終端にて
七から離れワイス機構に接続できなくなると、私の認識能力は著しく低下する。
実質、視覚だけで朧気に情報を察するしかない。
結果として黒白の天を地表から眺める以外やることもなく、私は未だに七を見上げていた。
七と黒呼の3との戦いは、意外なことに長期戦の様相を見せていた。
私の赤玉が離れたことで七は冷静になったのか、暗く激しい感情を示す黒光が、敵を示す赤光に色めきを変え、七本来の異常なほどの回避能力を発揮するようになった。
黒呼の3の戦術は基本的に待ちだ。
爆縮系の安全な撃発固圧と、シ速二百八十フォアの決して速いとは言い難い身体能力。
さらに固圧生成速を六シと遅く見せることによって未熟を装い、自らが優位となる位置に誘ったところで、爆縮固圧と双剣の持つ水素爆鳴気で仕留めるのが、彼の得意戦術だ。
安全な爆縮系の固圧は、未熟な者が使うことが多いため、それが熟練者の打ち気を誘うわけだが、いざ入ってみると、習熟が深化していて、白華の妨害や阻害が効きづらい。
また生成時間も実際はニシ半と短く、手慣れていて、入った時には生成速を早めさせる関係で手遅れとなる。
そんな待ちに徹した黒呼の3の戦法にはさしたる隙はなく、危険を嗜好する割に、慎重な七は離れて飛び回り、長期戦になっているのだろう。
それにしても不思議なものだ。
七は私がいなくなっても格闘の補助固圧を使わない。
七と七の使う極小撃発固圧は、彼の戦法に不可分なもので、あれを使った時に七は他の首領を圧倒するほどの強さを持つ、地表域で生き延び続けた異常な回避能力と臨機に応する力、当てることに特化した極小の撃発固圧。
それがあまりに強いから彼は七の名を勝ち取ることができた。
もし八が固圧を無効化するなどという埒外の力を持たなければ、七が最強の個体であっただろう。
しかし、今は極小固圧を使わないだけでなく、どこか七の戦い方がぎこちないように思える。
固圧無き状況で、突進攻撃を多用するのは、理には叶っているからあまり気にはしなかったが、戦い方がやはり黄幻の一に似ているのだ。
今は亡き黄幻の一は、全個体中最も速い。
通常シ速が三百七十フォアもあり、それに速度強化もあわせて四百二十フォア。
その尋常ではない速度で相手に突撃し、反射神経と速度に物を言わせ、格闘攻撃を繰り返す。
たまに黒霧を張り、敵の固圧の生成時間を伸ばすこともあるが、基本的には徒手による突貫だけで戦闘を行う。
七の現在の戦い方もそんな一の戦術に似ているが、似ているだけで、その利点は生かせていない。
まず速さが絶対的に違うし、真の意味で無謀な一と、状況を見定めた上で危険に挑戦している七とでは、やはり突撃の思いっ切りが違う。
違うには違うから七が一の戦術を真似しようとしてるかどうかは確定できないが、飛行速度を上げる低密固圧は一の得意技で、補助固圧を封印している今も、それを使うのは七は自分に許している。
あとは黒霧を使えば、七が一の戦法にこだわっている可能性は非常に高いだろう。
“一”はこういう固圧補助の上手い敵には、せめてもの対策として黒霧を撒き、僅かに敵の固圧生成を遅くすることもあった。
七がそれを覚えているなら、黒霧を使うはずだ。
思っている間に七は黒霧を空域一帯に撒き、私の予想が当たっていることを知った。
七が死んだ一の戦法を真似している理由はわからないながら、黒霧によってしばらくは私も見ることはできない。
そうしてのんびりと天を眺めていると、超臨界流体の暴風が、空の大気を幾度も押し流し、瞬く間に移り変わっていく。
元は光さえ遮られる空、大気が濃いため透視をしなくては一フォア先さえ見通せない。
そこに白靄、白華の戦火の白光が明滅し、空を照らす。
詳しい戦況を知るにはワイス機構がいるが、近くに核融合生物がいないから接続方法がない。
私の電磁波は表宇宙を介するから、厚い大気ですぐに減衰して、使い物にならなくなる。
