内部に“散”の熱を送られ殺される。
ただ黄幻の六は、熱操作が苦手なうえ、黄幻の二との戦いで、熱死させることに苦手意識ができているため、殻に籠もった相手は放置する傾向にある。
とはいえあくまでも心理的な外傷に過ぎず、世界の存亡がかかる今は熱殺を使う可能性もある。
私は幼体に一度きりの指示を送り、瓦礫同士の接着を開始。
黄幻の六は、接着が始まった段階になってから、ようやく……動いた。
ヴンと両手を真下に振るうと後背から爆発的な推力が生まれ、黒き巨躯が弾かれたように急進する。
巨体が熱を身に帯び、塊となった瓦礫と衝突、動的な超高圧力により、まだ固体化したばかりの瓦礫が部分的に流体のように波紋を散らし、ざらついた表層に、両の繊棘が突き刺さる。
六は突き刺した繊棘で、力の伝達を容易にすると、腕の下側、裏-伍陸火孔から超高の熱波を放出、腕が加速力を得て跳ね上がり、高さだけでも彼の身長の三倍はある巨大な塊を、地表から持ち上げた。
ただでさえ重く巨大な構造物だ。
地表の支えを失ってしまえば、全般にかかる荷重によって、まだ接着が弱かった部分からゆったりと折れ曲がっていく。
結果として幼体のワイス機構が塑性変形の対応に失敗、部分的に接着液の凝固を放棄したため、折れ曲がった箇所は戻ることなく粘り落ち、地に落ちた瓦礫の大部分が泡沫と化す。
すごいな持ち上げるのか、これを。
高さ五フォア、横幅九フォア、縦幅六フォアの山なりだから、火孔の出力から言えば持てるだろうが、地と接着していた部位はどうなった?
一応地の接合面を確認して見ると、地面に接着する役割を果たしていた粘体に、強力な“散”熱が送られて、役割を果たせなくなっていた。
不思議なものだ。溶かすなら赤玉を溶かせば終わりなのに、わざわざ接合部を溶かすらしい。
六は首領ではあるが、かなり欠点は多い。
彼の分類である『早世の巨躯』の者は、核融合炉が大きく、それがそのまま弱点となっている。
核融合を行う際は、なるべく水素をキツく密集させていた方が核融合反応が促進され、熱量が上がる。
だからできる限り中央に押し込めるべきだが、核融合プラズマには物体を直接は触れさせられない。
そのため、対応策として壁から浮かせた磁力線にプラズマを巻かせているので、核融合炉が大きくなると、壁がさらに遠くなり、磁力線や四手子での引き込み等、中央に押し込めるための機能が弱くなる。
するとプラズマが二億炉程度まで低温化し、生成熱量が減って、それを利用するワイス機構の出力が低下、さらに維持の下限である一億炉を割りやすくなるので、ワイス機構が弱った時に核融合の維持に失敗し、若くして死を迎えることとなる。
六はそういった『早世の巨躯』の者特有の弱点を、方向性を絞った努力によって埋めてきた個体であるから、独特な戦法を使う。
……それにしても瓦礫を持ち上げてどうする気だ?
幼体への接続が切れた私には、時間稼ぎ以外もうやれることはないし、あとは見届けるしかない。
それに六は熱殺を選ばなかったから、僅かな期待も芽生える。
もしかしたら六は、世界を滅ぼす気がないんじゃないか?
