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マイノリティ相談所

作者: QB

 僕の名前は加野田(かのだ) (たかし)。ごくごく平凡な町の平凡な高校に通うこれまた平凡な高校生だ。そんな僕だが、ひとつだけ平凡からかけ離れたことがある。それは…、


「加野田君、君は目玉焼きには何をかけるかね」


「目玉焼きですか?僕は醤油ですけど」


「醤油?これまた変なものをかけるね。君は」


「いやいや、目玉焼きに醤油はメジャーじゃないですか。先輩は何をかけるんです?」


「私はドレッシングだな」


「ドレッシング…ですか?」


「ゆで卵がはいったサラダにドレッシングをかけるのだから卵単体にドレッシングをかけることもあるだろう?」


「そ、そうですね」


 謎理論を展開するこの人こそ僕の平凡極まる人生最大のイレギュラー。ことごとく平凡な僕が関わることなんて本来あり得ないような、非凡な先輩である。

 文武両道、頭脳明晰、眉目秀麗と完璧超人のような先輩にして、奇妙、珍妙、微妙な先輩だ。基本的にハイスペックなのだが、趣向がやたら変なものに偏っていて独特な感性の持ち主なのだ。

 今日もいつものように空き教室で僕は先輩と雑談に興じていた。年頃の男女が密室で二人きり、思春期真っ只中の男子高校生としては妄想が止まらないシチュエーションではあるが、悲しいことに色気なんて欠片もない。

 ここはマイノリティ相談所。身近な人間に話しにくいことで悩んだときに相談するための非公式の部活だ。先日、僕もここに訪れ、何故か部員となったという経緯があるのだが、それは割愛しよう。

 この空き教室への来客は僕が来て以来、かれこれ一ヶ月の間、一度もない。今日も誰か来ることもなく一日が終わるのだろう。そう思っていたときだった。不意に教室のドアが開かれる。


「マイノリティ相談所てのはここか」


 現れたのは、学ランを上着のように羽織り、校則違反にも関わらず髪を赤く染め、耳にピアスを付けたいかにもな男。どう見ても不良である。


「そうだ。君の名は何と言う」


 しかし、先輩は動じることなく不良の前に立つ。僕は、現在進行形で丸まって小さくなって震えているところだ。教室が寒いから震えているだけで、決して不良が恐いからではない。


「府藁 亮だ」


「では、府藁君こちらに座りたまえ。君の話を聞こうじゃないか」


 不良相手に動じないどころか、尊大な態度を貫く先輩に冷や汗ダラダラ、顔は真っ青な僕だったが、府藁君は何も言わず空いていた椅子に座った。このまま二人で進行していくと思いきや、先輩がこちらを見て僕を呼んだ。


「加野田君、君もアルマジロのモノマネなんてしてないでこちらに来たまえ」


「加野田?誰だテメェ!なんでこんなとこにいやがる!」


「ヒィィィ、ごめんなさい。なんかいてごめんなさい」


 僕の名前を聞いて凄まじい形相で睨んでくる府藁君。あまりの恐さに思わず謝ってしまった。恐いよ不良。もう帰りたい。


「彼もここのメンバーだ。ここにいるのも当然だろう。しかし、君の悩みは彼がいると不都合なものだと言うなら、彼には退場してもらうが」


 僕が自然にこの場を離れるチャンス!ここで府藁君が同意してくれれば僕は安全にここから逃げれる!


「…いやいい。悪いな」


「い、いえいえお気になさらず」


 本音を言えば、なんでそこで折れたのさ!と叫びたいが、心が広い僕は大人しく現実を受け入れる。そして、ぎこちない笑顔を貼り付け、先輩に倣い府藁君に向き合った。


「それでどういう要件かな」


 先輩の問いに対して、府藁君が取り出したのは何かのチラシ。先輩に渡されたそれを僕は横から覗きこむ。そこに書いてあったのは、開店2周年記念にとあるケーキ店が、期間限定ケーキを販売するといった内容だった。


「実は俺、甘いものに目がなくてよ。これに行きてぇんだが、流石に一人で行くにはハードルが高すぎて困ってんだ」


「なら、一人で行かなければいいだろう。誰か一緒に行けそうな人はいないのかな?」


 先輩は眉一つ動かすことなく解決策を提示していく。対して、僕は府藁君の意外すぎる発言に未だに茫然としていた。だってあの顔で甘党って有り得ないでしょ。ライオンがベジタリアンなくらい有り得ない。先輩の回答に府藁君は苦い顔をする。


