連携無きはお互い様
それからも七と敵二体との決着はつかなかった。
七が固圧を使わない以上、本来なら近接特化の下位個体が非常に有利だが、味方の“外貌無き球鎖”の格闘勘があまりにも無さすぎたのだ。
例えば七と下位個体の打ち合いの最中に、球体が鎖を振り回しながら飛び込んでくる。
鎖は対処し辛いため、七と下位個体は光の残滓を曳いて退避する。
球鎖は低速で漂いながら七のあとを追いかけ、戦闘の邪魔をされた“落伍した英雄”が苛立たしげに数本の巨柱を球鎖に叩き込む。
球鎖は多数の鎖を振るって柱を薙払って軌道をずらし、悠々と七の後を追いかける。
邪魔をしてばかりの球鎖だが、球鎖も戦いの才覚が無いわけではない。
さすがに中位個体だけあって白華の配置や、選ぶ固圧の種類は目を見張る物があるし、苦手な格闘を鎖と鎧で対処するあたり頭も回る。
ただ彼は致命的に遠慮を知らなかった。
格闘戦中に撃発固圧を大量に生成すると“落伍した英雄”を巻き込むのにも関わらず、躊躇なく砲撃を展開する。
無論七を狙ってはいるから、七に対する攻撃割合の方が多いのは事実だが、結局は6対4程度の小差に過ぎず、下位個体は白華の流れを読むのが苦手なため、その程度の差では下位個体が不利になる。
結果下位個体は七に近寄れない時間が増え、七との決着はつかず、下位個体はじれているようだった。
……七はどうするだろう? 状況は多少マシになってはいたが、目まぐるしく軌道を変える戦闘の機微を読むことは難しい。
七は“落伍した英雄”と激しく槍を交えたかと思うと火孔で錐揉みをし、熱による大気の流動によって目の前に迫っていた白き球鎖の鎖の束が僅かに軌道を変える。
槍で跳ね上げた鎖の隙間をくぐり抜け、頭上から降り来たる巨柱を回避し、上空に無数に現れた房状固圧の炸裂の薄きを縫い飛ぶ。
そして再び追飛してきた“落伍した英雄”と交錯する。
間断なく続くやり取りを追っていたら、精神感応に映る七の心象風景に変化が起きた。
岩盤に潰されかけていた熔岩の一部が発光したかと思うと、爆ぜうねり、その活発な流れに巨大な岩盤が小幅ずつ押し返されていく。
紅き流れは激しさを伴って岩盤を飲み込み。熱砂が弾ける音が私にも聞こえてくるようだ。
七が興奮している?
押し寄せる七の熱情を見ていると、私も少々興味が湧く。
「楽しいのか七?いや……違うな」
これは気塊だ。七の熱情が始粒子となって身体全体に浸透していくのがわかる。
精神は始粒子の一種だが、始粒子は素粒子より遥かに小さく、物質の動きを定め、宇宙則を形作るエネルギーだ。
これがなくては、時間は時間にならず、法則は法則の役目を果たさない。
始粒子の生成には原初の爆発以上に強大なエネルギーがいるため、当然、私のような原初生命でも作ることができない。
命に使われる始粒子は“初雨”といって細胞を始めさせ潤す働きをする。
細胞は原子の化学結合だけでは始まらず、それより小さな“初雨”の粒子に、宇宙からの素粒子を媒介させることで、細胞内の化学結合を助け、生命の歯車を回し、働きを守らせる糊の役割を果たしている。
命の始粒子が“初雨”なら、精神の始粒子は“波統”だ。
“波統”は身体全体の統合を司る始粒子で、高次生命体が強い目的意識をもつと、精神を作る“波統”の始粒子が身体全体に強く浸透し、目的に向かって細胞間の潤滑を取り纏め、脳を含む全体の能率を活性化させる。
“波統”は身体全体を統べる粒子だから、使いこなせると細胞の働きが活発化し、習熟や進化のように元々細胞の設計になかった働きを作り出すこともある。
彼らは“波統”を使いこなすことで、習熟を行い、本来は使えぬはずのワイス機構を支配下に置く。
その“波統”は、こういった戦闘にも当然活用される。
七の強烈な気塊に圧され、炉を上げていく核融合炉。
その熱の一部が熱電機関に送られ、四手子を超速で摺り合わせることで激しい電流を作り、跳ね上がった遅筋の力と、火孔の荷電粒子充填量の増大によって、七の動きは鋭さを帯び、苛烈さを増す。
それはワイス機構にも波及する。
ワイス機構上では七の意思に合わせ、繰り返し想定した進路が強く輝き、それにより先ほどまで見えなかった七の戦術が私にもわかりかけてくる。
七が真っ先に突いたもの、それは彼らの連携の拙さだった。
