設定上悪役令嬢な私が悪役令嬢らしからぬ問題を抱えている件について。
今はやりの乙女ゲー転生者で、百合設定があります。
ぶっちゃけ救いようがないです。一応ハッピーエンド。それでもいいよろしければどうぞ!
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私の名は桧山鈴子。
時は創平三十九年、とある女学院に通ううら若き乙女であります。
古の時代から続く武家のひとつであり、現在伯爵家である桧山家の令嬢として生まれました。
家族構成は父、母、兄、私、弟と言ったものです。
兄はとても優秀で、幼い頃から皇太子殿下とも仲がよろしく、武芸に秀で、軍略にも明るい弟も覚えめでたいです。
将来は兄が家督を継ぎ、弟は御国を守る軍人となるでしょう。
優秀な兄とも、武芸に秀でた弟とも違い、容姿以外は並の私は、どういうことだかとても父に愛されており、物心着くころには皇太子殿下の婚約者でありました。
そんな私ですが、人とは違うと言えることが一つあります。それは、私には前世の記憶があることです。
と言っても、記憶があるだけで前世と人格が全く一緒というわけではありません。
前世の私は別の世界の人間でした。
平成という平和な日本という国で生まれ、お笑い番組やバライティー番組がすきな快活な少女でした。文明レベルは私の国より高く、魔法の代わりに科学という技術で発展した国でした。
前世の私は、見てくれは悪くない方だと今世の私から見ても思いますし、性格もそれなりに良い方だとは思います。人並みに嘘を吐くが、自分に正直。あまりに自分を理解される機会が少なかったおかげで、自分しか愛せない…とまでは行きませんでしたが、自分自身を好いていました。(それもこれも、全て彼女の生まれ持った『異質』のせいなのですが。)
そして、そのとある要因で中学時代に酷くいじめられていました。
それは、前世の私が『両性愛者』であったこと。
私は男性も女性も関係なく人を好きになる人間でありました。
しかし、私は特別変わったことなどありませんでしたし、世間の価値観、と言うのでしょうか?それに縛られずに恋をしていただけでした。
それでも、同性に恋をする私はあの世の中では異端とされてしまいまい、理解されることはありませんでした。
おまけに長くにわたるいじめのおかげで相手を徹底的にいたぶり、世間的に殺して私だけ見ればいいと考える凶悪なサディスト気質と、様々な痛みを与えられすぎた影響からか痛みを良しとするマゾヒスト気質が備わり、なお一層異端となりました。
両親も我が子の異質を理解できなかったようで、同時期にぐれ、非行にはしった弟も私が可笑しいせいだと八つ当たりをする始末。
母親は私を怒鳴りました。父は、私を責めることはありませんでしたが、徹底的に無関心を決め込みました。挙げ句の果てには弟は父に包丁を突きつけて「殺してやる!」と叫びだす始末。母も、私も、妹も泣きました。そして、やはり私の異常のせいにして、母は父との不和をどうにかするように行動することは一切しませんでした。
いえ、私が悪い部分もあったのかもしれません。親にとって、我が子が普通ではないということは耐えられないものかもしれないのに、私はたいして隠そうともしませんでしたから。
普通とは何かと、ずっと考えました。母は私を病気と言いました。私は余計に悲しくなりました。
普通とは何か?母は友人などおらず、「あなたたちがいるから」「あなたたちを友達のように思っている」と常々言っていたので、余計に私の本質を受け入れられなかったのかもしれません。
しかし、非行に走ったのは弟自身。そして、その原因は母にも、父にもあると思ったのです。
我が子を友達として扱いたい母、癇癪を起こすと、「養育費を支払わない」と怒鳴り出す母に私の心はどれだけ擦り切れたでしょうか?
