遠征の傘下道
「あー、そうか、七の意図はこれか、四の本拠を落とすには面白い試みだが……、いいのか?これで……」
無数の白橋の架かる戦場に七がたどり着くと、僅かな変化が見てとれた。
五百億の白華で作られた千の白橋、そこに八の誇る大量低質の危険空域が重なったのだ。
千の白橋ほどではないが、“黄幻の八”の固圧生成も九億と充分に数が多い、それに白橋や四軍・八軍の攻勢等、七軍に加えられる全ての攻撃をあわせると、五百四十億余にもなる。
この狭い空域の一カ所に、それほどの固圧が集まればどうなるか?
単純に考えれば、七たちを囲む固圧量が増えて、より危険な状況に陥る。
それを考えながら、最前線に合流した七に視点を戻す。
最前線は光の渦に覆われ、透視でもしなければ、どこに誰がいるかもわからない。
七は中空に翔け昇った勢いそのまま、背面の火孔から電離気体を放出、上方向の加速を相殺、横方向の加速をさらに強めて、八百五十二本目の白橋の表面スレスレの位置を滑空する。
橋に絡まり乱立する無尽の白華群は、先の先にまで白橋に絡まり、暴風の最中に次々と弾け飛んでは補給され、白橋を要害とせしめている。
千の白橋を越えるには、白橋の間近こそが最も攻撃密度が薄い。
白橋が十シに一度の炸裂と遅い上に、単純な発弾固圧を並べただけだから基本的に攻勢は緩く避けやすい。
緩いならそこを通るべきだが、白橋近辺は、特殊な回避の技術が必要となるため通れる者は少ない。
技術が無くても通れはするが、その場合は己が運を試すことになる。
七は私を戦争にいざない、縦横に広がる光泡を飛跡でかき乱しつつ、火孔から唸りを上げ前進していく。
上空に展開される危険空域からは、絶えることなき弾雨が降り注ぎ、次の瞬間に白橋が凝縮。
七は十フォアほど上昇し、見渡す限りに広がる白橋全てが炸裂、幾千万、数億、数十億の眩い光弾が細い飛跡を上空に伸ばし、危険空域が渦を巻く。
飛んで来ていた直近の撃発固圧に対して、七は身体を傾け、入射角を浅くし、黒皮の表層を削らせる。
白橋近傍において敵の使ってくるのは“連縮白華”という高度技法だ。
“連縮白華”は現在、固圧戦闘に置ける最先端技法で、これが全体に伝播すれば、遠距離戦の内容が一新され一時的に死者が大幅に増えるだろう。
連縮白華の仕組みとしては単純で、白華を別の撃発固圧で撃ち抜くことで、構造を強制変更させ、完成までの時間を一気に短縮することができる。
単純ながらも高度すぎて、中位個体はもとより、『黄幻の四』が使える技ではないが、ここ四の本拠では、白橋の配置が一定のため非常に作りやすい。
だから、四の配下は白橋近傍でなら連縮白華を扱うことができる。
“連縮白華”は感覚的な理解より一段早く完成するため、今までの回避方法が通用せず、それでいて通常の白華と見分けがほとんどつかないため、慣れたあとでも、相手に二択を迫り、回避を難渋させる。
使えると強い技術ではあるのだが、まだ成功率が低く、白橋近傍でも撃たれる回数は少ないため、危険空域の方が今のところは死にやすい。
ただ強者にとっては、未知の技より、慣れ親しんだ猛攻を避ける方が気が楽なのだろう。
だから、強い者ほど白橋近傍をあまり通らない。
彼らの技術革新は、静止固圧、静止固圧陣地作成、撃発固圧と来て、今回の連縮白華で四度目だが、新しい技術が現れた際には、必ずといっていいほど強者たちの忌避が起こる。
強者はその時代によく適応しているから、新しい技術によって基盤が変わる時には、強い者ほど古い基盤に長くしがみついてしまうモノだ。
技術的な過渡期において七と五と四はどちらかといえば新しい時代の首領といえ、連縮白華に慣れている。
“地表域の死火”の出の七は連縮白華は使えぬながら、回避に関し超常的な個体だし、連縮白華を得意とする固圧戦闘の天才“黄幻の五”とよく戦っていたから、四の白橋近傍の連縮白華も回避はできる。
ただ、配下たちにはそれが難しいので、七は救済のために八と八の軍を利用したのだろう。
一定の空域を千に分割する『千の白橋』、そこに今は、八の大量低質の“四ツ”の危険空域が混ざり合い、歪な有り様になっていた。
千の白橋ほどに白華が密集した空域で、危険空域同士が混ざり合うとどうなるか?