固圧を封じた今の七にとって最も厄介なのは、近接に特化した“落伍した英雄”であろう。
この下位個体は相当に強いらしく、七の長槍に一度たりとも身体を触れさせていない。
長い角柱で槍先を押さえつつ、飛行の軌道を替え、空いた両手首の楕円刃で一方的に攻撃して去る。
その際トドメを刺すことに拘泥しておらず、優位を保ちつつ戦うことを主眼に置いているようだった。
彼らのような戦闘に特化した者の間では、慎重さを軽視する個体は早々にこの世を去る。
今は“外貌無き球鎖”もいるため、踏み込んだ戦いをすると味方に殺される恐れもある。
それを加味して慎重策を選んだこの下位個体の冷静さは評価できるものだった。
七は格闘戦に関しても、最高峰といえる個体ではあるが、目の前の“落伍した英雄”は、武器を持ってなお最高シ速三百四十を叩き出す身体能力と、抜群の戦闘勘を有する歴戦の猛者だ、相手にするのは正直分が悪い。
七は近接の英雄との戦いで致命傷を負う前に、格闘下手な球鎖を利用することにきめたようだった。
そういった対応の切り替えの早さこそが“黄幻の七”が上位個体にまでのし上がれた一つの理由であり、“臨機”を冠するその才気の由来だ。
七が状況打開の起点とした“外貌無き球鎖”の作り出す白華の配列は渾然として美しい。
数百万発に及ぶ発弾固圧が球や円を為し、各所に散らばり花開くことによって、効率より惑乱の、規則性よりも不規則の魅惑を持って相手を追い詰める。
これは数多ある固圧配列の中で、芸術性の高い固圧を作り出す“燦爛”の配置と私が呼ぶものだ。
戦術的な配置は一つ一つ着実に敵を追い詰め殺すことを是とするが、“燦爛”に代表される不規則で独特な配置は相手の失策を誘い、唐突な死を迎えさせることを是とする。
球鎖はそういった芸術性の高い固圧を作ることに砕身する“燦爛の逸楽者”と私が分類する個体のようで、固圧の生成は得意でも感覚頼りで、戦闘効率はあまり重視しない。
理論のない“燦爛”の配置は上位者に頭の回転の速さを要求するが、機転が効き、こういった配置が得意な七にとっては、逃げ場の多い配置に他ならない。
七はあえて白華の密集した危険空域に乱流を巻いて飛び込み、自らを囮に“落伍した英雄”を内部に誘い入れた。
遠距離戦が得意な球鎖は、獲物が自らの作り出した危険空域に入ったのに気づくと、鎖と鎧に熱を込めるのをやめ武装を解除し、撃発固圧の生成に全思考を傾けたようだった。
七が危険空域に突入するとすぐに、取り巻く大気に変容があった。
危険空域と呼べるほど白華が密集した空域では、飛来する固圧の弾によって核融合生物の飛翔速度は著しく落ちる。
撃ち出される固圧が非常に多いため、どのような回避をしても弾丸の直撃は免れないのだ。
ただ彼らの黒皮は硬く、距離による減衰が働くため、危険空域における死は大抵の場合、有効射程外の遠い固圧に被弾し、その衝撃によって動きを止められた結果、至近の弾を直撃することが死因となる。
つまり身動きの難しい中、普段は無視できる遥か遠くの弾丸を、如何に回避できるかが危険空域で生き残る秘訣となる。
危険空域に入ったことを示すように、固圧の猛雨が降り注ぎ七の黒皮を打ち鳴らした。
猛き音、黒皮を伝う衝撃、その撃風を視界に収めると、同時に先ほどまでより濃くなった天地が目に映った。
この星の大気は暗い、厚い大気が恒星の光を遮るため、暗い地と暗い天の間に白き靄が輝くのが常の光景だ。
しかし危険空域となるとそれが乱れ、景色の見渡す限りを白光が埋め、そこに対宇宙特有の黒光がまだらに明滅する独特な風景が生まれる。
至るところに凝縮する幾十万の白華の花群は、数シの間に空間を埋める砲火と化し、その効力を確認する間もなく次の白華が渦巻き組み上げられていく。
危険空域内の白華は発動の時間差によって群に分けられ、一つの群が砲火を放ち、次弾を作る間を他の群の砲火によって埋めることとなる。
危険空域には強さの段階的に、三ツ群、四ツ群、五ツ群、五ツ六ツとあるが、今回“外貌無き球鎖”が作ったのは、最も弱い三つの群“三ツの危険空域”のようだった。
正直攻勢は緩く、これには安堵する。
“臨機”の名を冠する七は、危険空域でも四ツまでなら回避は容易で、それより上の五ツの危険空域か、“五ツ六ツの極限域”でなければ倒せる可能性はない。
しかし、それを追う“落伍した英雄”はどうだろう?
