核融合生物
そうして私は初めて世界に落ちていく。
彼らが私を恨む?私は彼らに確かな幸せを与えている。だから、彼らがこの世界を嫌うことなどない。
そう考えながら暗闇に目を開くと、朧気に世界が見えてくる。
茫洋と空に広がる水素分子の濃霧。
超臨界を迎え、瞬く間に物質を溶かしゆくそれは、シ速百フォアの暴風となって、藍色の闇に轟々と唸り狂う霧流を作り出している。
この風速は他の星では、大型の竜巻にも匹敵する。
それが液体ほどの厚い密度をもって荒れ狂い、濃霧を吹き散らしていた。
さらに一万二千地圧の大気と、千八百炉の気温、それに非常に強い放射線が常時発せられるために、か弱き水炭素生命体では一瞬たりとも生きられぬ地、だから私は水炭素生命体を作らなかった。
ふと見ると私は赤い玉になっているらしかった。
四手子にクロム等を混ぜ九百万地圧以上の超高圧下で固め、構造を安定化させてから“縛”の熱を与え続けると維持される物質、“四手赤玉”
四手赤玉は非常に頑丈だが身動きはできない。
にもかかわらず、風によって飛ばされることなく何処かに固定され、五十六シーばかり宙に浮き、厚い霧の濁流が洗う黒々とした平野の風景が赤玉に反射していた。
視界を介せば、藍闇に似つかない強烈なプラズマイオンの輝き。
私の入った赤玉が付いているのは核融合生物の腕部らしく、その個体は風に抗するため、超高温のプラズマを生体機関から生み出し、四十二ある開閉式の火孔から、プラズマと化した熱エネルギーを噴射していた。
「核融合生物?そうか二手め、私の入った赤玉を核融合生物に付けたか、確かにそれなら赤玉に動力がなくとも、一応は動けるな」
赤玉が付いているのは、四手物質で構成された複層石墨ともいうべき頑強な腕。
その位置から霧天を振り仰ぐと岩石とも金属ともつかない、核融合生物特有の鋭利な前頭部が見える。
彼の相貌は黒い光沢を持ち、その凛々しき姿に私は陶酔する。
私が一億齢もの時間をかけて生み出した、比類するもの無き高次生命、核融合生物だ。
「いつ見ても格好いいなあ貴様は!来たぞ、私が貴様達の創造主シーフォアだ!会うのは初めてか、うれしいぞ私は」
試しに周辺の大気の四手子を震わせて話しかけてみたが、視界を埋め尽くす暴流が音響を彼方に飛ばし、彼は私の声に気づいてはいないようだった。
どうせ聴覚器もないし、聞こえはしないだろう。
彼の目は正面から見ても見当たらない。
視官のためには本当に小さな隙間しか開いておらず、それも幾重もの死細胞で塞がれているため、彼の視界は甚だ脆弱だ。
せいぜい強い光を感知する程度で、ほぼ意味はない。
他の高次生命に対抗して視官をつけてみたが、あまりに役に立たなかったため、時代が進むにつれさらに退化した。
いずれは完全に視力を失うだろうが、それはもっと後の時代となろう。
それでもその視官が私に向いた一瞬だけで、私は暖かい気持ちになる。
「見えるか? 核融合生物よ、私がみえるか?! 私が創ったんだ。貴様たちを作るために全部の力を遣った! 私にはなあ、もう何の力も残ってはいない! だがそれが嬉しいんだ! 貴様たちは私の力が無くとも生きている、私がいつ消えても残るということだろう?
