千の白橋
四軍の攻勢状況を見るため、更に明瞭に七軍の最前線を透視してみる。
最初に視官に映ったのは、燎原の如くに広がる、数多の白き光の橋だった。
まあ橋と言っても静止固圧ではなく、発弾固圧が橋状に配置されているだけで、一定間隔で隙間が空いている。
ただその白光の橋は空域を覆い尽くすほどに広大で巨大だ。
こういうある一定の巨大さや、広さを持ち、戦況に多大な影響を与える大規模固圧を攻勢固圧と言い、使える者が限られる。
その稀な使用者である四の使う攻勢固圧は『千の白橋』だ。
白華の群は通常、まるで銀河の瞬きのように現れるが、四の攻勢固圧はそれと違い、縦と横の二面の配置が基本となっている。
縦と横、それも縦に長く置かれていくのだから、結果として現れるのは長い光の橋であり。 その橋は遥か先の空域から空域を結ぶように架けられ、風の強さによって歪み、捻くれながらも数シ毎に泡沫と化し砲火を発しては、また新しい橋が無数に架けられていく。
天を架ける無数の橋と、その周りに星のように散りばめられる数多の白華。
この空を架ける巨大な撃発固圧の橋こそが、頑強を誇る四軍本拠地の基本戦術だ。
『千の白橋』という攻勢固圧は、点々と繋がる長い橋を千本造り、本拠空域を数十に分断、その隙間に配下たちが危険空域を組み上げることで、難攻の防空圏になっていた。
それを行う『黄幻の四』は三体一組の首領で、直接的な戦闘力をほとんど持たない。
その代わりに千の白橋等の巨大な攻勢固圧を作り、敵の侵入を拒む戦法をとっていた。
攻勢固圧は今代の首領だと五の『愚者の白柱』と八の『九億固圧』あとは四の持つ複数のみ。
その中でも最大の大きさを誇る『千の白橋』は、使用個数が五百億に迫るほどの巨大なもので、単体では生成不可能だ。
それを可能とするには『黄四黒呼の1』“遺伝瑕疵者”の力がいる。
遺伝瑕疵--その名が示す通り、黄四黒呼の1には遺伝子の欠損がある。
特に記憶に関する部分の欠損が顕著で、歯状回内の軸索細胞の投射の流れが妙になり、他者の波長等の記憶は異常に鋭いがそれ以外のことに関しては短期記憶しか働かない。
結果としてまともな固圧操作が行えず、生活においても食事をなんとか自力で取れる程度だ。
ただ彼の遺伝子欠損は、記憶の偏りによる戦闘能力欠如と引き換えに、ある特別な力を彼に授けた。
それが“波退化細胞”の死滅だ。
波退化細胞は、退化の名が付くとおり、核融合生物同士の通信能力を阻害する働きをする。
私が当初想定した核融合生物は、全ての個体が変調によって波長を合わせ、合一を結び、互いに電磁波で通信し合って文明を育むのが、理想だった。
ただ、全ての者が繋がっている、…というのは非常に危うく、成長が急な分、その繋がりに何かあるとあっさりと全滅してしまう。
不安になった私は仕方なく、“波退化細胞”を遺伝子に組み込み、核融合生物の相互通信を遮断、合一を結ぶのも稀な意思疎通できぬ今の形に落ち着けたのだが、……その細胞が欠けている『黄四黒呼の1』は電磁波によって全ての者と繋がることができる。
そんな“遺伝瑕疵者”たる黒呼の1の能力は『片側通信』、周りはその力を持たないために、合一ではなく、私と同じ余白領域操作になる。
ただ核融合生物の使う余白操作は私の物とはまた違って、電磁波を生む電飾体素子の多さから、余白操作を一体に対してだけではなく、数百体に同時に行える。
それでいて量も違う。
私が七に接続する場合、出力が弱いため七万発程度がやっとだが、核融合生物の余白操作は強力な電磁波を発する器官を使う関係で、引き出す力は遥かに強く、一体ごとに数千万から一億超の固圧を扱える。
合一の時よりも余白操作の方が何故か使える量が増えるのだが、ただ、その分、質が粗悪になり、精緻な固圧配置は行えない。
その原因は核融合生物の認知の仕組みにある。
核融合生物は余白操作の際、他者のワイス機構の中身を認知できない。
私の場合は余白操作が刺激となって、四手子に分散していた意識が集中、ワイス機構内の動きが見えるようになるが、核融合生物は情報のやり取りを電磁波に頼っている関係で、合一を結ばない限り相手ワイス機構からの情報が入ってこない。
すると、余白操作時、相手のワイス機構内の情報が加味されず、固圧の精度や成功率が著しく落ちる。
そんな風に量が多い代わりに、質の低い核融合生物の余白操作ではあるが“黒呼の1”自身は固圧を扱えぬために、自分では使うことができない。
それを代わりに担当するのが黒呼の1と合一を結んだ“黄四黒呼の2”だ。
“黒呼の2”は合一によって上位個体になる前は中位程度の中位個体であったから、今でも戦闘能力は中位個体の中位程度のまま。
ただ、頭の良い個体ではあるのだろう、合一を結んでからは、戦えない『遺伝瑕疵者』の力を把握し、『余白操作』の能力を使いこなせるように習熟を続けていた。
その努力の末、生まれたのが『千の白橋』という橋状の固圧配置だ。
