固圧戦闘の仕組み
名を間違えられたのは不満だが、黒霧を使ってしまったのだから我慢する。
しかし七という存在には少々興味が湧いた。
黄幻の七とはどういう者なんだろう。
もちろん知ってはいる、彼は七の名を持つ二番目に強い首領で、時軸と考思の絡まりが強く、手早く作れる足止めと妨害の固圧が得意。
その能力の高さと頭の回転の速さから臨機に強く、様々な状況に対処できる。
欠点は不利な状況が大好きで、あえて厳しい戦況に臨む癖があり、そのため彼自身は生きて帰ってこれても、配下の死亡率は高い。
そこで私の付けた俗称は『臨機の覇者』か『その場しのぎの弥縫の七』
そんな具合に私もよく観察していたから、このくらいの情報は知ってはいるが、その内実はわからない。
七がなんのために戦い、求めているものはなにか。
今どういう状況にいて、他者にどういう感情を持っているのか。
私は彼と会話ができない。だから知りようもない。私にできるのはどこまでも憶測だけだ。
ただせっかく赤玉に入っているのだから、七と意思疎通はしてみたい、彼と心を通わす方法を考えなくては。
そう思っていると、七が側面火孔の開閉口の幾つかを閉め、背面、複数の火孔の出力を強くする。
引き絞られた光閃、強烈に輝く荷電粒子が身体を押し、大気を押し進む際に生まれる衝撃波は、広大な大気を震わせては地表を揺らし、私を内包する赤玉も強く振動させた。
ここの大気は弾性も炉も高く、音の進みは速いため、彼の速度をもってしても音の速度には敵わない、だからこの衝撃波も厳密には音の衝撃波ではなく、複数の火孔プラズマによって水素が膨張することで、強力な衝撃波を出している。
その衝撃波があまりにも大きいから、私は苦笑する。
脆い生物なら飛行の圧だけでも殺せるだろう。
音を聞く生物はどうしても圧力に弱くなる。
それは外気を身体の内部に引き込んでしまうためで、核融合生物は音が聞けない代わりに圧力の変化に強くなった。
七の上昇によって、視点が上がると、蒸気よりも厚い大気の底に味方を示す微かな緑光が点在していた。
それに私は目を細める。
緑光は味方を表し、赤光は敵を表すが、その移り変わりだけでは敵味方の区別はつかない、だから軍円を扱う首領だけは、敵と見間違わない仕組みを作っている。
そういった彼らなりの工夫を見ると愛らしくなる。
児戯に等しい文化であっても、それでも確かな彼らの進歩だ。
「んーよし、考えていてもしかたがない」
とりあえず二手に勝たなくては世界は終わる。
二手の主張も納得できるが、二手は何か思惑がありそうではあるし、私もすぐに滅ぼさず、できれば彼らの意思に任せたい、彼らが滅びを選択することは、結果的に自死と変わらないとしても、それ自体は私のせいなのだから呑み込もう。
彼らに選択肢を与えるために、先に二手の赤玉を破壊する。
その上で彼らに選択肢を提示し、彼らに滅びか存続かを選ばせる。
とにかく今は赤玉を守る、それには彼らの大好きな……戦争、ん、戦争に参加か。
「戦争か~、この際仕方ないとはいえ、どうしようか」
世界の存亡がかかるとはいえ、できるなら核融合生物を殺したくはない。
固圧戦闘はやったことがないし、ん~……。
「うむ念のため練習は必要だな、実際に体験してみなくては把握しづらいし」
さっそく練習することにして、私は七のワイス機構の余白を借りて勝手に練習を始める。
七の領空である無養の地は地形が平坦で障害物がないため固圧を最も作りやすい。
核融合生物の行う固圧戦闘は、大量の固体を大気中に具現化させ撃ち出し合うもので、十万フォア先の遠方から戦いが始まる。
黒皮の歪みで守られた体内を除き、十万フォア内ならどこにでも固体を生成し発射できるので、仮に相手が止まっていれば、敵の頭の隣の大気から固圧を生成し、至近から敵を撃ち抜くことさえできる。
