落伍した英雄、下位個体最強種
格闘戦の補助を任された可能性を考えると、若干気重ではあったが、放っておいても戦闘は始まるから、光散る空に視線を走らせる。
光すらも淡く包括する蒸気と液体の混ざり合った大気、霞んだ光霧が素粒子の流れに押し込められて、朧に隠された敵影を霧間に照らし出す。
明滅を繰り返す白光の雲間で起きるのは、彼らの高速が生み出す強烈な衝撃音と、轟くような液状の大気の震えだ。
「もう接敵か」
大気を裂き現れた敵影は一つ、どうやら戦闘開始のようだが、私は近接戦は苦手だ。
ワイス機構は私にとっては馴染みない機関のため、それ任せの操作では格闘のような素早い動きには対応できない。
ワイス機構に生成を任せる場合、固圧は自動生成だ。
自動生成なのだから、固圧の形状、範囲、配置、個数、時間を決めてしまえば、あとはワイス機構が勝手に、風や粒子の流れを読んで、熱圏、白靄、白華、固圧生成までを行ってくれる。
それは大変便利ではあるが、ワイス機構は本来脳の下にある器官ではないため、習熟の深化の度合いによって生成の成功率が変わる。
外部状況の狂いが生じると計算式をくるくる変え無理やり生成していくため、習熟がそれなりに高くなっても、天候や妨害等によって生成放棄をしたり、生成時間や完成度がバラけることは多々ある。
彼らは習熟の過程でワイス機構のそういった狂いを感覚的に理解してるが、借りてる私はその狂いが分からないため、ワイス機構による自動生成を格闘戦で使うと、私の意図が反映されないこととなる。
その点私が手動で行うなら、個数を少なくすれば正確な生成が可能だ。
図面のように考えれば多数も可能だが、どんな図面がいいのかはわからんから、これはしなくていいだろう。
ただこの方法だと私が計算に集中するために、相手の動きを考慮に入れづらい。
どちらも格闘戦向きではないが、間違いがあってはいけないから、固圧を少量手動で生成、透視しつつ視覚で当てる、こんなところか。
それでも重圧を感じ、私が気合いを入れ直すあいだに、いつの間にかに戦闘がはじまっていた。
上空の激震を感じ、私が視線を上げると、円転直下、両の手首から長い腕刃を伸ばした黒い塊がシ速三百四十フォアの超速で迫り降る。
向かい撃つ七は固圧補正によってシ速三百五十フォアまで速力を高め、武器ありの最大戦速付近を保ったまま空を駆け上がり、上方と下方、上下に相対する複層石墨が鉛直線に突き進み、激突の赤火を宙に散らす。
大音生じるその衝撃に私は心気を跳ねさせ、一瞬の閃光の後に、吸気音が揺らいで残響に変わる。
「残響?」
私が慌てて下方を透視すると既に敵は遥か眼下に過ぎ去って、百フォア下の地表スレスレを滑空していた。
私はそれに半ば感心する。
「一瞬であれほど遠くに離れるのか」
相対してみると、これは少々厄介だな。
当てるのは思ったより難しそうだ。
豆粒のように小さくなった敵の行方を透遠視で追う内に、私の眼前を巨大な柱が通り過ぎ、その柱が来た方向、--上空を仰ぎ見る。
「ほお、静止固圧の柱の群れか」
上空を見渡せば、敵下位個体の作り出した光柱が空を覆わんばかりに埋め、数多に広がる柱の列は小さな連なりから加速度的に視覚面積を増大させ、私と七に向かい降り注ぐ。
下位個体の使う、足止めの静止固圧だ。
避けるのは難しくない上に、殺傷力なく減速値が高いだけなので当たっても死にはしない。
七は降り注ぐ柱を無視し、高速で滑空、地面スレスレを飛んで、敵影との距離を瞬く間に詰めていく、飛翔速の増大によって、地表が後方に流れ続け、一瞬、その暗き地表の流れの先に、巨大な光影が映る。
