軍円こそが戦術の要
「食事中の死者を調べるには、まず味方の識別だな」
敵味方の識別の仕組みは首領の行う軍円頼りだ。
軍円生成の順序としては、陣地外縁の誰かが十万フォア先に侵入者を見つけた瞬間、赤い光を灯す。
その瞬間の位置情報から、大まかに首領が味方を特定し、戦闘中はその特定した味方全員に電磁波を送信し続ける。
首領の波長の特徴を配下は覚えていて、その電磁波を受け取っているのが味方となる。
“軍円”という名は、首領が電磁波を飛ばせる半径十万フォアを限度に軍全体が収まって動くことから付けた。
そういった仕組みから弱点もあり、彼らは首領の出す電磁波によって敵味方を識別しているため、首領が電磁波を飛ばせる半径十万フォアから出てしまうと電磁波が途絶え、味方と認識されなくなる。
軍円から外れた味方は首領自身も敵味方がわからなくなるから、少なくともその戦争中は全ての者から敵と認識される。
もう一つの欠点は、この方法が首領に弱体化をもたらすことだ。
彼らの思考は四つあり、軍円は全軍に意識的に電磁波を張り付かせ維持するから、常に補助思考を一つ使う状態になる。
つまり首領になると必然的に、軍円の維持のために思考が四つから、三つに減り戦闘能力が落ちるわけだ。
戦闘の思考数は地味に大切で、思考が四つあれば固圧を同時に四種類組み合わせられる。
それが三つになると、組み合わせられる固圧が三種類になり少し不利になる。
……逆に副産物としては、軍円を作ることで、首領は合一個体を得やすくなることだ。
軍円を作るには、配下たちが首領の電磁波の特徴を覚えねばならない。
周り全体が、首領の電磁波の特徴を認識すれば、当然、それと同じ波長の個体も浮き彫りになる。
つまり首領が軍円を作った瞬間に、首領と全く同じ波長を持つ個体に配下たちが気づくのだ。
周りから強さを認められることで軍円を得、軍円によって合一個体を見つけることで、八から名を与えられる。
それが現在の五首領・四配下制となる。
ただ最強の個体“黄幻の八”にだけは不思議と、合一個体は現れないか、現れても殺してしまう。
この理由の推測はできているが、とりあえず私は彼の背にある計算記憶に潜り込み、全ての味方の情報を精査した。
三シシほど時間を掛けて、食事した味方を調べてみると、思ったよりは悪い状況にあるようであった。
まず前段として、黄幻の四の軍と戦っている個体は食事中はほぼ無事なようだ。
『食事中の者に攻撃しない』という、暗黙の文化障壁が働いている証拠で、四の軍と戦っている個体は食事中殺されていない。
だから四の軍勢と戦っている七は休息しても安全だ。
しかし……それより遠くで食事した味方の状況がちょっと妙に思える。
四の領地は“億齢”で言うところの、右首筋から右岩翼にかけてだが。
ワイス機構の計算記憶を見た限り、食事中の死亡率が高いのは、左後背“黄幻の六”の領地に近い位置で食事した個体となっている。
四の軍から遠くて戦っていないはずの六の地の近辺で、食事をした味方の多数は殺されている。
私は四の軍とだけ戦っていたと思っていたが、死亡率から考えると、現在七の軍は“黄幻の四”と“黄幻の六”の二体の首領と同時に戦っているんじゃなかろうか。
試しに六軍側の味方の数を合わせてみたら、六百五十体いた。
戦闘開始時は、四と戦いに行った味方を私が数えただけだったから、二百二十体だとしたが、六軍方面も合わせたらその数になる。
ということは七は最初から総力をあげて戦っていた?私にも見落としがある……?
念のためさらに精査してみると、別の事象も見てとれた。
食事中の死亡率は低いながらも、“黄幻の八”の軍勢からとしか思えない位置での死者が出ていて、……七の軍勢は少なくとも、三勢力と同時に戦闘しているようだった。
「……三勢力相手か、味方全てを合わせれば千は越すが、劣勢も劣勢だな、一が死んだ今、七は首領の中では一段落ちる。いやまて、ああ、それで七は私に近接戦の補助を任せたのか」
こうして思えば、七は何も一のためだけに、私に格闘の補助を任せたんじゃないんじゃなかろうか。
七は絶望的な状況にいる自軍を支えるために、私の微弱な力でさえ活用しようとしているのだ。
現状役に立たなくとも、私に固圧を任せられれば、近接戦闘下でも思考が一つ空く、その空いた固圧を使って劣勢の味方を援護する余力を作っていたのではないか?
とはいえ昔から本気をださない七だから、別の理由の可能性もあるな。
考えつつ、ワイス機構から意識を引き上げ、透視を使って、七の黒き光を灯す尖鋭的な型を眺める。
七はどういうつもりで、私に固圧操作を任せたんだろう?
私の予想したように、生きるために固圧操作を任せたんだったら嬉しい。
生きたい……、というのは、世界に愛がある、ということだ。
抗う……、というのは世界に残ろうと、抵抗することだ。
七は今、私の世界で生きたいと思っている。
その考えは良いな、……七の思惑はわからんが、もしも生きたいと言うのなら、微力でも全力を尽してやる。
三勢力に囲まれた七を助けるにはどうすべきだろうか……、さらに精査をすると、七の軍勢に攻撃をしているのは、四、六、八の軍のようだ。
五つの勢力しかなく言葉無きこの地で、三勢力がかりの攻撃など類例がなく、当然そこには二手の意思も介在していることだろう。
となれば二手がついている首領は“黄幻の六”である可能性は高い。
八と四の軍勢は食事中の者に攻撃していないが、六の軍だけは食事中の者を殺し、文化障壁を無視している。
今まで守っていた文化を唐突に無視したのなら、それはよほどの心変わりか、別文化で生きた者の意思を受けていることになる。
配下たちは指示次第で多少首領の行動を真似るから、あのくらいの文化無視の割合なら六の心変わりの範囲内だ。
そうなると私を恨むのは六か……。
「そういえば、六は代謝も食事も多い巨体だったな。それで私を恨んでいるんだろう」
私を嫌う個体は……六、……つまり二手は最低でも首領一体を仲間に引き入れた。
……私はどうだろう?
