戦争に参加する曖昧な決意
七のワイス機構は大まかな私の意を汲んで、遠い大気に『散』『縛』の熱を複雑に組み合わせて飛ばし、三百カ所に離れて存在する白華を凝縮、弾丸状の『発弾固圧』を同時に発射する。
七を正確に狙ったにも関わらず三百よけられたから、反省点を加味して、今度は千の発弾固圧で七を狙う、練習というのは無意識でも動くように慣れる作業だからとにかく無駄撃ちするのが肝要だ。
千をよけられたら、次は同時に一万発、次に二万発、三万発と集中砲火を繰り返し、同時に七万発の私の接続の限界が来たところで、またまた外れ違和感を覚える。
七万発程度が限界なのは仕方ない、七は最高四千万発ほどを同時に扱うが、ワイス機構はワイス機構無き者からの接続は反応が鈍く、あまり相手にしてもらえない。
それにしてもおかしいのは、七万発を同時に撃っても、七に一発も当たらないことだ。
「なぜ当たらない?うーむ少し考えるか」
私でも外れるとなると、遠距離での固圧戦はほとんど実用性がないんじゃなかろうか。
そもそも私は彼らを戦闘用に造ったわけじゃない。
ワイス機構で殺し合えないよう核融合生物の体内には、四手子の歪みを使った対宇宙方面の防御がしてあって、こと核融合生物に対する限り、熱や分子を動かすことによる体内への直接攻撃は不可能だ。
その上彼らの装甲とも呼べる八層の黒皮は固圧の一発や二発で貫通できるものでもない。
そこで彼らは次善として、数十万から数千万を超える大量の発弾固圧を大気中の至る所に作り出して、超硬超高速の弾丸を数多直撃させて敵を殺すわけだ。
しかしそれが難題だ。
まず撃発固圧は作り始めてから、撃つまでに一シ半以上の時間がかかる上に、作り始めてからは狙いは変えられない。
つまり完成するまでの一シ半から三シ半、もしくはそれ以上の時間が狙いを付けてから発射までの時間差となる。
それでも彼らが固圧に気づかなければいいが、彼らには思考を四つもつ脳とワイス機構があり、半径十万フォア内の四手子でできた物体の状況を詳細かつ精密に認識できる。
固圧戦闘は言わば、高速で移動する敵に大まかな意図や正確な配置を開示した上で、一シ半以上の回避時間を与える行為だ。
一シ半あれば、速い個体なら五百フォアほど移動できる。
『億齢』のみならずこの星系で最高峰の火山が六千百五十四フォアほどの高さであることを考えれば、撃つまでに数百フォアも動かれたのでは数十万の固圧で囲んだところで到底当たらない。
その上で飛行の衝撃波によって近場の白華は崩されやすく、習熟次第ではあるが相手の固圧の発動を遅らせたり邪魔することもできる。
つまり互いの手の内は大体バラしあった上で、防御と回避はし易く、当てても数発程度では致命傷にはならない。
これはどう考えても防御に有利な戦いだ。
私が七万発を同時に浴びせかけても、七は作り始めの段階で意図を把握し、悠々と回避したわけだ。
私の計算能力が高かろうが、見てから避けられたのではどうしようもない。
それでどうやって彼らは固圧で戦闘しているのだろう?
いや昔調べたから、理解はしてるがこうして実際にやってみると……。
「うむむ、わからん」
試しに七に攻撃してみたが、七万発の弾丸は簡単に避けられ、それからも僅かニシ毎に七万発を撃ってみたが、七はニシの時間を存分に使い、液体と濛々とした蒸気が混じる空に光跡を曳いて飛び回り、全く当たる気配を見せない。
酷い時は5シーほど動いてあとは宙に留まり、僅か数シーフォ先を掠める弾丸たちの曳光を見送っていた。
ええい、わからん……いやまて、相手だって完璧な動きができるわけじゃない、失敗や認識のズレ等を利用するのか?しかし七万発でどうやって?
「うむむむむむ」
私が躍起になって空域に万発単位の弾を具現させ、固圧を撃ち続けていると、七が私の入る赤玉を鋭爪でコツコツ叩いてくる。
もうやめろ、ということか?
