一匹の猫が猫叉になるまで
※2016年12月20日、少しだけ言い回しを変えました。
※上記と同日、名前と読みにくいと思われる漢字にふりがなをふりました。
ぼくは猫の夜一。朝日を浴びながら、飼い主の冥の部屋の窓際で丸まる。
ぼくが起きて少し経つと、冥はぼくを呼ぶんだ。おいで、夜一ってね。ぼくはのらりくらりと近寄った。決してこの気持ちがばれないようにね。
本当はね。大好きなんだ。内緒だよ。
冥はぼくが来ると、たんぽぽみたいに笑うんだ。だからぼくは、散歩の時にたんぽぽを口で加えて持ってきて、玄関の扉の前に置いた。
ぼくが玄関の前で鳴いて、毎日しているただいまの合図をすると、冥がおかえり、と外に出てきた。冥はすぐに気がついた。足下の、小さなたんぽぽに。冥はそれを拾い上げて、また、たんぽぽみたいに笑った。
そんな冥が愛しくてぼくは冥に近づいた。にゃあ、と鳴けば冥はぼくの方を見て、ぼくの喉をくすぐった。ぼくはそれが気持ちくて、思わず目を細めたけれど、自分の気が済んだらすぐにその場を離れた。それからしっぽを振ったんだ。
それ、ぼくがとったんだよ。君にあげるために。
そうやって伝えたかった。ぼくのこの体じゃ、冥には伝わらないと分かっていても……。
ねぇ、神様。なんでぼくは猫なの?
ぼくは冥と同じじゃない。ぼくはそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
ぼくは毎日毎日願った。この家に来てからずっとずーっと。どうかぼくと冥を永遠の鎖で繋いで!
ある晩に、ぼくはふと目を覚ました。急に寂しくなって、冥の布団に潜り込めば、冥はうっすらと目をあけてぼくにそっとキスをした。嬉しくなって頬ずりをしたらぼくは不思議な光に包まれた。真っ白な光だった。
冥は白い光にかなり動揺していた。でも、なにか異変があったわけではなかった。
ぼくは少し期待していた。この光でぼくは人間になれたのかも、とか、人間の言葉が話せるようになったのかも、とか。
そんなおとぎ話みたいなことは起こらなかった。
その夜は。
不思議なことは何年も月日が経ってようやく起こった。否、元々起こってはいたのかもしれない。少しづつ進んでゆく変化に、ぼくと冥が気づかなかっただけだ。
ぼくと冥は、何年経っても歳を取らなくなった。
冥はずっと少女のままで、ぼくも全く老いなかった。
ぼくの尻尾は三つに分かれた。人間の言葉を話せるようになって、猫叉って呼ばれるようになった。
違う、違うんだ。
ぼくは猫叉なんて名前じゃない。
ぼくは……ぼくは……!
「夜一」
冥がぼくを呼んだ。ぼくが苦しくなると、冥はすぐにぼくの名前を呼んでくれる。だからぼくは冥が好きだ。
「冥、ずっと一緒にいよう」
君と話せる日が来るなんて。
君がずっと一緒だなんて。
ぼくは妖怪だと恐れられても、化物だと罵られても、なにがあっても、笑っていられるんだ、君のおかげで――――
ご愛読ありがとうございました。