それはそれは素晴らしいことなんだ」
言葉なんてわかるわけもなく、でも聞いてくれて私は満足した。
彼は私から興味を無くし、超臨界流体の濁流に抗うように、地から足を浮かせたまま数カ所の火孔から噴きだす核融合プラズマの出力を上げた。
彼らは筋力ではなく、火孔の噴射を使って移動する。
プラズマの噴射は粒子の移動速度が早いために、高い推力を生み出せ、その飛行速度は暴風に対抗して余りある。
この火孔の熱源にはむろん、体内の核融合炉から生み出されるエネルギーがあてられている。
核融合自体はガス惑星の主要の大気成分たる水素と、ヘリウムを燃料にして行い、その核融合エネルギーによって彼らは生を得ている。
水素は四億炉を優に越す核融合に使うが、ヘリウムは磁体の冷却液に必要なのだ。
「今日は風が弱いなあ、大岩が吹っ飛ぶ程度か。
億齢ものんびり飛んでることだろう。
なあ貴様はどこに向かっている?仲間はいないか?貴様の呼び名を知りたい、貴様に接続しても良いんだが、そんな気分じゃないしなあ」
そう語りかけた時、彼の後ろに付き従う個体が、それまで灯していた赤光を消し、関節部を二回発光させる。
緑光、時間を置いて赤の強烈な光。
緑一回の発光は“味方”を意味する言葉だ。
赤一回の発光は“敵”を意味する言葉だ。
点滅に時間を置くと、言葉を切る意味があるため、私に対し、敵か味方か?と問うているのだろうか?
しかし残念ながら私は光器官を持たない。
固圧を使えば可能だが、それには近くの核融合生物の持つワイス機構に繋げる必要があるし、今はそんな気分ではない。
私が答えられないでいると、今度は後ろから付いて来た個体が、間接部を黄色に七回続けて点滅させる。
黄色の光は名前を呼ぶ時にだけ発せられる。
その黄色の光は私が腕に付いてる個体に向けられていたから、恐らく私がとりついてるのは、この世界では珍しい名前持ちの核融合生物だ。
幼体成体含めて個体は百万以上いるが、世界に名を持つのは現在の世代は10体しかいない。
あとの個体は名前がない。
その10体は黄の発光1から8の回数で呼ばれ、私は『黄幻』という呼び名を使っている。
十体なのに八までしかないのは、黄幻の一~八の数の内、四だけは複数いて、四の1四の2、四の3となっているからだ。
名前がある彼らの中では呼ぶのが面倒くさい黄幻の八が最強で、目の前の個体が黄色七回の光で呼ばれたなら、私が付いてるのは世界で二番目に強い“黄幻の七”なのだろう。
七に付いたのは悪くない状況だが、それにしてもなぜ核融合生物は一度私に話しかけたのだ?
確かに私は声を出した。
ただ彼らに声帯はないし、音圧を遮断するために耳もないから、今さらこんな四手赤玉を生物と認識するとは思えぬのだが、……とそこまで考え、はた、と状況を把握する。
もしや彼らは私に話しかけていなかったのではないだろうか。
彼らは視力は弱いが、電磁波の反射と、大気や地盤に含まれる四手子の動きで状況を認識する。
電磁波を濃密な大気に遮断されぬよう迂回させる仕組みがあるため、とにかく知覚範囲が広く、大体半径十万フォアくらいまでは微細に知ることができる。
そんな彼らにとって大気の四手子の急な凝縮は攻撃に用いられるため、それで私と言う四手赤玉の凝縮を警戒しているのだろう。
つまり今私は、敵からの攻撃として扱われているということか。 それを考えるのを止め、藍闇の暴風が過ぎるのを見ながら、私はくっついてる黄幻の七に話かける。
「よりにもよって私が攻撃か、なあ黄幻の七、なぜ攻撃を警戒する?そんな必要ないじゃないか、貴様たちは戦わなくても生きて行けるのだ。食べ物の岩石は豊富で、雌雄の区別もないから幸せだろう?
なのに私を攻撃と間違えるとは、どれだけ戦争好きなんだ」
音声は聞こえないから、ボヤいたってわかるわけはない。
ただ私は独り言は好きだし、つぶやくのも好きだ。
それが彼らに届く可能性も考えればさらに嬉しい。
黄幻の七は地表に紅炎の軌跡を引いて、僅かに地から離れた高さを飛んでいたが、なぜか脆弱な視官を私に向ける。 それに私は気をよくする。
耳はなくとも話して振り向いたなら、それはもう喋ってると言ってもいいんじゃないか?
どうせ聴覚器はないし、気分だけだが、私はボヤくことにする。
言葉なんてわからなくともこういうのはしつこくするべきなんだ。
まずはそう、七に核融合生物の成り立ちのことを知らせてみようか。
どうせ聞こえはしないだろうから、ポツポツとこぼすように虚空に響かせる。