「うるさいぞ七、戦闘の終わりは私が決める!!もっと練習させろ!」
最初は軽く叩かれたが、私が攻撃を続けるとその叩く力はだんだん強くなり、繊棘で刺されたら……と想像したところで、私は泣く泣くワイス機構からの接続を切る。
「あぁ、負けた負けた、七に負けた。核融合生物なんぞに負けた、固圧で負けた」
ワイス機構を通して見ていた半径十万フォアの広がりが脳裏から消え、黒岩の平野と暴風に流されていく白靄の輝きだけが目に映るようになる。
「はあー負けた」
練習とはいえ負けると非常に悔しい。
あと何回練習できるか、……二手との勝負の状況から考えると、今のが最後でもおかしくはない。
例えば次の戦いで私の入る赤玉が壊されれば、勝負は決し、この世界は終わる。
そう想像すると、あまりに時間がないように思える。
「んーまだ真実も伝えてない状況で滅ぼされたくはない、……核融合生物が結論をだしてくれるまでは、粘らなくては」
ふと下を見ると、地表に赤い光が幾つも点在し、その輪郭を霞ませるように、ぼうっと赤い大気が広がっていた。
赤い光、……敵か?彼らの戦いは光だけで始まりを告げるから分かりにくい。
七もその光に触発されたかのように、いつの間にやら全ての間接部を赤火の如くに燃え上がらせ暴風を裂いて急降下する。
彼らの戦いには理由はいらない、敵が僅かでも攻撃範囲内に入ったら、戦いが始まる。
「本当に戦うのが好きな奴らだ」
戦闘を示す光霧によって海の如き様相を湛える地平。
七がその光の霧海を急降下し、低空まで高度を下げると、そこかしこに漂っている白華が固圧として収縮し、白光を伴う固圧の弾丸が大音響と共に放たれる。
固圧や白華は大気より重い、自然、戦闘が長引くにつれ、地表付近に降り積もるため、低空や地表に行くにつれて危険は増す。
七はその危うさが好きなのか、固圧での戦いが始まると、よく地表付近を飛んだ。
しかしまだそこは最前線ではなかったようで、七は高速で飛翔しながら、光を曳く弾丸の隙間をくぐり抜け、あるいは黒皮で弾いていく。
移動の際生み出される衝撃波が疎密の波状に伝播し、作り上げられようとしていた白華の粘体を激しく乱す。
しかしなんとうるさい戦場だ。
飛翔音も発砲音もすべてが激しく、大気を激震させ、衝撃波を生む。
その音圧は強烈で、脆くなっていた岩盤などはこの音だけでも粉々に飛ばされ、すぐさま水素の暴風に洗われ溶け込んで消えた。
私はエネルギー体だから衝撃波程度で死ぬことはないが、こうウルサくては気が散るのも確かだ。
その音に惑わされないように、音の振動を拾うのを止める。
すると音を感じる能力がなくなり辺りには静寂が立ち込め、私はすう……と落ち着きを取り戻す。
静やかなる戦場を見回しても光ばかりで目のやり場もない。
邪魔な光だ。
今は少なからずそれが気に障る。
光の散乱も気を散らすから、その光の一切も拒否し、全てが暗色で空虚な私だけの思考がそこに残った。
光も音も遮断してしまえば、どこまでも無に等しく、果てしもない暗黒が広がっている。
全てが創世前の暗闇なら苦しむ核融合生物も、私を糾弾する二手もいなくなる。
僅かに安堵すると、ふと張り詰めていた糸がたわんで、現在の自分に向き合える。
私は少し休息を欲していたのだろうか。
そうであるように思えるが、ただそんなに休んでいる時間はない。
勝負に負ければここに生きる生命達はいなくなる。
だから私は戦わなければならない。たった七万発程度で、今更彼らの戦争に参加しても、何の意味があるかはわからん。
だが、滅びるにせよ滅びないにせよ、彼らに選択肢を残してやるのが創造主の責務だ。
幸せを作れなかったのだから、せめてそれくらいは果たしてやりたいと思う。
しばらくはそうやってぼんやりと思索に耽り、派手な戦乱の風景を眺めていたが、戦争嫌いな私は、いまだに戦争に参加するとっかかりを掴めずにいた。
そうしてとっかかりを探していると、四手赤玉の壁面に何か妙な輝きがあって、私はそちらの方に興味を惹かれる。
赤玉の壁面に違和感?
奇妙に思って、赤玉の壁面を入念に調査すると、先ほど使ったものとは別に、“波統”による精神感応力が含まれているようだった。
……二手の物らしいが、始粒子を調べてみた限り、先ほどの精神感応とは別の仕組みのようだ。
もう一つの精神感応……。また二手からの贈り物か、せっかくくれたんなら、まあ試しに使ってみるか。
外界の七を見ながら、壁面に意識を集中し、それと自分を繋げるようにして、外界の七と意識を重ね合わせる。
すると赤玉に、七の心象風景が迫ってくる。
どうやらこの感応は相手の心の風景を見るものらしく、赤玉表面に映像化された七の心が映っている。
映し出された七の心は、溶岩の上を、厚い岩盤が密閉しているものだった。
巨大な岩塊が溶岩を圧し潰すようにのしかかり、灼熱はその岩盤に潰されまいと蒸気をあげ、岩の狭間を押し広げては赤き火粉を噴き出していた。
「まるで……潰された溶岩だな」
それには少し意外に思う。
岩塊が業苦を示すのだとしても、しかし思ったよりも奥底の輝きが強いものだ。
これほどの苦痛なら、もはや輝きなど残らなさそうなものなのに、業苦の奥底に強い輝きを秘めている。
となれば。
「七の心は少なくとも濁ってはいないようだ。……それにしても、二手はなぜ赤玉に別種の精神感応力を残したんだ?」
原初生命相手には、精神操作は効かんから説得する他なく、多分これもそのための情報だろう。
二手の目的は、私にこの世界を破壊させること。
ということは、これを見ていくことで、私は世界を破壊する意思を持つのだろうか。
……全くなぜ私が推測せねばならん、伝えたいことは直接伝えろ、二手。
それから二手のことを考えていたが、その時間が私の気持ちを固める時間となって、だんだんと戦争に参加する覚悟が定まってくる。
……考えていてもしかたないし、そろそろ戦争に参加するとするか。