単純に生成に使う大気中の四手子が不足して、他の空域から時間をかけ四手子を奪ってくることになる。
その結果、攻勢の激しい空域と、奪われて閑散とした空域とに明暗が分かれ、回避の上手い者にとっては存外楽に進めるようになる。
本来七軍が千の白橋に危険空域を混ぜ込んでも似たような効果は得られるのだが、指示はできないし、さすがに自軍に攻撃する者はいないため、八軍を巻き込んだんだろう。
七の思惑はこれでわかった。
八を利用し、自らの軍を壊滅させてまでも四を倒すのが目的なら、彼らの通常の営みにすぎない。
いくら世界が滅びると言っても、見慣れた光景にはさして興味もわかず、私はただ粛々と、七の配下の戦死者だけを数えていくことにする。
八に追われた時点で七は終わり、あとは死ぬのが早いか遅いかだ。
合一個体を亡くした首領は、どんな経緯を辿ろうと早くに滅する。
思えば、七に付いた時点で、私の負けは決まっていたのだろう。
しかし二手よ。こんな不公平な勝負に何の意味がある?
この勝負が始まってから、私が得た情報は、不味い食事と永劫の痛みのみ。
試合せずとも伝えられる情報ばかりだ。
それでいて始まって早々に勝負が決するのなら、これほど無意味な試合もあるまい。
少し考えよう、世に無意味なことはありはしない。
物事には必ず、原因があって結果がある。
二手が愚か者でないのなら、この試合には何かしら意味があるはずで、推測することで何かわかるだろうか?
二手の目的は私にこの世界を滅ぼさせること。
そこを端緒に考えれば、二手には力が残ってない可能性も考えられる。
今の私には二手の総体にどれだけの力が残っているかを確かめる術はない。
ということは、二手に滅ぼすだけの力が残ってないから、私に滅ぼさせようとしてる、という答えも弾き出される。
しかし、それも何だか妙な話だ。私を赤玉に入れる力があるなら、私の精神ごと思念体を殺して、億齢を落とす位はできる。
億齢の精神は私の波統が管理しているから私の波統を壊せば一瞬だ。
原初生命の精神を洗脳したり、統合するのは難しくとも精神を壊すことは難しくない。
まあ予想などいくらしても予想にすぎない。
……ただ一つ言えるのは、七が死に、勝負が終わるまでは、少なくとも私の世界はここにあるということだ。
せめて勝負に勝てれば、残せる望みもあるのだが。
そのあとは七のワイス機構に接続し、少しばかり集中して戦況を眺める。
どうせ滅亡するのだとしても、せめてそれまでの時間は、観察を続けていたかった。
ワイス機構と透視を交えて、死者の数を数えていると、七軍の中位個体が減っていくのが嫌でも理解できる。
中位個体は軍の宝だ。
下位個体は一齢の間に二十万くらいは入ってくるが、その中で中位個体になれるのは、一齢の時間の中で数千程度、大体三百から七百で推移している。
ほとんど格闘戦でしか役に立たない下位個体と違い、戦いに慣れた中位個体は死ににくい上に、固圧生成量も段違いだ。
一体一体は首領や合一個体より弱くはあっても、軍全体の総火力のほとんどを握るのは中位個体のため、中位個体の大部分が死ぬと戦争の際の攻撃密度が大きく下がり、敵の攻撃が激化、勢力が滅びることになる。
補充の難しい中位個体の数こそが、勢力そのものだと言ってもいい。
七の軍は、これまでの激しい戦闘で、下位個体を含めても、三百四十体まで減っていて、尋常じゃない速度で死んでいく、見ている内に三百四十から、三百、二百八十となり、つい先ほどの阻害が得意な中位個体は、別の危険空域で死んだようだ。
