黄四黒呼の3
私がそんな映像を見ている内に、易々と包囲を抜けた七は、更に先に進み、二体の下位個体を屠り、私はまたその二体の心象風景を眺めたが、似たような暗い内容だったため、見るのをやめることにした。
それにしても、四の下位個体たちは思いのほか空戦格闘に弱い、七が如何に強いと言っても、彼ら全体が戦闘種族なのだから、七の固圧封印中に、数体がかりで、これほど圧倒されて良いわけがない。
速度差があろうが、動き方が下手だろうが、普通は苦手なら苦手なりに、戦う方策を決めているはずなのだ。
となると、これは千の白橋の弊害だろう、四の配下は『黒呼の3』が率いる遠征組と、本拠防衛組に分かれる。
本拠防衛の際には、どちらも本拠空域内に入るが、千の白橋に守られている本拠防衛組は、格闘をする機会が著しく減る。
今までは遠征組の格闘戦しか見てなかったから、他の勢力と同じように考えていたが、四の本拠で過ごす者たちは、格闘する機会が少ないため、至近戦に弱いようだった。
……そんなことを考えている間に、七の軍がついに百五十体を割ってしまったので、私は改めて今後の方策を考える。
まず第一に、二手との勝負は私が負ける可能性は高い。
そもそもこれは不公平な勝負。
七が八に追われている以上まず私に勝ち目はなく、私は負けるだろう。
負けた後は、二手はなぜか私の手で世界を滅ぼさせるつもりのようだが、その理由を考えるには情報が足りないし、不安ではあるから、七を粘らせて情報を集めるのはもとより、できれば七を勝たせて安心したい、それには格闘の補助か。
難しいよなあ補助は、補助をした結果、かえって邪魔することにもなりかねない。
格闘の補助が難しいのなら、七のやり方を真似るというのはどうだろう?
私は計算記憶を眺められるから、七のしていた通りに配置すれば、あとは七が勝手に合わせてくれるはずだ。
とにかく今は時間を稼ぐ、そう思い立つと、四手子の連関から七の過去の戦闘情報を、少々時間を掛けて、自分の顕在意識に引っ張り上げておく。「これなら少しは役立つと思うが」
準備を終え、ワイス機構と透視を介して現実に立ち返ると、七はついに下位個体の包囲網を抜け、終端へと辿り着いたところだった。
えらくあっさりしていたが『遠征の傘下道』は、その昔、固圧無力化個体『黄幻の八』を追い返した難所ではあった。
今回七が軽く越えられたのは、四の本拠地が二つの勢力に攻め込まれているせいで、数の確保ができていないせいだろう。
傘下道まで突破したが七はどんな気持ちでいるのだろう?
世界が滅びる滅びない以前に、ここで負けたら七にとっては生命が終わる。
七の心象風景を見ようかとも思ったが、それを止めて、赤玉から四手子の情報を統合し、外部状況を確かめる。
終端はただ単に四軍が退いた先の止まった所で、当たり前だが地表以外、何もなくガランとしている。彼らの文明には恒久的な建造物や記念碑はないため、ただただ広大な空と地翼がそこにあるだけだ。
直径三万五千フォア、高さ一万五千フォアほどの球形の範囲に、三百体ほどの中位個体が点在している。
軍円は最初期からやや後退したが、敵が近づくほどに中位個体達は下がり、この辺りまで下がった所で、敵がたどり着いたためここが終端となった。
固圧戦の基本的な概念として、『攻撃を密とし、反攻を疎とす』がある、つまり、過密な攻撃によって、相手の動きを回避や防御に費やさせられれば、相手からの反攻が弱まり、結果的にこちらの攻撃を続けやすくなる。
これを戦場の『密』『疎』という。
彼らの戦術の基本は、『密』つまり、攻撃密度が高い側がどんどん優位になるため、その配分を眺めることで、どちらが優位な状況かを大まかに把握することができる。
今は八軍と七軍の攻撃によって、終端は激しい攻勢に晒され、四軍には侵入した七の軍にかまう余裕がない。
四軍が『疎』の状況だ。
実は四軍は、元々不利な空域に存在している。
岩翼は端にいくにつれ空域が狭くなるため、より端に近い四軍の方が回避が難しく、同じ数で戦いあったら四軍が負ける。
ただ普段は千の白橋が圧倒的な空域占有率を誇る故に、相手が千の白橋にいる間は四軍の攻撃が『密』となり、敵の反攻が『疎』となるため問題はない。
そうして敵の数を減らしてから、遠征の傘下道や、終端での戦いに引き込むことによって敵を壊滅させるのが、衆によって他と隔絶する四の戦い方だ。
ただ現在は七軍が捨て身の攻撃を仕掛けて来た上に、八軍が介入して来たことで情勢は逆転。
下位個体を送り終え、また千の白橋を現出させたものの、千の白橋が消えていた間に温存されている八軍の攻勢が密となり、四軍は疎に追いやられている。
そんな状態だからか、四軍は七やその配下が空域に侵入しても、特に迫ってくる敵はいなかった。