そのための前段として広範な大気に『散』と僅かに『縛』の熱エネルギーを混ぜて送り、水素と四手子が分離し易い二千百炉まで熱する必要がある。
これが熱圏。
熱圏ができると白靄は勝手に生まれるので、一段目が終わったら、二段目も完了。
次が三段目の白華、白華の意義は、白靄を集めて形を作り、密度を高めることにある。
液体に近い密度の大気とはいっても、作りたいのはより密度の高い固体。
だから、できうる限り四手子を密集させて、『縛』の熱で凝縮した際に固体化できる量を集めておかねばならない。
それが白華で、密集させ仔細に形状を作り上げた後、最後に対宇宙経由で『束縛』の強力な熱エネルギーを送ると、四手子が遠方から引き合って凝縮、瞬時に密度を高め固体化、その光り輝く四手物質の固体を“固圧”と呼ぶ。
“固圧”を使えば遠くにいる敵を巨大な壁で囲んだり、大規模な柱を次々と落下させ邪魔をすることも、数百、数千万の弾丸で集中砲火を加えたりもできる。
固圧にも種別があり、大まかには“撃発固圧”と“静止固圧”の二種類に大別される。
静止固圧というのは“動かない”固圧で、初速がなく、風や重力などの外力のみによって動く固圧の総称。
撃発固圧は、“動く”固圧で、水素が熱により膨張する力で初速を得る固圧の総称だ。
例えば足止めするにしても、静止固圧は壁や厚い粒子の霧で足止めするが、撃発固圧なら壁自体を飛礫として撃ち出したり、爆発の圧力で相手の動きを遅くすることも可能だ。
ちなみに固圧で生み出せる爆発程度では彼らは殺せない。
彼らは急激な大気圧の変化にも耐えられる生体をしていて、剪断や圧力、衝撃による攻撃より、貫通か、切断による攻撃の方が効果がある。
そう、貫通だ。しかも特徴として貫通仕切れば即死してしまう。
この星の強力な放射線は生きている細胞を簡単に破壊する上に、彼らは圧力変化に対応するため、体内の膨張圧を外気を圧倒するほどに高くし、ほっとけば、内側から弾けるくらいの内圧になっている。
それを“縛”熱による引膜での締めつけで完全に均衡を保ち、外気圧の増加に応じて締め付けを緩めることで、圧力変化に対応している。
だが、黒皮の最奥層を貫かれるとその下の引膜も破れ、内圧によって内部の体組織等が外に飛び出し、そこに放射線が注ぐことであっという間に死に向かう、だから硬軟八層の黒皮を貫ければ場所にかかわらず殺せるのだ。
遠距離でそれを行える撃発固圧は、作り方が少々複雑で、時間がかかる。
手順としては白華を多少大きめにして内部に空洞を作っておく。
すると、四手子がワイス結合で凝縮する際に、水素やヘリウムなどが内部で圧縮されるようになる。
すると昇華熱と断熱圧縮熱、そしてワイス結合時に追い出された散の超熱が、閉じ込めた水素やヘリウムを超高温化し、急激に膨張。
その際膨張圧を高めるため四方の壁の一つを薄くしておくと、急速に膨張した水素ガスの圧力を薄壁が高め、臨界を迎えた瞬間、膨張した水素が一方から吹き出し、生成されたばかりの固体に強烈な初速を与える。
後方の破れた壁の周囲には三枚の刃がついていて、それが水素の噴流を受けて、先端部を高速回転させ、弾の軌道を直線に近くする。
形状によって調整もいるが、基本的には、そういった水素ガスを推力にする仕組みを持つ固圧を撃発固圧。
これが攻撃用なら、比較的簡素で、素早く形成できる静止固圧は防御、足止め、そして武装用だ。
この辺りが私の持つ遠距離固圧戦闘の知識だが、実際に使ってみるのは初めてだ。
感覚を確かめるべく、とりあえず七の遥か前方に黒霧を生成する。
この黒霧にはさして意味はないが、一の味方攻撃の儀礼のようなものだ。
回避能力の高い七を練習に使うから、やはり攻撃を宣告しておかねば。
遥か下の地平までを覆い始めた黒霧を見据えつつ、七のワイス機構に指示をおくり、黒霧に紛れ込む白靄を三百群ほどに分けて固め、三百の白華を作り出す。
