熱殺、守れば良いとは限らない
その弊害は硬度をあげる際、黒皮を構成する分子がより引きつけられ、全身が縮むことだ。
今回ほど強く締めつけると全身の縮小の幅は三分の一、つまり体格が三分の二になるまで縮んでしまう。
全身が三分の一ほど縮まれば、当然内部も縮小に耐えねばならないわけで、体内の各所で膨張していた体積確保用の気化白華が液化し、体内器官が納まる余地を作り、全身の縮小に対応する。
こうして黒皮を硬くしていれば黒皮は長く保つ、しかし体内の細胞はそうはいかない。
生きてる細胞をワイス結合で硬く縛ってしまえば、細胞内の化合が上手くいかなくなって、すぐに形が崩れて死んでしまう。
だから内部はいつまでも弱く、そして表宇宙の熱は伝わっていくものだ。
黒皮から徐々に数万炉を超える熱が内部に伝わってくれば、この下位個体がいずれ焼き殺されるだろうことは想像に難くない。
下位個体もそれに気づき脱出を試みるも、周囲の壁が思いの外硬く厚くなっていて、火孔の大熱量で地道に溶かし切るしかなく脱出が難しいようだった。
うーん殻に籠もったか、熱圏を作ったのに、無駄に使ったな、こうなると打てる手はないが、助ける方法を考えるため、ワイス機構の計算記憶を精査する。
引き出した数式の羅列を四手子の連関に投げ込み、情報を吟味していると、唐突に目の前が真っ暗になった。
「ん?なんだ急に、暗くなったぞ」
下位個体の情報を見ていたはずなのに、それまで広がっていた半径十万フォアの広がりが消えて暗くなっている……ならあれか、余白操作が切れてワイス機構に接続できなくなったか。
視官に切り換えれば風景は見ることはできたが、どう電磁波を飛ばしても七のワイス機構に接続ができない。
しかし隣を見ると七はそこにいて、高速で飛行をしていた。
七は死んだわけではない、となると単純に接続を切られたらしい、二手には接続を切る能力はないから、……七?
七が接続を切ったとしか思えない。
切った……。私からの接続を?
そう思うと妙な気分になり、赤玉から七の黒き総身を見上げる。
大気を駆る黒躯の剛体。
七は加速、制動、転回を間断なく繰り返し、白光を切り裂くように宙を飛び、硬質な黒皮の表面に白光の膜が僅かに滞留しては、気流をつくり後方に流していく。
先ほどまでいた風景も僅か一シの後には視認できぬ後方にまで流されている。
彼の窪みのない黒面には、表情筋は存在せず、全く気持ちが読み取れない。
……妙に呆けている自分に気づき、なんだか不思議な気分になる。
それは曖昧に過ぎるため、ひとまずは置いておく。
先ほど私が助けようとした個体は、ワイス機構の情報を考えるに七の味方だ。
七が味方を守らなかった理由はわからんが、精神感応で見ても七の心象風景には変化なく、ようとも窺い知れない。
こうして考えても先程の感覚が忘れられない。
……私は七を見あげ、その感情を確かめる。
うーむ、やはりわからん。
そのあと私が七のワイス機構に波長を合わせようともがいていると、再び七が接続してくれたようで、対宇宙側の探査波によって四手子が光点として現れる。
「また繋げてくれたのか、だがどうせ、ちょっとで切るんだろう?」
繋がったものの私が次の行動を考えあぐねていると、七の方から私に働きかけてくる。
七は黄一回の発光で私を『一』と呼んだあと、私の操作域に干渉してくる。
これは少々不可解な行動だ、七が余白に干渉してきても、一瞬私の邪魔するだけで、余白操作域は別にできるから、特に意味はない。
にもかかわらず七は、私の操作域に固圧を作り始める。
七の意図を見極める間に、七は着々と撃発固圧を作っていく。
熱圏を生み白靄を成し、白華をつくり固圧を生む。
出来上がった固圧の大きさは僅か二十シーフ、1フォアの五百分の一ほどだ。
これは極小撃発固圧と言って、七の得意技だから私もよく知っている。
この極小の撃発固圧は、同時生成量が少ない代わりに、白靄出現後の生成時間が半シ程度ととても短く、相手に気づかれ難いのを特徴とする。
当てるのは簡単な反面、小さい故に弾道を直線にする機構をつけれず、殺傷力がない。
減速値も低いので、余程の好機を狙わなければ意味をなさない。
特段強くはないが、七が下位個体の頃から試行錯誤を続け、今では七の主力となった技だった。
……それは知っているが、七がしたいことがわからない。
なぜわざわざ余白領域を使って極小撃発固圧を生成する?
