落下
そんなことを考えていると、七の総間接が一瞬発光した。
戦闘中に光言語?
黒呼の3との戦いの最中だから一語のみだが、七が発した光言語は白緑赤の順、『雷』を指す言葉だ。……雷?
なぜ黒呼の3との戦闘で雷なんだ?
ワイス機構上には巨雷の気配はないから、透視に切り替え遥か天空から全方位を眺める、すると確かに遥か遠くから嵐が迫っていて、巨雷の兆候も現れていた。
黒天に走る雷光と雷鳴。
しかし、それはまだまだ先だ。
それに少し感心する。七の脳はワイス機構に映ってなくとも、僅かな兆候から巨雷を察知できるらしい。
やはり私の作った核融合生物は知能も優秀なようだ。
その雷の意味は分からぬままだが、七のワイス機構が輝き、槍の周りにもう一回り大きな静止固圧が現れる。
これは槍の周囲に構成する覆いで、先ほど黒呼の3が行ったような、細かい静止固圧によって切っ先を止められるのを防ぐためにつくる。
一回切りの使い捨てだが、覆いで静止固圧の付着を防ぎ、敵の黒皮に当たった時には、覆いごと槍が貫通し、普段通りに敵を貫ぬく。
七はそんな覆いを作って、自らの制約を思い出したのか、作り出した覆いを散の熱で溶かして壊し、宙に光の粒子を飛散させた。
解除したとなると、やはり私に固圧を任せるのか、と呆れた次の瞬間、今度は七の総間接からなぜか黒い光が立ち上り、私は自らの視官を疑う。
黒光?なぜ黒光?
黒が示すのは、感情の発露で『抑え切れぬ負の激情』だ。
それに連なる行動は大抵は自死。
それ自体は理解できるが、……理由がわからない。
私が来た当初、七は一の死により自死の渦中にあったが、今は自死は思いとどまったはず、なのになぜ今、黒き光を発するんだ?
まだ心の傷が癒えていない?それとも私に固圧を任せることと関係があるのか。
黒光が必ずしも自死を示すとは限らないが不安は不安だ。
七が纏う黒き情焔、自死の光、七の飛速によって空が悲鳴ともいえる大音を発し、後退中の黒呼の3にぐんぐん迫っていく。
七は黒呼の3に攻撃はせず、武器の間合いに入る前に横方向に推力を加え、脇を通りすぎてから転回、急な方向転換によって生じる慣性の圧力を、火孔、側-弐、肆、捌の荷電粒子で相殺し、弧を描いて、また黒呼の3に強襲する。
黒呼の3も方向転換をしていたものの、加速がまだ始まったばかりで、七ほどには速度が乗っていない。
それを察した黒呼の3は下方の火孔から電離気体を放出、上方の大気に流れる白華群に入り込み、形勢を立て直そうとする。
あの辺りの白華は爆縮系のようで、安全なため、七は迷うことなく、黒呼の3の後を追っていく。
黒呼の3との距離の差は僅か七十フォア。
加速も七の方が良く、速度だけなら七が優位、優位ではあるが、ただ、ここは敵の作った白華群だ。
七の前面に、いや全面に広がる数万の白華が、七が通りすぎようとするたびに大轟と光を発し、けたたましく爆発していく、昇る七に触発され、それはまるで爆光の柱のように現れ、七の飛行速を著しく落とし、空路を乱れさせた。
水素の気化膨張による爆圧は、飛び散る破片と合わせても彼らを殺傷できず、速度を減衰させる以外に役割をもたない。
また速度の減衰は発弾固圧の方が優秀なため、爆縮系の類は基本的に使い道はない。
ただ黒呼の3は、弱い技をひたすらに鍛錬してきた個体であり、安全な爆縮系のみで空域を埋め尽くすのが彼の空戦格闘の補助だ。
これは一種の誘引で、全てが安全な固圧でできているが故に、大抵の敵は白華の群の中に突っ込んで来てくれやすい。
そういった誘引の効果か、はたまた『地表域の死火』である七の嗜好や、自死を示す黒光故か、七は爆発を受け続け、速度が目に見えて減衰していく。
……そしてついに、七と追われていた黒呼の3の速度差が逆転する。黒呼の3は転身後、加速できる距離を空けてから旋回、双剣を前面に構え、武器から足先までを真直にして降下突進する。
ああ、まずいな、と思った。七は撃発固圧に囲まれている。
爆発を受けつつ動ける速度は百フォアから百六十フォア、逃げることはできない。