光を映すのは地、光源は上だ。頭上に迫った光柱にぶつかる寸前、七は仰向けに身体を捻り、暗き紅光の槍を直上に振るって、柱の中央から刺し貫いていく。
核融合生物は速筋をあまり使用しない。
弱い遅筋に比べ、速筋は二手子の歪みに水素が引き込まれる際の爆発的なエネルギーを利用するため、運動に絶大な力を与える。
しかし、二手子は世界的に含有量が微少なため、体内にほとんどなく、速筋の使える回数と使うための姿勢は限られる。
だから彼らが主に使うのは電気で動く遅筋と、火孔の噴出だ。
一定の、次善の、しかしそれでも尚強大なエネルギーを発する遅筋が、火孔の荷電粒子と足されることで、巨大な柱に槍を押し込んでいく。
柱を弱める“散”の超高熱によって立ち上る蒸気と、刺し貫く鋭き剛槍。
暗紅槍に貫かれた巨大な構造物は、内側に注ぎ込まれた熱によりその真中から蒸発し歪み、四散していく。
飛散する柱のただ中を突破した七は、すぐに柱の残骸を眼下に追いやり、敵の残光を追う。破壊する際の失速、時間の浪費。
敵の個体はその間に地に刺さる柱を引き抜き、七に狙いを定めると下肢と胴部火孔を強烈に発光。
敵は莫大な推力を生み出しつつ、ワイス機構を輝かせると再び足止めの数百の柱を遥か高空に現出させ、自らはその落下曲線に挟み込むような形で下方から一気に翔けあがる。
敵個体の武器は両の手首には楕円の刃、右手には地面から引き抜いた硬い角柱、角柱を拾ってきた辺り、なかなか格闘戦をわかっているやつだ。
個体にも様々な戦法があるが、この敵の立ち回りや身体能力、習熟状況を考えるに、おそらく下位個体の中で、“落伍した英雄”と私が分類する、格闘に最も特化した才を持つ者のようだ。
落伍した……というのは言葉通りの意味で、下位個体の中では最強に近いのだが、固圧を捨て、格闘だけを極めんとしているため、撃発固圧の修練にほとんど時間を割かず、固圧の技術取得が他の下位個体より大幅に遅れている。
だから中位個体にはほとんどなれなれない。
ただ『落伍した英雄』はその習熟の遅れの代わりとして、中位個体すら圧倒するほどの格闘能力を持つことが多い。
格闘戦は下と上の差が最も縮まる分野のため、近接にまで寄れれば、格上相手にも打ち勝つ可能性を持つ、下位個体最強種だ。
ちなみに今は死んだが『黄幻の一』も、『落伍した英雄』の種で最も上に来た個体だった。
ともかく、上位と下位の差は固圧戦闘能力の差でしかないため、固圧を使わぬ今の七には、格闘戦特化の『落伍した英雄』は戦わせたくない相手だ。
迫り来る『落伍した英雄』の様子をそれとなく確かめる。
両手首から伸びる楕円の刃と、逃走阻害の柱列、そして地から拾ってきた角柱。
と……、よくよく見ると、左の楕円刃が曲がって新しく生成し直されていた。
多分先ほどの七との交錯の際に武器を曲げられたのだろう。
四手子結合は圧縮への耐性に比べると圧倒的に曲げやすい。
圧縮に対しての荷重は対宇宙則に合うため限界が跳ね上がるが、曲げの荷重に対してはその利点がなくなるため、火孔で互いが武器を当て合えば細い武器なら曲がる。
それでもかなりの荷重をかける必要があるし、30°くらいまでの曲がりなら戻ってくるが、圧縮の弾性限界を考えると、曲げに対しての限界はほとんど無きに等しい。
とはいえ、塑性変形となってからが異様に粘るのが四手子の特徴だ。
敵の持つ円月刀は薄っぺらいので曲がりやすい。
そのため敵は、曲がることを前提に予備武器として、角柱を地に突き立て硬めておき、拾ってくるんだろう。
敵の戦術は練り込まれているから、勝負は五分五分、いや、若干不利か?