七はそのあとも私に見せつけるかのように余白を使って撃発固圧を作り続ける。
意図の見えない行動でも、七が私の操作領域に干渉してきた以上何がしかの意味があるはずで、私はひたすらに七の戦う様を観察する。
半径十万フォアの広い戦闘領域のどこかしらには危機的状況に踏み入りかけてる敵がいて、七はそういった敵の回避軌道に極小撃発固圧を撒き、砲火による強制的な減速によって回避計画を破綻させ、死に追いやっていた。
味方が全周囲から飽和攻撃を仕掛けてる敵に、七が極小固圧による支援射撃をし足止め、味方の攻撃をぶつける。
七はそんな自分の戦い方を私に見せつけるようにひたすらに繰り返す。
私に指南をしていても、核融合生物である七には四つの思考があるから、本当の意味で私に掛かりっきりと言うわけではない。
核融合生物には“主思考”と3つの“補助思考”があり、それが彼らの固圧戦闘に活用されている。
ワイス機構の自動生成に頼る場合、一つの思考では、二種類以上の固圧を同時に扱えない。
思考一つにつき、作れる固圧は一種類、これが原則だ。
核融合生物は主思考の他に三つの補助思考を持っているため、格闘戦を行いつつも複数種の固圧を併用することが可能だ。
七は私を教える傍ら他三つの思考を使い戦闘は続けていて、戦乱の最中を縫い飛び続けていた。
……七が何をしたいのかはわからんが、何か私にしてほしいことがあるはず。
試しに一発の発弾固圧を組み上げてみる。
すると七が私の生成途中の白華に干渉してきて、見る間に極小の撃発固圧に変更していく。
もう一度作ってみると、また七の干渉によって極小の固圧に変えられていく。
その一連の流れを確認し、ようやくわかる。
七は私に極小固圧の作り方を教えているに違いない。
試しに、七と同じ極小の撃発固圧を作ってみると、それが正解だったらしく七は極小固圧を作るのをやめた。
そして次に七が生み出したのは、一の得意技たる無意味なる偽装の黒霧だった。
七は黒霧をほぼ使わないから、これもまた私に何か伝えているとみていいだろう。
謎掛けその2だ。
七は黒霧を遠い空域に生成、敵二体の周りに重点的に広げていく。
その敵二体は七からは一万六千フォアの近距離に迫っていて、あと五十から百シほどで接敵するようだった。
「今度は敵を囲む黒き光霧か、うーむわからん、伝えたいなら、光言語をもっとふやせ、まどろっこしい」
ぼやきつつ七の動きを注視していたが、黒霧に囲われた敵二体が接近してくると、七もそちらに突進しつつ、流れる白華に右腕を突き入れる。
その瞬間白華の粒子がけたたましい音をたてて、七の右手に集束、強烈な閃光が空域を灼き、眩いほどの白光の凝縮から現れたのは、--斑の紅暗槍。
禍々しい暗紅の輝きを放つ長槍だ。
七は手元に百五十六シーはあるまだらの長槍を現出させ、輝きごとそれを振るったかと思うと宙に一筋の軌跡を残す。
その軌跡が止まった先で強大な『縛』の熱が剛槍に込められていく。
黒と紅のまだらが、加熱されるにつれ黒の輝きが強くなる、黒光は硬く、紅き光が混ざる部分はやや柔い。
ある程度均質な硬さを示す白輝型の歪み比率が固圧の主流だが、歪みの偏重の生まれるこの紅黒型の結合を七は好んでいた。
静止固圧は武器に向く。
撃発固圧の硬さは撃ち出されてから、終端までさして変わらんし空洞によって脆くなる。
そのため、それよりやや硬い黒皮を撃ち抜ける最低速は大変高くなるが、元々止まっている静止固圧はエネルギーを込めれば込めただけ無尽蔵に硬くなる。