「男がケーキが好きってのは変だろ。ましてや俺みたいなのが。だから、俺は甘いものが嫌いってことにしてんだよ」


 それについては深く同意だ。彼みたいな男が甘党なんて誰も想像できないだろう。仮にそんな姿を見られれば彼のイメージが大きく揺らぐことはまず間違いない。


「なるほど、つまり君は道連れが欲しいわけだ」


「っ、まぁそんなところだ」


先輩のにべもない反応に、不藁君の顔が歪む。子供が見たら大泣き間違いなしの不藁君を前にして、先輩は動じることなく、爆弾を投下した。


「なら加野田君、君が行くと良い」


「せ、先輩の方がいいんじゃないですか?ほら、男女で行った方が違和感がないですし、先輩だってケーキ食べたくありません?」


 先輩の提案を却下すべく僕は全力で反論する。ケーキなんて興味はないし、なにより府藁君と二人でケーキ店なんて恐すぎる。


「見知らぬ異性よりは同性の方が気分的に楽だと思うが?それに、私は甘味が得意ではなくてね。居酒屋への誘いなら喜んで受けたのだが」


 しかし、僕の口撃を、先輩は涼しい顔で叩き落としていく。本人にその気は無いだろうが、さながら、魔王のごとく確実に僕の精神を潰しに来ている。それでも諦めず先輩に立ち向かうが、


「べつに嫌なら構わねぇ。苦手だって言うなら無理に連れて行く気はねぇ」


 勇者は、魔王の前に成す術もなく破れ去った。ここで僕もケーキ苦手なんです。なんて言えれば良かったのだが、言えるはずもなく、結局そのまま僕が府藁君について行くことが決定した瞬間だった。

 僕が、府藁君と、二人で、ケーキ店。神様、僕が何かしたのでしょうか。先程から見るのが怖かったので見ないようにしていた府藁君の方をチラリと窺うと、ずっと無言でこちらを睨んでいる。…なんか胃がキリキリしてきた。僕が胃痛に苛まれている間も、先輩は憮然とした態度を崩すことなく着々と話を進めていた。気づいたときには今週末、午後二時に駅前に集合することになっていた。

 その後、府藁君が退室した後もしばらく悩んでいた僕だったが、決まったことは仕方ないので諦めて受け入れることにした。決して、府藁君が恐くて断れない訳ではない。…明日のために胃薬を買って帰ろう。そう決めた僕は、いつもより早く、部室を出たのだった。




 翌日、僕は駅前に向かっていた。時間までまだ大分あるが、待ち合わせには早く行くのがマナーだ。決して府藁君を待たせるが恐くて、早く行く訳ではない。

 そして僕が駅前に着くと、そこには既に府藁君の姿があった。…あれ?時間間違えたかな?思わず時計を確認するが、時刻は1時40分。本来の待ち合わせの時間まで、まだ時間がある。僕がオロオロしていると、府藁君がこちらに気づいたようで視線をこちらに向けてくる。


「ご、ごめん。待たせちゃったみたいで」


「…構わねぇ。行くぞ」


 僕の謝罪に、彼はそれだけ言うとさっさと行ってしまう。慌てて僕も彼のあとを追う。結局、二人揃って無言のまま歩き続け、ケーキ店に着くまで会話はただの一度もなかった。




 そこは、まさにリア充御用達の喫茶店といった建物だった。

 外装だけでも気後れするほどのお洒落な感じが滲み出ている。こんな場所に一人で入るなんてとんでもない。それこそ拷問だ。

 その雰囲気に圧倒されたのか不藁君は店の前で立ち止まる。僕としては、もう諦めて帰りたいところだが、しかし、僕は不藁君からの依頼で来ているのだ。気後れなんてしてられない。任された以上はやりとげなくてはならない。意を決して僕は、不藁君の前に出て扉を開ける。

 内装も外観に劣らずお洒落な雰囲気だった。決定的に違うのは、人の有無。店員以外は軒並みカップルか女性客のみという驚異の空間は僕の精神に多大なダメージを与えた。

 店員に連れられ席に座ったが、ここでも不藁君は無言を貫いていた。正直言って滅茶苦茶恐い。考えて見て欲しい。目の前に厳つい顔をした不良が無言でひたすら睨んでくるのだ。これを恐怖と言わずして何と言うのか。