固圧無しの七の格闘戦は見たことがないから判断がつかない。
それに最初敵は二体いた。
倒すのに時間がかかれば、もう一体の敵も参戦してくる。
そうなればさすがに終わりだろう。
私は心配になり七を見たが、特に動じた様子はなく、間合いを取る。
そうしている間に彼我の距離が縮まり、遠視を使わなくとも、敵の生体発光が見える。
七は下方から迫る黒き瞬影に対し槍を構え、冷徹に狙いを定めた所だった。
迫り来る敵と、見据える七、その間を落下していく白光の構造物、それを見ながら七は……私に対し『一』と呼びかける。
『一』は現在私の呼び名だから、これは恐らく再度の確認の意が強いのだろう。
固圧の補助はまだか?と、急かされたのはわかったが、これは無視する。
戦闘の機微もわからないまま闇雲に手を出すほど愚かでもない。
「まあ頑張れ、私は自信のない内はやらない主義なんだ、試行錯誤は大好きだがな」
言葉なんて七にはわからんから、七はそれ以上は意を発することなく空の一点で敵を待ち構える。
それを見てふと思う。
もしかして七が力を封じて戦うのは『一』に役割を与えようとしているのではないだろうか。
『一』は格闘の天才だったから、肉体を失った今、一が役に立つとしたら格闘戦の補助だけだ。
七が私を『一』と勘違いしているなら、この赤玉に存在意義を渡そうとしているとも考えられる。
そんなことを考えている間に、暴風に抗するプラズマが強烈になり、そして時は短く過ぎた。
風上から流れてくる大気が、他の中位個体の白靄によって輝きを増し。
眼前の白き巨柱が過ぎ去った瞬間、七は靄を巻き込み体槍一体となって討ち掛かる。
敵影は見えなかったが、渦巻く蒸気の合間から火孔の爆ぜなりと複層石墨の塊が唐突に出現する。
そこからの応酬は一瞬だった。
峻烈に閃いた七の槍が敵の左脚の付け根を狙い、その軌道に角柱が割り込み、攻と防、槍と角柱がつんざくような撃音を響かせる。
交錯する二つの武器の差は仰角の違いによって、瞬く間に優劣を決し、槍の切っ先が柱の側面を貫いていく。
その様を見ながら思う、……面白い造りの角柱だな。
角柱は外側が柔く、内側が硬く外側をあえて貫通させてから、内側で止めることで、敵の武器を取り込む仕組みだ。
七の槍は貫通しきれず、槍を捕らえられたが、それは七の負けを意味しない。
七は使えなくなった槍を角柱ごと下方に突き込み、その勢いを損なうことなく、取っ手に手を滑らせて柄から切っ先にまで一気に距離を縮め、左掌底を繰り出す。
七の黒紅槍は、柄から刃の先端までに一列だけ、腕の入る隙間を空けている。
それは今のように、槍を防がれた時、火孔の推力によって身体ごと手を切っ先の端まで滑らせ、槍を突きつけたまま、掌底を叩き込むためだ。
火孔と取っ手の滑りを生かした槍と掌底の時間差攻撃。
この二方攻撃はほぼ同時に到達するため、大抵の敵は不意の掌底に反応できず、そのまま殺される。
しかし、目の前の下位個体は違ったようだ。
槍を角柱ごと、自らの左脚の付け根に直撃させ、その勢いを利用し急旋回、繊棘をかわしつつ、反撃の掌底を繰り出す。
七は迫る掌底を下方への推力と身体を傾けて避けつつ、同時に急制動をかけ後退。
前に動いていた敵と逆進を開始した七、初速の違いから追いすがった敵右手首の刃が、七の肩を浅く薙いだものの、七は側面の火孔からも強烈な荷電粒子を放出することで、右下後方に回避、辛くも致命傷を避ける。
忙しない戦いだが集中していれば一応は見える。
しかし火孔の開閉扉を切られなかったのは助かった。
超伝導磁体と繋がっている開閉扉を壊されてしまえば、火孔からプラズマが常時噴き出すか、まるで使えないようになり、まともに動くことさえままならなくなる。
彼らの弱点は、火孔の開閉扉と関節部、次点で頭部だ。
今のやりとりで槍を落下させた七に、下位個体が追撃をしようとするも、七は固圧操作によって加速を増大、飛翔速が下位個体の限界速を超えると、距離は見る見る内に開いていく。
これは低密固圧と言って周囲の大気の分子をワイス結合で引き寄せることで、直近の大気密度を一瞬減らし飛行速を上げる技術だ。
習熟の難しい技だが、大気抵抗の違いにより、敵の最高シ速三百四十フォアよりさらに速い、武器無し時の最大シ速四百フォアを叩き出す。
低密固圧は攻撃固圧ではないが、固圧は固圧だ。七は格闘中、固圧を使わないんじゃなく、自らの移動を助ける固圧は使うつもりらしい。
しかしながらそれで生まれた距離こそ七の欲しかった物だ。