黒呼の3は爆発によって敵の態勢を崩すのが非常に上手い、いかに七といえど、ここまで囲まれ、速度が減衰している状態ではかわすことはできない。
もし仮に避けられても、黒呼の3は水素爆鳴気による奥の手を残している。
七がもしかすると自死を選んだ。
それは不満だが、ただ自死に文句を言えないくらい、酷い世界だということも知っている。
……自死は認めてやるが、邪魔くらいはさせてくれ。
迫り来る黒呼の3に対し、私はワイス機構に指示を送り、黒呼の3の生み出した幾つもの爆縮固圧を私の熱操作で爆発させる。
これは固圧の乗っ取りで、核融合生物は苦とする操作だ。
ワイス機構は元々平和指向の私が考えたもので、戦闘目的には作られていない。
操作は基本的に生存のために行われるため、それの邪魔をするのは良くないことだと、遺伝子に組み込んである。
その拒否反応が妨害や阻害系全般の効力値の低下に繋がり、失敗確率が跳ね上がるわけだが、ただ私の場合ワイス機構の拒否反応を無に帰す計算式を知っているため、固圧の乗っ取りは可能だ。
しかし黒呼の3の習熟は高く、私の操作に対して、爆縮固圧の生成を続けようと激しい抵抗をしたので、狙いを数十程度の固圧に絞って、乗っ取りを始める。
乗っ取りは上手くいき、黒呼の3は自らの固圧が爆発し始めたことで、一瞬攻撃を躊躇、一度攻撃の機会を見送って、七の脇を高速ですり抜けていく。
私はその間に急いで八百発程度の発弾固圧を生成し、黒呼の3の行く手に展開。
黒呼の3は火線を軽々と回避しつつ、爆縮固圧を無数に配置し、次いでの七との激突に備える。
私は黒呼の3と似た位置に七万発を埋伏させ、配置の邪魔をすることに全力を尽くす。
私に戦闘勘がなくとも撃発固圧を展開しておくだけで、黒呼の3の邪魔になる。
配置の割合が十:零と今回のように八:二になった今とでは敵の動きの幅が格段に狭まる。
それは格闘戦の場合二者が接近しては離れるために、自分の自由にならない固圧が混じるとそこを迂回したり、砕いたりして、警戒しなければならないから、やりづらくなるのだ。
黒呼の3は推力を最大にまで高め、大気の唸りを巻いて飛来し、七は槍を振るって爆縮固圧を砕き進む。
二者間に私と相手の固圧が混じり、七と黒呼の3に無数の砲火を発し……とそこで私は失敗をしてしまったことに気付く。
私の発射した八十房固圧の一発が七の腕に直撃、弾丸が七の腕の黒皮の表層を削り取り、それによって固定されていた赤玉が腕から跳ねとんで、遥か高空から落下を始める。
飛んだのは私の入る赤玉だ。
赤玉が飛んでいく、ポンと呆気なく、赤玉に映る景色がくるくると回り重力に引かれ、落ちていく。
「……落ちた、な?まあ私が当ててしまったからな、こうなると七の助力は望めん、これだから補助するのは嫌なんだ」
落ち行く赤玉とともに、赤玉に映る視界は空から、どんどん遠ざかって、七の黒形が小さくなって大気に霞み、ふと見ると、七の総間接から発せられていた黒光は、別の、おそらく私に向けた光言語になっていた。
なんと言っているのだろう?七の出した光は水素の流れに霞んでいたから、私は残された透視能力を使って、七からの言葉を眺める。
赤光、白光、そしてまた赤光、七が七から離れた私に送った言葉は、赤、白、赤の『汝の死を笑う』いや正しくは『汝の死を見下げる』……そんな意味を持つ、不快な餞のようだった。
その言葉に私は不満を覚える。
まだ私は死んだわけじゃないぞ七、それになぜ自死する奴に、そんなことを言われなければならん。
私は不満を覚え、……だが、自分の世界の滅びを思えばどうでもよくなって、赤玉が地表に落ちるのを待った。
地表に落ちても赤玉は壊れない、この世界はまだ残る、だが、七という力を手放した私にできることはなくなった。
赤玉に動力源はないから、七という核融合生物から離れてしまえば、ただの置物、戦うことはおろか逃げることすらできん。そんなんで勝負に勝てるのか?
私の入る赤玉はゆるゆると落下していき、あっという間に地に落ちた。




