億齢の生態と、黄幻の八
この水素爆発は水を回収するためのものだ。
首鶴から両岩翼にかけて広がる“水跡の地”の地下は、核融合に使う水素保管庫になっていて、氷の衛星由来の水が溢れている。
“億齢”の核融合は八万二千基の内八百基を除き、燃料には通常の水素をつかうが、水から分離した時に生じる酸素は貯めておいて、ある程度溜まったら地表に繋がった穴から一斉に地上に噴出させる。
大量の酸素と水素の爆発的な結合の結果、起きるのが先程の水素爆発だ。
少量ずつ酸素が放出される火地と違い、水跡では、地表から大量に放出されるため、爆発の威力も範囲も桁違いに大きい。
その水素爆発によって水素と酸素がくっついて水となり、地表に降り注ぎ、長い時をかけて地下の水素保管庫に戻していく。
少し迂遠な回収方法ではあるが“億齢”のような長期間生きる生命にとっては、水素を大気から直接摂取すると、不純物も混ざるし、どうしても外気に晒される部位ができて寿命を縮めてしまう。
そのため少々面倒くさくても、酸素を大気中の水素と結合させて水を作り、それを地盤や体内器官で濾過させながら保管庫に戻すことで、純粋な水素を得る生態をとっている。
そうして“億齢”は外殻を閉じたまま水素を得ているが、その方法は地表に生きる核融合生物にとっては迷惑極まりない。
“億齢”の酸素放出に伴う水素爆発は“火地”と違って爆発力が高い。
水素爆発は酸素と水素の混合比率によって、威力の低い爆燃と、より威力の高い爆轟に分けられる。
爆燃なら瞬間圧力が大気圧の数倍、この辺りだと四万八千地圧程度ですむが、爆轟は二十四万地圧まで跳ね上がる。
彼らの内圧は三十万地圧近くに保たれているから、生態として三十万地圧くらいまでは耐えられても、一万二千地圧の状況から瞬間的に二十四万地圧になったのでは、引膜の緩和が間に合わずに内部が圧壊する。
防御に長けた“黄幻の二”などは爆轟を耐えたこともあったが、それは運も混じった例外中の例外で、ここ“水跡の地”は、殆ど予兆なく大爆発が起こり、爆発の内容によっては核融合生物も即死する、過酷な地だ。
とはいえ四の領地は、“水跡の地”に分類されていても、水素同位体を使う炉の低い核融合炉が密集している地で、燃料は遠くで分解して運ばれてくるため比較的爆轟が少ない。
また爆轟自体も当たり方によっては死ぬだけなので、よほど運が悪くなければ死ぬことはない。
地表から空高くまでに立ち昇った爆球の連鎖が途絶えると、残滓といえる炎が空の各所に燃え上がり、吹き散らされていく。
超臨界を迎えた蒸気の中では、水に包まれてさえ物は燃える。
酸素というのはとかく凶暴な物性をしているから、酸化する物質にとっては無駄に寿命を縮める毒でしかない。
黒に朱を散らした天には、戦闘を示す白光の戦慄が甦り、赤輝を身に纏った黒形の生物はその天空に跳躍から滑空を経て上昇していく。
七は何を考えているのだろう。
戦闘のことか、味方のことか、それとも四十語程度の語彙では、そもそも考えさえ持てないのか。
それもわからぬまま、七の背中の光の紋様、ワイス機構に意識を潜らせると、七全軍の状況は把握できた。
七配下の精鋭“麾下の四兵”は、皆熱殺阻止技法を習熟しているため食事でも死ななかったが、戦闘は激しさを増し、全体の総数は八百十七体になっていた。
七の全軍は元々千五百体ほどだから、半分近くにまで減ってしまっている。
ということは……ここに来るまでも相当に過酷な戦闘だったんだろう。
「どうにも実感がわかないな」
彼らは声も出さなければ、表情を現す器官もないので、戦争の悲痛さは伝わらず、私にとってはいつの間にかに過ぎ、移ろうだけのものだ。
多分七の軍が全滅する瞬間が来ても、私が自分で調べない限りは、今と同じように安穏と過ごしてしまうことだろう。
そうならないためには、もう少し集中する必要がある。
ワイス機構を眺めれば、七の目論見通り、四の領地に六と八の軍勢が侵入してきて混戦となっている様子がうかがえる。
こうして乱戦になったのなら時間は稼げるだろうが、七はこれからどうする気だろう?