「どんなケーキなのかな?なんてハハハ」


「…」


 そんな空気に耐えきれなくなり、声をかけるが帰ってきたのは無音。大人しく水を飲んでいるべきだ。その事を学習した僕はなにも言わずにケーキが運ばれてくることを待った。


「お待たせしました。こちらが期間限定ケーキとなります」


 体感で一時間ともニ時間とも思える時を越え、ついにケーキが運ばれる。これほどまで苦労してきたのだから、せめて美味しいものを食べなければ割に合わないそう思いつつケーキを口に運ぶ。


「あ、以外とおいしい」


 苦労はしたけど来てよかった。そう思えるくらいには美味しかった。もう二度とごめんだが。不藁君も心なしかケーキを食べて、顔つきが柔らかくなった気がする。今なら会話が出来るかもしれない。そう思って僕は不藁君に話しかけようとした。


「悪かったな」


「え?」


 しかし、府藁君の唐突すぎる謝罪に僕はマヌケな声をあげることしかできない。混乱する僕を置いてきぼりにして府藁君は話を進めていく。


「俺の勝手でこんなとこに連れてきちまって、それに会話もせずに、嫌な空気にしちまったよな」


 彼は顔に似合わずいい人なのかもしれない。そう思うと、知らず知らずのうちに口元が緩んでいた。


「気にしなくていいよ。ありがとう」


 それだけ言うと、僕達は店を出た。

 府藁君のカミングアウトには驚いたが、何はともあれ無事に目的を達成した。来るまでは辛かったが、不藁君もいい人だったし、ケーキも美味しかった。終わりよければ全て良し、そう思って気を抜いた時だった。


「あれ?府藁じゃん」


 声がした方を向くとそこには、髪を肩まで伸ばしやたらチャラチャラした格好の男がいる。恐らく府藁君の知り合いだろう。


「佐賀っ!」


 府藁君から焦った声が上がる。しかし、佐賀…君は府藁君の焦りに気づかなかったようで、代わりに僕の存在に気づき少し驚いている。


「府藁、誰そいつ?」


「…あぁ、こいつか。こいつは」


 そこで府藁君が言い淀む。その反応に佐賀君は今度こそ眉をひそめる。


「あ、あの僕は加野田っていいます」


「ふぅん。で、その加野田クンとなんでこんなケーキ店から出てきたんだ?」


 府藁君はその質問にも答えることが出来ない。その様子に部員に佐賀君はますます訝しげな表情になっていく。僕としてはさっさと逃げたいのだが、まだ依頼は終わっていない。だから、ここで逃げるわけにはいかない。僕は、意を決して府藁君と佐賀君の会話に割り込んだ。


「僕が彼に頼んだんです。一人じゃ入りにくいので一緒に来てほしいって」


「え?府藁が?ないない。こいつ甘いものが嫌いなんだぜ?余程のことがなきゃこんなとこ来ねぇだろ」


 佐賀君の言葉に僕の失敗を悟り、うつむいてしまう。これでは自分が嘘を言っていると認めたようなものだ。その事に気づき慌てて顔を上げるが最早手遅れだった。なんとか言い繕おうとするが、致命的な失敗を挽回することはできず、佐賀君も本当のことを話さない僕に苛立ち始めているようだった。もうダメだ。諦めかけたその時だった。


「あぁ、ようやく来たか。まったく会計にそんなにかかったのか?」


  不意に響いた聞き覚えのある声に振り返ると、そこには私服を着た先輩がいた。


「おや?君は彼の知り合いかな?」


「…ああ、俺は佐賀って言うんだ」


 先輩からの質問に、先程まで呆けていた佐賀君が答える。まぁ見惚れるのも分かる。僕も府藁君も先輩に見惚れていたのだから。そこで何か納得した表情で佐賀君が府藁君に耳打ちした。


「おいおい府藁、こんな可愛い娘とデートか?隠そうとしたってそうはいかねぇぞ。俺らに隠れてデートしてたこと、広めてやるから覚悟しとけ」


 佐賀君はそう言って府藁君を小突く。どうやら良い感じに勘違いしてくれたようだ。ついでに、僕の存在も忘却の彼方へ飛んでいったようだが。

 佐賀君は、オジャマムシは退散するぜ、と言って去っていった。それに合わせて府藁君も僕と先輩にお礼だけ言って帰っていった。二人きりになってようやく僕は先輩に尋ねた。


「どうして来たんですか?」


「私はこれでも部長なんだ。部員に丸投げというのも格好がつかないだろ?」


 それに、と先輩が言葉を続ける。


「こんな風に後輩の窮地に駆けつけるのは、中々に好みのシチュエーションなんだよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新された短編からリンクできました。 さっくり読めて面白かったです。 府藁君でほっこりして、ラストで先輩が全部持って行きましたねw
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