メトロ
駅の構内でも息は白く、ぶるっと身体が震え、草臥れた背広を深く羽織り直す。十一月のプラットホーム、響くベルが終電の発車を告げた。
がたんごとんと敷かれた鉄のレールに沿い辿る家路。最早、敷かれたレールから降りることも叶わぬ自分には、ぴったり過ぎて笑えなかった。窓ガラスに映るは、神も仏も救えなかった屍が一つ。
光の届かぬ闇の中を走るそれ。乗っけているのは希望か、それとも絶望か。なーんて大袈裟極まりないけれども、すっかり飲みこまれて、凄く窮屈で、次で降りようか、その次で降りようかと考える。
車内見渡せば、いつもと同じメンバーがいた。こんな時間までご苦労さまです。毎日お互い大変ですね。おい、隣の酔っ払い。お前は違うからな。
現在も過去も未来さえ繋がないレール。きっと次の駅でも誰かが降りる。このまま行き向く先は、天国か地獄か。
物思いに耽っていると、隣の酔っぱらって眠っていたおっさんの禿げ頭が、肩に乗っ掛かる。
ごめんけどおっさん、他人の重さまで背負えるほどの、余力なんてないから。って、そう言い、肩を振りはらい突き飛ばした。
強がっても、本当は不安で不安でたまんなくて、終着駅まではあとどれ位なのか、本当に辿り着きたいのか、それさえも分からなくなっていた。
そんなことを思っているうちに、乗客も随分少なくなって、次第に寂しくなって、もう少しだけ、もう少しだけ一緒にいようなんて、今更になって思う自分がいたのだ。
僕らはあかの他人で、やっぱり他人で、びっくりするくらいお互い他人で、きっとこれから先も他人で、手を繋ぐことも、肩を叩き合うことも、肌を重ねることも、キスすることも、お互い目を合わせることさえもできないであろう。
でも、けど、だけれど、偶然乗り合わせた闇の中、この終わり無き線路の彼方、それぞれ得体のしれない不毛な期待を胸に、『一緒にがんばろう』なんて戦慄く盲目の愛しき人々と、僕はこの狭い車両内で等しく同じ汚れた空気を、吸って吸って吸って、吐きそうになって、逃げ出したくなって、踏みとどまって、結局は後付けの言い訳で、何の価値も値打ちもないけれども、
「かぁぁぁ、光ってやつが見たいんだなー」
なんて心にもない言葉を嘯く。
僕らを乗せた地下鉄は、今日も明日へ向かう。死にたくなるような朝を連れてくる。
次で降りようか、その次で降りようか。
企画とは関係ありません。