しばらく上空を眺めていると、黒霧の一部が晴れ、空の一部にぽっかりと穴が空いたから、黄幻の八の参戦を知る。
『黄幻の八』は自らを中点にして、一定範囲の固圧を無力化するから、見つけるのは簡単だ。
八の無力化には実は穴--といより欠点がある、八の無力化は類を見ないほど強力な“散”熱を周囲に放射し、習熟の条件を変えて無力化する手法だ。
条件を変えるだけだから、対八用の習熟を行えば無力化圏内でも固圧の生成や維持はできる。
だから無力化ではないのだが、ただ習熟するまでには、大変な時間と労力がかかり、八と戦う時以外に修練の機会がない現状では習熟が不可能に近い。
逆に言えば、その修練ができる八自身は習熟を行えるため、八だけは固圧無力化内でも固圧生成が可能だ。
敵の固圧を無力化しつつ、自らは固圧を生成。
その固圧を使って近接でも打ち勝つ。それが八の必勝戦術だ。
そんな八が黒呼の3と七の戦いに割り込んだことで、膠着気味だった闘いは、激しさを取り戻していた。
八が黒霧に穴を開けた瞬間に、八は格闘戦に正式に参戦し、七、黒呼の3に対し、固圧での攻撃も可能となった。
八の背のワイス機構が輝くや否や、風上から風下にかけて、九億の固圧が現出する。
大量の固圧生成が引き起こす、四手子濃度の低下によって、七の張っていた黒霧が薄くなり、いや七が黒霧を消したので、私の透視にもまた戦争の情景が映るようになる。
八は黒呼の3も敵とみなしているようで、九億固圧によって生み出した無数の危険空域には、黒呼の3も巻き込まれていた。
七は自力回避だが、黄四黒呼の3の固圧回避方法は、『通路形成型』だ。
これは妨害を主としたやり方で、方法としては爆縮固圧等を危険空域に混ぜ、爆発させていくことで、白華を破壊し、安全な空路を作っていく。
黒呼の3はそんな安全な道を作り出す回避法が得意で、利点としてはどのような危険空域でも、一見同じように抜け出すことができることだ。
ただこの回避法の弱点は、予定外の減速によって、空路から一度置いて行かれれば、次の安全路を作り直すまでは、妨害固圧が何の助けにもならなくなることだ。
つまり、通路形成による回避は、形成した通路を自分の予定した速度で飛び続けないとならないため、危険空域が広ければ広いほど予定のズレができやすく、回避は難しくなる。
八の作る危険空域は質はそれほどでもない代わりに、非常に広大な範囲に及ぶ。
三ツの危険空域を終えてもすぐに別の危険空域が現れるものだから、黒呼の3が避けるための空路も当然のように長くなり、破綻する可能性は高くなっている。
だから黒呼の3は長大な空路を生成しつつも、八や七に近づく度、通路から出て果敢に格闘を挑んでいく。
これは長期戦が不利と見て、短期決戦を狙っているからだろう。
黒呼の3は安全な空路を形成する方法が主体であったために、通常の回避は慣れていない。
七と八は黒呼の3の回避の粗からそれを理解し、黒呼の3の打ち込みに大しては本気でとりあわず、戦ってる素振りを見せてはすぐに距離を取った。
短期決戦を狙う四と、長期戦に引き戻す七と八。
黄四黒呼の3は待ちの首領だっただけに、こういう時に、敵を崩す術は持っていない。
黒呼の3は、首領中では最下番号であり、他の首領と比べれば力が劣る。
七は謎のこだわりがあったため、黄四黒呼の3でも追い詰められたが、今の八のように上位の首領に本気で当てられるとすぐに危うくなる。
しかし、だからといって負けが確定したわけではない。こういう時戦闘力の差を埋めるために合一個体は存在している。
首領補佐たる合一個体たちは首領間の力を同等にするために存在するが、実力で選ばれる首領と違って、運だけで選ばれるため、実際は合一個体含めても首領間の力に差はある。
ただ勢力全体で見た場合、各勢力間の戦力均衡を八が行っているから、中位個体の多少を調整し、全体としてはほぼ互角となるようだ。