七もまだ真相は知らない。
だが、七はこの世界で生きたいと思っている。
生きたいと抗うなら、それは私の味方で、私が力を貸すべき相手に他ならない。
私の味方はこの世界に生きようとする全ての者達だ。
七が絶望的な状況をどう打開しようとしているかは、見ていれば把握できた。
七は食事休息を寸前までとらず、四の領地の奥地に進撃していった。
彼らには緻密な作戦というものはない。
七が動けば軍円も動き、配下たちはその軍円に付き従って進まなければならなくなる。
そうして四領空の奥に奥に入り込み、七がようやく食事を始めたのは、四の領空に七の軍円の大半が包まれた時だった。
七は敵対している四の地に自軍のほぼ全てをいれてしまったわけだが、考えてみれば理に叶っている。
まず彼らに領地や領空を失うことによる不利益はない。
食事はどこででもできるし、幼体は文化的に殺さないから守るモノはない、彼らの領空は自分が戦いやすい空を占拠する意味しかない。
また敵に囲まれることへの不利益もさほどない。
彼らの攻撃は核融合生物の体内以外であれば、数万フォア離れた空中だろうが、岩の中だろうが、どこにでも攻撃できる。
それに縦横無尽、高低含めて飛び回るため、飛行範囲も広大で何体で囲もうがさして意味はない、せいぜい下位個体が近接に踏み込みやすくなることくらいか。
それより怖いのは敵の数が増えることだ。
敵が増えれば攻撃が集中し、空域内の白靄や白華の密度があがって、危険空域が増え、回避が難しくなっていく。
三勢力に囲まれた状態だと、三勢力分の攻撃が七の軍に集中する。
つまりそれだけ攻撃の密度が上がるので、集中した攻撃を分散させることが、多勢力に囲まれた際の基本的な対処法となる。
分散の方法は簡単だ。
軍円の性質を使えばいい、“軍円”は首領が戦闘開始初期の位置情報から大ざっぱに敵味方を振り分け、見失わないよう味方だけに電磁波を送り続けるものだ。
味方を定めたあとは、戦闘が完全に終わるまでは変更できないため、最初に軍円の外にいた者は全て敵となる。
そういう仕組みならば、当たり前だが、味方の識別はできても、敵の区別はできない。
どの軍勢にとっても、敵は一括りに“敵”でしかなく、私のように四の軍や六の軍勢といった振り分けを持たない。
敵地の一つに自軍の全てを入れてしまえば、追ってきた勢力も守ってる勢力も、他勢力と七の軍勢の見分けがつかなくなり、その結果攻撃が分散するわけだ。
そう分かっていても、七が無防備になる食事中はやはり怖くはあった。
時軸と絡まりの強い七は予測に自信を持っていて、実は武器による熱殺阻止技法を覚えていない。
だから食事中に攻撃されればひとたまりもない。
それなのに七は堂々と殻に籠もって、溶岩のただ中で顎を開き、灼熱の粘体を啜っていた。
溶岩の溜まりを啜って、二手子や四手子はもちろん、岩石の主成分たる珪素やマグネシウムなどを摂取していく。
マグネシウムは比重が軽い割に強度が高く、また振動を熱に換えて減衰させる効果があるために、それの作る合金は核融合生物の内部細胞にとっては重要なものとなる。
また比熱の少なさによって早く熱くなり、熱の通りも良いために、彼らの血液にも多く含まれる。
衛星由来の塩化マグネシウムが岩石に多く含まれるのは幸いだった。
……七が無事に食事を終え、自らを覆う球形の殻を溶かすと、頭上に黒き天が広がった。
戦闘の光輝を散りばめた天には、今は僅かな変化が見えた。
空の端から端を洗い流す暴風の所々に、朱の輝きが刹那現れ、それが何であるかも見えぬ内に、黒き空に揉まれて消えていった。
その朱の輝きは、ここ四の地ではありふれた光景で、見えずとも私は知っている。
それは炎の輝きだ。表宇宙で最も盛んに結合し、物質を無理やりに剥ぎ取っていく、酸素の生み出す燃焼の輝き。
四と六の領地は、酸素が最も放出される土地となる。
その暴虐は水素と混合することで露わとなり、暗き空に炎がかっと閃光を発したかと思うと、球形の輝きが現れ、一瞬の内に地表から空の高きにまで勢力を拡大し、連鎖的な大爆発が巻き起こる。
酸水素爆鳴気による、見上げんばかりの連鎖爆発だ。
視界に煌めいた爆圧の球体は瞬時に大きくなり、七や近傍で戦っていた核融合生物にも爆圧が到達し、七は横殴りに吹き散らされる。
その最中だけは永劫に続く風も、戦闘の煌めきもかき消され、一瞬の爆球の顕示に場が使われる。
その輝きが尽きると、吹き込んだ風の超圧がその静寂を埋めた。
七は爆発の直撃によって、十フォアほど後退したものの、特に乱れは見せずに戦闘に戻っていく。
水素爆発か、そういえばここは、水跡の地だったなとあらためて気づく。




