八十房固圧と下位個体
ただ参加するには、戦闘方針を決める必要がある。
練習を鑑みるに、私のやり方は通用しない。
それなら彼らの戦術を真似てみるというのは?
彼らの戦術は私から見れば非効率的だが、他に先例がない以上は、真似してみるのもありか。
単発の固圧で囲ませる私と違い、彼らは房状固圧、詳しくは八十房固圧という大きな固圧を主体として使う。
八十房固圧は、八十の発弾固圧を一点に集めた固圧で、制作には三シ半から五シ半以上かかる。
八十もの発弾固圧を密集させると、結合時の水素含有量不足から弾は小粒になり威力は下がるが、瞬間発砲数、つまり一回に撃てる総数は増え、破裂した際は周囲に弾丸が撃ち出され、八フォア以内が危険域となる。
そしてそれを最低千五百房ほど作り、一辺六十フォアほどの立方体の中に密集させる。
この一辺六十フォアの空間に固圧を詰めた箱形を危険空域と言い、三ツ、四ツ、五ツ、五ツ六ツの順に危険を増すが、中に入ると弾丸が四方八方から押し寄せ、回避が非常に困難となる。
こうしてみれば彼らの戦いの基本は立方制圧なのだ。
破裂する固圧を密集して配置しておけば、爆発の瞬間に箱の中の全てを弾丸で撃ち抜き確実に損傷を与えられる。
そうすれば戦闘の際、敵を無形の箱の中に入れることを念頭におくだけでよく、単純に戦闘を進められる。
扱いやすく、固圧の数さえ集まれば、充分に威力を発揮する。
問題は危険空域の最低発数が十二万発いること、七万発の私では箱一つ分の数量さえ集まらない。
できて半箱、それが私の実力だ。危険空域を造れないのは固圧戦では致命的だ。
そういったことをつれつれと考えながら、七のワイス機構の計算記憶を見て、現況を確認する。
敵は右岩翼、『黄幻の四』の領地の方角から来ていて、半円筒の高縦横の積にして、十三兆五千四百億フォアほどの広さの空域に百三十五体が点在している、風速がシ速百三十フォア。敵が若干風上だ。
対する味方は二百二十体。
人数としてはこちらが有利だが風上を取られてるのは不利か。
考えつつ大気を透視して戦場を見渡していると、遠い視界の隅に下位個体と思しき核融合生物が映る。
「下位か、……私より強いのかな?」
練習がてら襲いかかろうかとも思ったが、私の見つけた下位個体は危機のただ中にあって、私としてはなんとなく気が引けてしてしまう。
下位個体は要するに固圧戦闘の下手な個体だ。
大体にして熱圏生成が苦手なため、火孔で暖められる自らの近傍を除き、他者の作った熱圏内でしか固圧を作ることができない。
多数の固圧の生成にも不慣れなため、個人差はあるが静止固圧なら同時に六百、撃発固圧は五十発ほどしか同時に作れない。
と言ってもそれは習熟をし始めたばかりなだけで、慣れてくれば中位個体や上位個体のような固圧熟達者にもなれるし、身体能力は変わらないため近場にまで近寄ってさえしまえば十分に戦闘能力は高い。
私が目を付けたその下位個体は高速で飛行中、敵の白華の配置を見誤り、暴風に乗って流れてくる白華の渦に包囲されてしまったようで、三ツの危険空域、千五百房の無形の箱に捕らわれていた。
下位個体は脱出しようとしているものの、その箱はもうすでに間断なく弾丸を放っていて、怒涛のごとく下位個体を撃って脱出を阻んでいた。
危険空域に捕らわれた者は、速度をいかに保つかが大事だ。
危険空域の初期は高々一辺六十フォア程度の幅しかないため、速度を保ち続けられれば運次第とはいえ脱出は可能だ。
だが、この下位個体のように速度を遅らせてしまうと、弾幕の猛雨が降りかかりさらに減速、そうしている内に周りにも危険空域を広げられるため、逃れられなくなる。
周りから次々に明滅する砲火の奔流に、複層石墨の黒皮が軋み、至る所が三から五層ほど貫通されていたが、頭や関節は守っていたためまだ致命傷には至っていない。