「おお、これはすごいな」
今回は私の技術ではない、百を超える固圧の同時生成となると計算が面倒なため、試しに七のワイス機構に任せてはみたが、熱圏さえできていれば白華完成までは一シ半強からニシですむようだ。
一シ半か異常に速いな。こうして実際に使ってみると、七のワイス機構の習熟状況は上位個体だけあって相当に高い段階にあるらしい。
ワイス機構にはその力を計る目安として習熟という概念がある。
元々ワイス機構は平和主義の私が考案したもので、戦闘用にできていない。
ワイス機構にもとからある機能は、食事の際の殻の生成、避雷発光、出産、子育て、四手子の把握は本能的に行えるようにしてはあったが、それ以外は勝手に外気を熱するだけの排熱器官に過ぎなかった。
しかし戦闘と共に生きる彼らは、そんな無意識下で働いている排熱器官を良しとしなかったようで、修練によって感覚と連動させ、意識に従わせようとし始めた。
それが習熟だ。
習熟を行うには始めにまず行いたい出来事を想像し、ワイス機構に意識を巡らせる。
ワイス機構はその程度では反応を示さないが、効果が現れなくとも、粘り強く実行の指示を繰り返していくと“波統”の始粒子の働きかけにより徐々に感覚と連動し、僅かずつ要望に添い始める。
実際にやるとなると本当に気の遠くなるような修練だが、習熟するためにはひたすら想像し、実行に移す過程が必要で、長い反復の末に、ようやくワイス機構が感覚と連動すると固圧を生成できるようになる。
下位個体は習熟を始めたばかりだから、固圧を大して扱えないが、中位、上位になるにつれて、扱える固圧の種類、生成速度、同時生成個数などが増えていく。
習熟の理屈としては、ワイス機構は常から、半径十万フォアの範囲の熱や分子の計算と、短中期先の動きの予測を行っている。
そのほとんどの計算は過酷な気候によって核融合生物が傷つかないように行われるものであるが、修練によって目的を与えられたワイス機構は、通常の計算の他に独自の計算式を編み出すことで、彼らの指令を果たそうとする。
ワイス機構の習熟は計算方法の有無の問題だから、四角形の固圧を生成できるようになっても、それと似た四角錐の固圧は作れない。
『四角』『長方形』『四角錐』のように似た形でも一つ一つ習熟する必要がある。
しかし四角と四角錐等の種類の違いには習熟は必要でも、地形や高度、大気の変化に対しては、ワイス機構は対応してくれようとする。
そのため習熟の場合、『杭状静止固圧を習熟』『壁状静止固圧を習熟』『弧状撃発固圧を習熟』といった具合に一つ一つ覚え込ませる形になる。
習熟した固圧も繰り返し使うことによって、より計算が精密になり、質や量や状況対応力が向上し、大小の変化もできるようになっていく。
習熟に至った固圧もなお育てられるし、一つ一つが簡単に習熟に至れるものではないから、だから習熟の状況さえ見れば、個体それぞれの性格の違いや戦法などの違いも把握できる。
さして調べたことはなかったが、七の場合はどうだろう?
ワイス機構内の計算記憶を眺めてみたが、七の習熟した固圧は意外に少ない。
七が自分で育てたのは静止固圧、撃発固圧、補助固圧合わせて10種類程度だ。
どれもこれも非常に高い段階にあるが、手を抜くのが好きな七らしく、少数を選別して特化させているらしい。
それに『一』との合一で得たと思しき、黒霧や飛行を補助する固圧の計算式が急に足されている。
合一をすれば計算式の共有ができるのだから、もし全体がワイス機構を通じて繋がっていれば、恐らく電磁波を言語とし、もっと高い文明が花開いたに違いない。
せっかくの高い知能も光言語だけでは意味がなく、少々慎重にし過ぎたやもしれん。
それを考えながら先ほど配置した三百の発弾固圧に、指示を出す。