千の白橋、遠征の傘下道、そして終端、四軍の本拠はそんな三域構成になっていて、千の白橋の攻勢が最も激しく、終端が最も緩い。
終端にたどり着いた者は、実は今が初めてで、途方もない快挙なのだが、それは七たちが感じるべきものであり、私にとっては常の戦争とさして変わらない。
七の様子を見てみれば、七は終端に入ってすぐに敵を探しているようだった。
そんな中、七が狙ったのが、四軍前線指揮官兼首領たる『黄四黒呼の3』であったため、私は少なからず疑問を覚える。
首領は確かに黒呼の3だが、四軍の中核はあくまでも合一個体、黒呼の1だ。
“遺伝瑕疵者”たる1は全軍の余白を使うことができる稀有な個体で替えは効かない。
それが欠けた時点で、四の本拠の誇る攻勢固圧、『千の白橋』等は消失し、ただ数が少ないだけの弱小勢力に成り下がる。
欠けた首領を狙う八の慣習もあるし、普通ならば簡単に倒せる『黒呼の1』を倒して大規模な固圧生成を封じ、八の狙いを分散させてから、黒呼の2や3を倒すのが順当なはずだ。
……なのに七が狙ったのは黒呼の3、とそこまで考えれば、ある可能性に思い至る。
四軍の至宝ともいうべき合一個体“黄四黒呼の1”は、狙われ辛い個体だ。
遺伝子の瑕疵により子育期の時点で発育が止まっているため、ワイス機構上で見ると、子育期の個体と同じように見える。
基本的に彼らの戦争に参加できるのは成体だけで、その前段である幼体や、子育期の個体が狙われることはない。
そんな子育期で成長の止まった黒呼の1は、これまで一度も遠距離固圧や近接で狙われたことがなく、余白操作の電磁波を辿ることでの間接捕捉でしか、戦争参加を知る術はない。
しかし七がそもそも電磁波を辿ろうともしていない辺り、黒呼の1の自体、他勢力の者には知られていないのかもしれない。
彼らは電磁波の特徴で首領等を見分けていて、余白操作中に黒呼の1の放出する電磁波は首領と同一の物ではないから、つまり七は黒呼の3と2の二体だけを、この勢力の首領と考えている可能性が高い、なら黒呼の1は狙われようがないことになる。
七は黒呼の3を狙い、首領同士の激突が迫る間に、天候は動く。
地表を形づくる鳥“億齢”が長大な岩翼を上方に戻し、左に旋回、その傾いだ地表と気流によって、一時的に白靄や危険空域が無力化され、何も無き黒天と光の重霧が眼前に広がった。
内部の攪拌により、億齢の岩翼の穴から酸素が噴出し、水素爆発が地表から低空域までを、瞬く間に爆球に包んだ。
遥か後方で起きた爆光を背に、臨機を冠する『弥縫の七』は敵首領に対し、急速に肉迫していく。
その先の先、光を内包した白靄去来の黒天の先に、際立って黒い個体が待ち構えている。
その待ち構える者こそが“黄四黒呼の3”だ。
供はいない、例え四という最低位の首領と言えど、首領格の個体は強き故に、そこにあるのであり、守られるためにいるわけではないのだ。
だから危機になっても配下からの救援はない。
『黄四黒呼の3』は五首領の中で最も弱き首領であり、代わりとして引き連れる合一個体は最も強い。
他首領が圧倒的な力で首領の座を勝ち取るなか、闘争の果てに辛くも首領となり、合一個体を見つけ、その力を得た彼は首領というより最強の中位個体と言った方がしっくりくる。
そんな『非才の覇者』黒呼の3の得物は、長さにして二フォアの刀身を持った長き双剣だ。
色は青輝色、四手子に酸素が混ざったこの静止固圧の色は、脆いばかりであまり利点がなく、使う者は固圧生成に未熟な下位個体ばかりだ。
唯一の利点は固圧純化の工程がいらず、作りやすいこと、さして使えぬ分子配列だが、彼が初めて造った武具がこの青輝色の双剣だったため、爾来愛用していると言ったところか。
こういう無駄なこだわりを無くせば、もう少し強くなるのだが、それが彼の独特な戦闘技法の元となったのだから、意味はあったのだろう。
千二百フォア先の黒呼の3と相対した黄幻の七は、慣れ親しんだ暗紅輝の長槍を持ち、だが、いつものように突進はせず、まるで私への確認をするかのように、“一”と黄一回の発光をする。
これは確認か、救援を求める言葉だろう。
さすがに、中位個体最高峰相手に固圧補助無しはツラいか、だったら自分で補助固圧を使えば良いだろうに、七の考えはやはりわからん。
とはいえ七は回避が上手い、戦闘の邪魔しないとも限らんし、手伝うのはもう少し推移を眺めて、私の気が乗ってからで構わないだろう。
千二百フォアはあっという間に無となり、そして次の瞬間には間合いが開く、七は近づいては離れ黒呼の3の周囲を飛び回り、黒呼の3の速度を確かめたあと、荷電粒子の迸りを上げ、猛加速、七百フォアの距離を瞬く間に零とし、体槍一体の刺突攻撃を繰り出す。