破壊するなよ六、味方になれ味方になれ、私の思念を意に介さず、六は瓦礫の塊を頭上に掲げたまま、上昇、シ速七十フォアほどで高度をあげていく、見下ろした地表域はほとんど白一色の輝きを放ち、戦火の煌めきに満ちていた。
首領と言えど、瓦礫を抱えて地表域を飛ぶのは危険だから、低空に向かうのだろう。
それにしても、六の軍までもが戦場に現れたなら、四の本拠ももう終わりだな。
ついこの前まで四の本拠は敵対する全ての勢力を追い払っていたのだが、四の本拠は一勢力に対して不落であって、二勢力以上には対応できなかったんだろう。
七軍が全滅覚悟で突っ込んで来たからこそ、本拠は限界を迎え、後続の軍の攻撃で崩されてしまった。
本拠陥落目前とはいえ、戦闘中の終端は戦禍に呑まれ、ほとんどが危険空域だ。
こんな瓦礫の山を持っていたのでは、六は避けることすらままならない。
普通なら殺されてしまうが、六は鉄壁を誇る『黄幻の二』と合一を結び、命を預けきっているため問題はない。
黄幻の二は、黒皮の層が倍もある異常個体で、十六層もの厚い黒皮と異様に長い繊棘を持つ代わりに、背面以外の火孔が生まれつき存在しない。
だから二は一度も飛んだことがなく、地表に這いつくばっている。
そのせいで下位個体のおりには、特に熱殺を狙われ幾度も死にかけたが、幸い厚い黒皮と長い繊棘、防御固圧の才覚が図抜けていたため、それに特化することで生き延びてきた個体だが、格闘戦には非常に弱い。
それに対し六は『早世の巨躯』の欠点により、探知範囲も半分しかなく、回避も下手、さらに固圧操作は苦手と、端的にいって遠距離戦に非常に弱い個体だ。
ただ、近くに寄ってしまえば、『早世の巨躯』の者の唯一の利点である二手子を生かした、奇抜な格闘方法を編み出していて、空戦格闘では最強の個体だ。
自らは飛べず、防御のみに特化した二と、遠距離戦に非常に弱いが、格闘では比類無き六。
そんな『片にして無き、双にして満つる者』である二と六は、合一という仕組みを最も生かす二体であり、首領になる前から合一を結び、それによって首領にまで上り詰めた。
その二体間の信頼は篤く、六は危険空域においては、完全に二に命を預ける。
最も堅き二の防御法、それは“三段防御”と私が呼ぶ、独自の固圧防御の型だ。
三段防御は降雨と、縮擬、対密の三段からなり、まず静止固圧の粒を大量に降らせ、相手の生成の邪魔をする。これが降雨だ。
まだ練度の低い固圧なら降雨の段階で無力化できるが、習熟を深化させている相手には、少々時間を遅らせるだけの効果しかない。
この粒が撃発固圧を通り抜けた際にできた空洞を利用するのが、二段目の“縮擬”だ。
縮擬は白華破壊を主とする固圧で、白華内の空洞に粒を多数生み出し、それが風に流されることで、白華構造を破壊、大多数の固圧を無力化する。
それでもなお残った撃発固圧に対し、三段目の“対密”を行い、敵の撃発固圧発動時に、それに対抗し静止固圧の小さな円筒の壁を生み出し、守りきる。
この三段防御を突破できる固圧は稀で、たまに抜けた所で、黒皮は基本的に数発程度では貫通仕切れないため、命は保全される。
これまでにも守りを得意とする個体は数多くいたが、黄幻の二ほどに守りのみに特化した固圧の使い手はいなかった。
二は七と同じく過酷な地表域で生き残った個体であるが、基本的には似通う部分はない。
ただあえて共通点を上げるなら、地表域で生き残った者は、必ず小さき固圧を重視するようだった。
七は極小の撃発固圧による攻防一体の戦法、二は極小静止固圧を利用した防御術。
他の者は極小固圧を使わないことから見て、おそらく地表域の攻勢は激しすぎるために、生成が速い固圧でないと間に合わないのだろう。
そんな地表域で培われた防御固圧の助けを得て、六は危険空域をまるで無きが如くに進んでいく。
進んでいる内にも、六の抱える瓦礫には様々な白華や固圧が固着していき、膨れ上がっていった。
重さが上がって来ると、六は散熱の放出とともに瓦礫の山を振り回し、固着の甘い部位を振り落としていく。
……振り落とす、か。振り落とす。
うむ嫌な予感がする。
そういえば六はえらく直線に進んでいるな?
どこに向かっているんだ?不安を覚えた私は行く先を透視し、……自分自身の大まかな末路を知る。