こちらはもちろん苦戦していた。“三ツの危険空域”は、危険空域の中では低位でも、普通の者には必殺に近い。
特に固圧戦に不慣れな下位個体は危険空域を大回りで回避しているため馴染みがなく、入ったらまず助からない。
しかし慎重な彼が、躊躇なく危険空域に入り込んだ理由はなんだろう?これは恐らく、作ったのが味方であるためだ。
彼らが敵味方の固圧を見分けられるかは怪しいが、生成者までの距離と方向はなんとなく理解できるようで、それで敵味方の固圧を見分けている。
通常味方の作る危険空域には危険はない、味方を巻き込みそうになったら、飛んでいる空域に熱を送るのを止めて停止させるため、死ぬ恐れはほぼ存在しない。
しかし、彼は知らないのだ。危険空域内に味方しかいないのと、敵が同時に存在しているのとでは中位個体の対応が違うことを。
どのような危険空域であれ味方への攻撃をやめてしまえば、そこは敵にとっての脱出口となる。中位個体はそれをよく知っている。味方だけなら攻撃の手も緩めるが、敵も空域内にいるのなら攻撃を止めることはない。
だからここは例えようもなく下位個体の死地で、……それを知らずに入り込んだ彼にとって、空間を染め上げる光は真に禍々しいものだった。
“落伍した英雄”が危険空域に入ると、早々に八方から固圧の弾丸が浴びせかけられ、それを一波、二波と直撃する内、近傍で炸裂した八十房固圧の光弾によって肩口の火孔の開閉扉が折れ曲がった。
今折れ曲がった開閉扉は、彼らの推力の源である火孔のプラズマを封じ込めるためのものだ。
強い“散”の熱であるプラズマは電子の流れが強すぎるため真空と磁場によって押さえ込むが、扉に内封された超電導磁石や、冷却機関が破壊されてしまうと磁場による抑えが利かなくなって、プラズマが暴走、まともな飛行ができなくなる。
『落伍した英雄』の開閉扉が、内側から弾け飛び、噴き出し続ける雷花によって、飛跡が一方に曲がっていく。
その先に待ち構えるのは、輪状に密集した撃発固圧。
輪状に配された発弾固圧は発射されたそばから、円を引き絞るような火線をひき、中央に集中することによって火力を増し、数瞬の間に、右肘の関節に一発、左脚部大腿部の側面に二発の弾を貫通させていた。
そう貫通だ。
黒皮の貫通は死を示すため、たったこれだけで、『落伍した英雄』の死が決まる。
この星の放射能は強い、彼はすぐさま体勢を立て直したが、そんなものに何の意味もありはしない。
“落伍した英雄”の八層の黒皮を貫通した穴からは、大量の放射線が入り込み、内部の正常な細胞を中性子がドロドロに溶かし始めていた。
それが内圧の高さによって、血液の溶岩と共に小さな穴から勢いよく噴き出し、ワイス機構が内圧を弱めようと明滅を繰り返す。
ああ、だがまだ死への参列を始めたばかりだ。痛むには痛むだろうが、しかしすぐに死ぬわけではない、内圧はすぐに下がるし、体内の四手子や水素によって放射線による死の進行はある程度は抑えてくれる。
一シシか一シシュか、一ジュ保てばそれは奇跡だ。
死に向かう彼は、痛みと感覚の喪失によって自らの異変に気づいたようだった。