敵地での乱戦。前面には敵軍一つ、背面には敵軍二つ。
混ざり合って戦い、行く宛ては特にはない。
敵勢力と混ざり合うことによって、攻撃の集中は避けられても、このまま消耗戦をしていたら数の差で負けるだけだ。
理屈からいえばこういった乱戦では、密集するのは好ましくない。
彼らは配置を読める上、速度が速く頑強だ。攻撃が薄い密度ならどれほど広域に砲火が広がっても回避自体は楽になる。
そのため混戦中は一体一体がなるべく離れ拡散して、広く攻撃を分散させる方が生存しやすい。
そうすればこの混戦だ。
采配によって各個の生存率を上げるだけで、相対的に七の軍の生存者が増え、勝つ確率は上がる。
とはいえ私がいくら考えた所で『分散せよ』なんて単語はないから、指示はだせない。
こんな命令一つできないのに、文化だけは確立されているのは面白いが、……それは大方、“波統”の影響だろう。
精神の始粒子“波統”は、素粒子よりも小さい極微の物質だ。
物質は均衡を求めて混じり合う性質があるため、精神という粒子も均質を求めて動いていく。
粒子の対流は時空間の影響を受けるから、精神も当然、時期的距離的に近い方から徐々にやり取りをされ、やがて核融合生物全体で交換されていき、長い時をかけて浸透することで言葉によらず文化が広まったんだろう。
それに“波統”は性質として、種の保存を優先する。
だから彼らが戦いを好んでいても、自然自然に種の存続に適した文化が醸成されることになる。
成体は殺し合うのに、幼体や子育期の者は狙わないなどの文化規定がそれだ。
そうは言っても“波統”を介しての命令は……、難しいだろうな。
精神を作る“波統”は自意識の始粒子である“考思”や、脳と違い、情動や直感を司るから、働きかけた所で意図はそうそう伝わらないし、二手と違い私では“波統”の対流を長い時間待つ必要がある。
となれば、私が波統で命令するのは不可能に近い、指示はできんし、情報の共有も不可能……、つまり私が指揮官となる案は難しい。
しばらく考えていると、前方の空域に散らばっていた敵軍の一部が一斉に転身し、四の領地奥地に向かって後退を始める
状況からして四軍の前線が混戦から退いたんだろう。
「四軍が退いたか」
四が退いた理由はなんだ?七軍と混戦になったからか?
しかしそれにしては動き出した瞬間が妙だ。
ワイス機構を通じてその原因を探し、はた……と、思い悩んで状況を悟ると、私はワイス機構を眺めたまま、つい笑い出す。
「ふふなるほど、こういうことか、なあ七。貴様はいよいよ窮地なようだぞ」
戦場の移ろいは早い、……特に実感もないのに、状況は悪くなる。
いましがた四軍が唐突に退いた理由は、空域に最強の個体『黄幻の八』が現れたからだ。
まあ、最強と言っても全ての面で強いわけではない、発固期、九代目にあたる今代の八は『固圧無力化』に特化した存在で、周囲の固圧を無力化し、使えなくすることで最強の座に君臨している。
遠距離戦最強個体だ。
仕組みとしては単純で、八は強力な電磁波を対宇宙側に照射し、対宇宙側の歪みの全てから電磁波を侵入、熱の流れを敵が習熟してない領域まで乱し続けることで、固圧生成不能にする。
だから厳密には固圧無力化ではなく強力な阻害であるが、そこまで強力なエネルギーを全方位に照射するとなると、“億齢”くらい高質なワイス機構と強力な核融合炉がいるから核融合生物では不可能だ。
そんな八の作る、巨大な固圧阻害空間が七の後方、四軍から見れば十万フォア先の空域に現れ、半径にして周囲三百フォア内の固圧の発動を無力化しつつ、急速に接近してきていた。
八に抗するために四の軍は退いたが、それは問題ではない。
それよりも問題は……、八が七を殺すために接近しているという事実だろう。
八は特殊な個体で、勝手気ままな他の首領と違い確固たる行動理念がある。
普段は全体が疲弊しないように勢力間の安定化に尽力をしていて、首領間の戦争が長引けば、八が止めに来て解散させるし、弱った勢力がいれば八軍がその近くで待機し、周りが攻めて来ないように睨みを利かす。
存在する限り全勢力を生かす八だが、しかしひとたび合一個体が死に、首領が八と抗せなくなると、八の獰猛な一面が露わとなる。
合一が綻び、弱体化した首領を執拗に追いかけ、殺害してしまうのだ。
その執拗さは恐ろしいものがあり、配下が疲弊しようが、自分の領地が侵略されようが止まることはなく、どちらかが死なない限り、決して戦いを止めることはない。
そして首領を殺した後は、その領地を八が占拠し、新しい首領が現れ、一戦交えると、領地を手放しまた火地に引っ込んでいく。
八は均衡を司るが、同時に欠けた者に死を与える苛烈な個体でもある。
七が火地に出向いた時には攻撃してこず不思議に思ったが、急進してきた以上は、今更ながらに『一』が死んで、七が弱体化したことに気づいたに違いない。
どちらにせよ八は執拗であり、……七は八より弱い、それに狙われた以上、追いつかれたら死ぬ。
かなりマズい状況だが。打つ手は特に見つからない、迫る八を見ながら黙々と考えていると、私より先に七が妙な動きを見せた。
それは私の考えにまるでなかった行動で、……だが、だからこそ、七の目論見が気になった。