それはつまり長い時間熱を込め硬くした静止固圧なら、大した速度が無くとも黒皮を裂けるということ、だからこそ遠距離が主流となった今でも、静止固圧は廃れることなく武器に使われている。
その上、格闘は当てやすい。発動までに時間差のある撃発固圧と違い、格闘は瞬時かつ、身体能力に依存する分、回避が難しい。
つまり撃発固圧が低威力低命中の飽和攻撃による頭脳的持久戦なら、静止固圧による近接戦は身体能力と技量に重きを置いた一撃必殺の戦いになる。
彼らの歴史は繊棘による素手の戦いから、静止固圧の武器や陣地による戦いを経て、現在の撃発固圧による遠距離戦に至る。
ただ。格闘が如何に静止固圧の領分であっても、当たり前だが撃発固圧の補助は必要となる。
格闘を行いつつも、敵の四方から銃撃、爆発等を浴びせかけ、態勢を崩し、状況を優位に運ばせるのが格闘戦中の撃発固圧の役割だ。
これをするかしないかで、格闘戦の力は大幅に変わる。
七も普段なら接近しつつ空域に白華の群を形成する頃合いだが、今は特に何もせず、黒霧で目印を付けた二体に急迫していく。
五十シ以上あった時間が七シから六シ、五シとなって、それでも七は撃発固圧を準備しないから、いい加減私もじれてくる。
格闘戦は当たれば一撃必殺、前もって固圧の準備をしないとできあがったときには、決着がついた後ということになりかねない。
なのに七はいつまでたっても武器以外に格闘戦の準備をしない。
……これは明らかにおかしいので、先ほどまでの七の行動を思い返してみる、まず七は私に極小固圧を教えようとした。
私が極小固圧を作ると、七は満足し、今度は黒靄で対象の敵二体を囲んで近接戦を挑みに行った。
そして固圧準備なしの格闘だ。
結局のところ下位と上位の差は撃発固圧の上手さの差しかない、下位個体でも、格闘だけで戦いあえば上位個体ですら敵わぬ猛者もいる。
もちろん名前を得て上位個体になれた個体なら、撃発固圧も含めた近接戦闘になれば、そういった近接の猛者も倒すのは可能だが、固圧もなしに敵二体相手となると、不利を通り越して死地と言える。
なのになぜいつまでも準備しないんだ?それがさっぱりわからん。
七は始まるぞと言わんばかりに間接部を光らせ『一』と私を呼ぶ。
……ここで
「一か」
今、『一』の名は私を指すはず。つまり私に用があるということだ。
それはつまり……。
一と呼ばれたことが契機となって、朧気に七の考えを理解する。
七が私に教えた極小固圧は、格闘でこそ真価を発揮するものだ。
一瞬の隙が致命傷になる近接戦において、作るに早く、気づかれづらい極小固圧は、圧倒的優位をもたらす。
だから、それを駆使できる七は格闘の巧緻さに置いては比類なき強さの個体で、加減速に特化した『六』や、純粋に速く至近戦闘の天才たる『一』に比肩しうる格闘力を誇る。
如何に近接戦でも二体相手くらいなら、七が極小固圧を使って戦えばまず負ける心配はない。
しかし今は固圧の準備をせず、私に極小固圧を教えてから名を呼び、そして霧で対象を指定した。
それを読み解くと、もしかしたら七は私に格闘戦中の極小固圧補助を任せることにしたんじゃなかろうか……。
重要かつ繊細な部分だから、普通任せるなどありえんが、この奇妙な行動を総合するとそういう答えが推測できる。
しかし理由がわからんから、やはり違うか?
間違いであってほしいと願い、ついに接敵まで六百フォアを切り、準備時間が零となり、暗惨たる気持ちで理解する。
そういえば七は負けぬギリギリの危機に挑むのが好きな個体だったな。
ならば、不利になっても、私に格闘時の固圧配置を任せることもあり得る……のか?