それでも合一個体には首領間の実力差を埋める役割があるために、こと下位番の名付き個体に限っては遠方からでも格闘戦中の首領の援護ができる。
黄四黒呼の3の劣勢を知った、黒呼の2と1が遠方から戦闘に介入したようで、それらしい白靄の兆候が空域に漂い始める。
それがどんな介入になるかはわからない。
今代の黄幻の四は、衆を成すことで他と隔絶する首領であり、『千の白橋』等の攻勢固圧と配下たちの連携の強さで、他を退けていた。
直接戦闘力に関しては、黒呼の1は『遺伝瑕疵者』で力無く、2が『凡庸賢察の合一者』で平均的な中位個体程度、そして黒呼の3は『非才の覇者』と、首領中最弱だ。
敵味方が交錯している終端では『千の白橋』も『遠征の傘下道』も使えない。
黄幻の四は今までは、終端にたどり着かれる前に、全ての敵を追い返していたから、終端での戦闘を見るのは初めてだ。
終端にも攻勢固圧があるとしたら、それはなんだろうか。
追い詰められた首領、黒呼の3への合一個体たちからの最後の支援は、空域に降り注ぐ、数千億はありそうな小さな光の雨だった。
雨と言っても上からだけ降り注ぐのではなく、そこかしこの大気から小さな固圧が形成されては固体と化し、風に飛ばされ、少しずつ落下していく。
空域に漂う光の群遊、間を飛ぶ核融合生物の飛速をみる分に、殺傷力もなく、減速もほとんどないので、効果は大したことなさそうだ。
それにしても見たことのない固圧だが、……弱いな。
効力値から考えて、大して習熟はしていない固圧なのだろう。
さすがに効果なしとはおもえないので、さらに時間を掛け観察したが、まるで効力のない攻勢固圧のようだ。
となればこれは出来損ない、他にちゃんとした完成形があるのに、習熟が足りないせいで形にならなかったんだろう。
「言うなれば、これは……未完の壮図、作れども完成することはない、未到の固圧だ」
余白操作は普通より習熟させるのが難しい、全てを覚えるのは難しいから『千の白橋』や『遠征の傘下道』の習熟を深化させる方を優先したんだろう。
だから未完の壮図を使う意味はないが、それでも彼らは終端の締めくくりとして、未完成の攻勢固圧を選んだ。
未完成なモノは未完なるがゆえに、全貌がわからない。
未熟な固圧も育てればいつかは名が付く、千の白橋、遠征の傘下道と来て、終端を彩るのはどんな固圧だったのか。
今は未完の壮図でも『黄幻の四』という首領の中には完成図がある、本拠戦術の最後は、どのような攻勢固圧だったのか。
それには興味があったが、四の本拠が陥落しそうなこの状況では、彼らの考えた終端の戦術が見れそうもないのが残念か。
私があまり意味のない感傷に浸っていると、私の意識を形づくる波統の始粒子に、精神感応を示す変化が起こる。
害のない通信のようだから、その始粒子を受け入れると、二手の思念が聞こえる。
『聞こえるかシーフォア』
「ああ、聞こえる」
『この空域一帯にいるものたちに先程、勝負の議を伝へた。貴女と我が、赤玉に入っていることも伝へ、滅びる旨も伝へた。貴女の世界を評価する者がいれば貴女を救いに来るだろう』
この空域一帯か、つまり四や七や八、その配下たちにまで、私のしたことが余さず伝わったらしい。
「伝えたか、思ったよりかは公平だな、二手」
まあ本当かはわからんが。
『是である、我は誠意を示した。だから貴女も結果が出た後は誠意を持って、約束を履行してほしい』
「約束?」
『貴女の手で、世界を滅する約束だ』
やはり私が滅ぼす話か、力はないとはいえ、『億齢』に干渉し宇宙にまで飛ばせば一応は可能だが……、こうもこだわる辺り、二手には別の思惑があるんだろう。
負ければどの道滅ぼされるなら様子見に受けておくか、私が約束する旨を伝えると、短い礼とともに二手からの精神感応は終わった。
真実を知った彼らの中で、何体が私の仲間になるか、当面の私の考えはそれくらいで、それを知るために空域を見上げた。