そうしている間にも、『遅咲きの高老』が八の軍の下位個体三体に取り囲まれ、格闘中、……死ぬのも時間の問題だ。
その様子を眺めてる間に、七の軍が四の本拠の三分の二まで到達。
三分の二ほどまで敵が来ると、千の白橋は終わりだ。
本拠は次段防衛に入り、四の使う技に変化が訪れる。
前段として戦場から千の白橋が消えていく。
それより遥か下方の地表付近に長大な白靄の路ができ、みるみる塊となり、白光を発すると、その相貌が姿を見せる。
『遠征の傘下道』
長さ一万五千フォア、高さ五百フォア、底の面積が六十フォアほどの三角形で、上側には突き出た長い屋根とそれを支える棒が長く続いていく。
その壁で守られた路こそが四本拠の二段目の攻勢固圧“遠征の傘下道”だ。
核融合生物は大気中に含まれる四手子を使って、遠距離攻撃を行っている。
だから、高く分厚い壁を一気に作って地表に固定すると、その壁近辺の大気に含まれる四手子のほとんどが枯渇し、一時的に固圧が使用不能になる。
あとは壁と張り出した傘で、風上と直上から流れてくる四手子を遮ると、対流や敵の操作以外では四手子が入って来なくなり、壁の隣に固圧を生成不能な安全な側道ができる。
強い“縛”熱の構造物である静止固圧の壁の近くを飛ぶので、引っ張られて少々飛びづらいが、その道を使うと遠距離攻撃を防げるため、下位個体たちを安全に最前線の空域に送ることができる。
下位個体は格闘戦だけなら、中、上の個体とも戦える力を持つ。
普通下位個体は回避に苦しみ、上位者と接敵することは稀だが、“遠征の傘下道”を使えば、多数の下位個体を、敵の近くに攻めこませることができる。
下位個体を前線に大量に送れるというのは、相当に強力な戦法なのだ。
ただ、傘下道が出ている間は千の白橋を使えぬため、敵を牽制する力は落ちる。
すると敵がそれまで回避や防御に割いていた思考や力を反撃に使える訳で、本拠内はそれまでより強い攻撃に晒される。
だから“遠征の傘下道”を作ってしばらくすると、回避の下手な下位個体たちは安全な傘下道に逃げ込み、壁に沿って移動し敵を強襲。
その間も四のいる本陣は激しい攻撃に晒されているものの、敵は減っているし、固圧戦闘に慣れた中位個体たちしか残っていないため、被害はそれなりに抑えられる。
これは不思議なことだが、中位個体たちは傘下道に入るのを嫌がる。
本来傘下道に逃げ込み、安全な位置から攻撃を続けた方が効率的ではあるが、長い壁で風を遮る構造上、守ってもらうには最も危険な地表付近に降りなければならない。
回避ができる中位個体にとって、風向きが変わったり、壁を失った瞬間に地表域に置かれる危険を考えたら、自由に回避できる高さにいた方が安全という考えなのだろう。
そんな傘下道を通った、下位個体が次々と最前線に出現、突出していた七に襲いかかってくる。
そうなると八のちょっかいが気になるが、七が格闘戦を始めたことで、“格闘戦に参加してない者は手出しをしない”という文化障壁が働いたんだろう。
八が七を狙って広げていた、大量低質の危険空域を止め、空いた補助思考で、武器を生成、そして自らの周囲、半径三百フォアの固圧無力化に力を注ぎ、飛行速を落とすことなく急進、四万フォア先の七との距離を詰めていく。
下位個体に囲まれるのもキツい上に、下位個体に手間取れば、八に追いつかれる。
そして追いつかれたら--、と諦めまじりに眺めていたが、七と下位個体の格闘戦を見て、私はふと我に返る。