撃発固圧は至近からでも、八層のうち三層程度しか貫通できないため、変な場所にさえ当たらなければ長く生存できる。
……しかし、このまま放って置いたら死ぬのは目に見えていた。
少し悩んだが、七のワイス機構に指示を出し、下位個体の風上の広範を“散”の熱と“縛”の熱で急速に温め、熱圏を生成する。
下位個体は熱圏さえ作ってやれば身を守る固圧くらいは生成できる。
それは下位個体にとっては窮余の一策。
乱れていた周囲の気温が二千百炉に達し、“縛”の熱で白靄が生まれると、彼のワイス機構が大音を発し、発光、光の液体と化した地表に着底しつつ、白靄の粒子を急速に寄せ集め、彼の周囲に十数枚の厚い球形の殻を現出させる。
静止固圧の殻は下位個体でも作り出せて、非常に硬い。
いや、四手子は『縛』の熱エネルギーを多く込めれば込めるほど、より硬くなる性質がある。
また四手子は元々遠方から分子を引っ張り結合する性質があるため、多少引きはがされても、結合を続け糸を引き、粘る。
それ故に壁が例え折れても、硬度は落ちるがぐにゃりと曲がったまま結合は続く。
言わば静止固圧は『縛』の熱を込めるほど、硬さと強靭性が増していくわけで、貫通するには攻撃の硬さと速さ、そしてその粘りと硬度を和らげるための電子運動たる『散』の超高熱で熱しておく必要がある。
そして今下位個体は身を守るため命がけで、殻固圧に“縛”熱を注ぎこみ硬くしていく。
下位個体だからといって一シあたりに生み出せる核融合のエネルギー総量は変わらない。
またワイス機構が送り出せる輻射熱の限界値も上位も下位も関係なく、単に個体差があるだけだ。
四手子は『束縛』の熱の上昇によって結合が硬くなるから、だから彼が全力で硬くした殻固圧なら、もはや上位個体ですら容易くは破れない、作り出せる中では最も堅き防壁といえた。
対する撃発固圧は硬さに限界がある。
撃発固圧は結合したらすぐに運動エネルギーを消費しきってしまうため、硬さを上げる『縛』の熱エネルギーを与えられる時間がほぼ存在しない。
だから撃発固圧の貫通力は撃ち出された当初で頭打ちになる。
だから下位個体がエネルギーを振り絞って壁の組成を硬くしたのなら、例え八フォア内に撃発固圧を山と作ろうが、下位個体は安全な……はずだった。
しかし、どれほどに硬くとも殻に籠もるというのは、つまり自ら移動を封じ、外部との熱の対流を遮断させるということ。
遠方にいる敵はその間隙に乗じる。
敵は下位個体の殻を崩すことなく、むしろ更に『縛』の熱を増やし硬化させ、完全に下位個体を閉じ込めた。
彼らの熱操作は上げるだけの一方向で、熱を冷やす機能はない、『束縛』の熱も『躍散』の熱も炉が低くなるまで放置するしかない。
だから敵は殻を破壊せず、殻の内部に熱を直接注ぎ、下位個体の周りを『散』の熱エネルギーで熱していく。
“散”熱の伝わり辛い黒皮と違い、暖まりやすい水素によって殻の内部の炉は急速に上昇していく。
二千炉、三千炉、四千、五千、強烈な『散』の熱エネルギーによって黒皮や大気を構成する物質は膨張し、やがて水素が電離し高温のプラズマ化すると、徐々にとはいえ下位個体の黒皮がただれ始める。
伝導は高いが、熱耐性の高い石墨構造をワイス結合で強化した複層石墨構造。
それの耐えられる『散』の熱は八千七百炉近辺。
それを越えてもすぐに溶けて死なないのは、ワイス結合の低い散の熱伝導率と高い比熱のおかげで熱がゆっくりとしか伝わらないからだが、それでも数万炉を超える水素プラズマの流れによって表面から徐々に溶け始める。
下位個体もそれに気づき『縛』の熱で黒皮をより硬くして、散熱の伝導をさらに遅く、比熱と融点を高く、散熱への耐性をさらにあげる。
際限なく……と言っていいほど硬くできる復層石墨構造だが、黒皮を硬くするのは弊害もある。