大規模な余白領域操作をする場合のコツは、相手側のワイス機構に指示と大枠だけを伝えることだ。
この橋状固圧を例にとると、まず千の橋を造ると決め、縦横の比率を定めてから、自ら撃発固圧を生成していく、一発のみ弾を放つ『発弾固圧』を、上下に重ねて、あとは延々と縦横に続けて長くする。
それを一つの橋とし、千同時に作り始めると、自分の固圧容量が足りなくなった所で、ワイス機構が無意識に他ワイス機構に接続、固圧生成の大意と、空域配分の指示だけを与えるようになる。
その後は、配分された空域に対し各個勝手に生成を行い、一体一体の造る固圧にバラつきはありながらも、同じ比率で橋の同時生成を続け、空域を寸断するように長くなっていく。
この方法は個体差もでる上に、発弾固圧を作れる者のみの参加となるため、完全な力は引き出せないが、“遺伝瑕疵者”の電磁波変調限界である五百体で四百億後半までいくのだから凄まじい。
これは中位個体の生成量を全て合わせたものより多いから、余白操作は相手の限界値を引き出す力があると考えられる。
そうして五百体の個体から引き出した力により、四の本拠地には歪な千の橋がかかる独特の光景が現れる。
ただ、粗雑な固圧でできているためか、橋状固圧は見た目は派手だが、弱い。
しかしこの弱い橋状固圧を、難攻とせしめている理由は2つある。
一つは地形。
ここの本拠地は右の岩翼の先端付近に位置していて、最も安全な高空を使えない。
というのも高空のさらに上には境界があって、ある一定の高さを超えた物体に対しては、“億齢”が『境界の極華』という非常に強力な固圧で叩き戻す習性があるのだ。
その境界は普段なら高空の上、超高空の四万フォアの位置にあるのだが、岩翼の場合『億齢』が旋回する際に岩翼が斜めに傾き、超高空域から中空域にまで一気に境界が下がることがある。
彼らだって遅くはない、強烈な下降気流と合わせ中空ならば辛くも逃れられるが、高空にいると逃れきれず殺されるため、結果、皆が低空と中空域にかたまり、橋状固圧の空間占有力が非常に生きることとなる。
そしてもう一つの理由は--。
「やはり難渋しているか」
最前線に映るのは、巨大な橋と橋の間に瞬く、銀河にも似た白華白靄の輝き。
四の配下たちが作り上げる、金城砲火の危険空域だ。
四の使うのはあくまでも余白のため、配下の固圧生成には何ら影響はなく、配下たちは四の出した橋を難攻不落とすべく、橋の隙を塞ぐように白華の渦を作り出し、来るものを阻んでいた。
“黒呼の2”が『千の白橋』を作る際、必ず同じ間隔、同じ配置で空域に配置する。
同じというのは単調であることだけを意味しない。
味方にやりやすさと馴染みやすさも与える、特に言葉無き彼らにとってそれがとても大切だ。
四の擁する六百十八体の配下は、その橋の出現位置を幾度も経験し、慣れることで、橋の形に非常に合う形で白華の群を生成する。
高空域が使えぬ狭い空域に、五百億の固圧を注いだ橋による異常な空域占有率、そして橋の隙間を配下たちの固圧が埋めることによって、四本拠地の空には、飛空の禁裡が完成する。
見渡す限りに広がり数十段に空を区切る千の白橋、その周りに白亜の銀河が大渦を広げ、入り込む余地が僅かしか見つからない。
辺りを飛ぶ七の配下たちは、橋に入り込む隙を見つけられず、千の白橋が『億齢』の暴風によって砕けては、十シごとに新たに生成されるのを眺めているようだった。
ただ千の白橋は防御のための技だ、“黒呼の1”が性格的に動くことができないため、白橋を半径十万フォアの中にしか白橋を生成できず、本拠空域に侵入しない限りは、『千の白橋』に殺されることはない。
つまり『千の白橋』は、攻め込んできた者以外には無力なのだ。
だから四軍は遠征組と本拠防衛組の二班に分かれ、遠征組は負けそうになると本拠に逃げ帰る。
七が八から逃げるためには『千の白橋』に突入するのが最善だろうが、四の本拠は全首領中最も激しい攻勢を誇り、未だ、かつて破った勢力がいない。
近傍の固圧を無力化する八ならば破れるかもしれんが、その八でさえ千の白橋の次の攻勢固圧で追い返されている。
四の本拠地はまともに突っ込んで破れるような物でもないから、わざわざ突入せずに素直に八を迎え撃つ方が利口なのではないか。
私が心を悩ませてる時、“億齢”が旋回を始め、地表となる岩翼が斜めに傾ぎ、七たちの前方、千の白橋の下の、地表との間に大きな空洞が開いた。
傾きにより生まれる、見せかけの大空洞だ。
四の本拠地に攻めいる者は、一瞬固圧が無力化されるこの瞬間に突撃をし、そしてその数シ後の再構築で、多大な損害を受け撤退する。
その例に倣うかのように、七が総間接を鮮烈な赤と、白光に燐し『攻撃』の大意を発すると、それを知った七の配下たちが逡巡をやめ、四の本拠地、千の白橋の下方から突撃を敢行した。
大多数の者が動く際には、視点を定めないことには状況が把握し辛い、だから七配下最高峰の“麾下の四兵”の一体に注目をし、突撃の状況を見る。