亭主関白をしたい父。子どもを自分の思う理想の子どもにしたいと考え、自分の価値観を押し付ける父。
私たちの眼の前で「結婚などしたくなかった」と喧嘩をする二人に、前世の私は何度も枕を濡らしていました。父と母はいわゆる「でき婚」で、長女は私。私が生まれたから二人は結婚したのです。
母は、幼い頃から私の目の前で私の出生を語り、そして「父と結婚するつもりはなかった。」と愚痴をこぼすのです。おかげで幼い頃から「私が生まれなければ」と考え、結婚後に望んで生まれてきた弟と妹を羨んでいました。
(憎む、までに行けなかったのは、私が弟と妹を愛していたからでしょう。)
だから、私がどうにかしないといけない、望まれた二人を傷つけるわけにはいかない、もし、私が二人の喧嘩に巻き込まれてしんでも、それは仕方ない。
そつ、自分の意思を押さえつけることで両親…とくに母親を安心させようと考えたのです。
なんとか家も落ち着き、私もあれから二年が経ち高校三年に進学したときでした。
私は通り魔に刺されて死にました。
納得できなかった。どうして私だけ、と世界を憎みました。どうせ死ぬなら、最後ぐらい嘘でもいいから父と母が私を望んで作ってくれたと、言って欲しかった。
そう思い、前世の私は死にました。
それを思い出したのは、私がまだ6歳だった頃。私の誕生会の最中に思い出しました。
一気に脳内を駆け巡る一人の人間の人生、それもとても悲しく、ひどく重い記憶に私は泣きました。
わんわんとなきました。家族も、使用人も、みんな心配してました。
そして、私は決めました。
前世で死んだ私の分まで長生きをし、前世で死んだ私よりも自分に正直に生きると。
その、前世の記憶の中に強く印象にのこるげぇむという活動写真のようなものがありまして。
『君に捧ぐ、私の純潔』、通称『君純』というものでした。そのげぇむは様々な前世の私のような悩みを抱えた「ひぃろぉ」と呼ばれる殿方たちと「ひろいん」と呼ばれる女性が恋愛するものでした。
舞台は『和の国』とよばれる島国。創平四十年。
帝都『月城学園』に通う生徒たちと恋愛するもの。
ただの物語なら、私も気にしませんでした。そのげぇむの世界観が、私のいる世界と酷使していなければ。
攻略対象と呼ばれる殿方は五人。
一人は皇太子であられ、私の婚約者である上層院矢倉様。このお方はめいんひぃろぉと呼ばれていました。
二人目は、我が兄、桧山涼平。
三人目は、我が弟、桧山聡。
四人目は、私の付き人である萩斗。
五人目は…馴染みの商家の長男、加賀哲郎。
見事に私の周囲の人間で固めれている。
そして、全員のトラウマが私なのだからたまったもんざゃない。
皇太子様は、周囲の人間の裏切りと私の裏表の激しさによる人間不信。
兄は父からの重圧と、自分よりも劣る妹が父に愛されていることとにより拗らせたサディズム。
弟は実は母の不貞によりできた子どもというトンデモ設定で、不貞を働いた母や婚約者がいながら加賀や萩斗に擦り寄る姉によって異様なほどの潔癖に。
萩斗は鈴子に媚びなくては命がないという脅迫概念と傷められつけられる事実から無意識に自己防衛をした結果、痛みに喜びを感じるマゾヒストに。
加賀は家族(父、母、次男)の不和をどうにかしようと奔走する三男の弟とは対照的に、「長男なのに」と一方的にコンプレックスを抱き、さらに鈴子にそのことを知られたことによるストレスから自称行為に走る鬱系。
正直、この設定に惹かれた前世の私はどうかしてると思います。
確かに、自分の悩みとほとんど合致していて、自分をげぇむのひぃろぉと重ねていたのはわかる。そして、現況(私)が断罪されるたびに家族にやり返したかのような快感を覚えていたのも知っている。
しかも、このげぇむの隠しキャラが自分と同じ『両性愛者』であることからもやり込んでいたのも知っている。(隠しキャラは唯一鈴子は出てこない。)
しかし、やり込んでいたからわかる。
鈴子に生存エンドが隠しキャラルートしかないことに。
皇太子エンドは罪の重さゆえの切腹。
兄エンドは兄のサディズムが本領発揮して拷問により苦しみ抜いた後に死亡。
弟エンドは花街付近に手足を拘束した上で猿ぐつわ噛ませられ捨ておかれる。結果は強姦からのぶっ壊れ。
萩斗エンドは「自分がやられて嬉しいこと」を私にやるという恐ろしいもの。途中で勢い余って死ぬのだ。(萩斗は唯一最後まで私を気遣ってくれる人物である。最後、「あーあ、しんじゃいましたか。」でおわるけど。)
そして、加賀エンドは包丁でメッタ刺し。家族に対する鬱憤を吐きながら八つ当たりのようにメッタ刺しにされる。
隠しキャラルートは隠しキャラが好きな相手が皇太子殿下ということからの殺害。このとき、故意に殺したとバレないように事故に見せかけて殺されます。あと三年後にできるコンクリートの建物の下敷きとなって。(これはひろいんが隠しキャラルートに入れば回避できる。)
ひどい。これはひどい。一番ましな死に方が皇太子殿下の切腹エンドというのがどうかしている。
私は絶望した!と過去の私のサブカルチャーというものをまねて両膝を地についてひざ立ちとなり、頭を抱えた。
そして、思考の末に一縷の希望を見出した。
私は、もしかしたら生き残れるのではないかと。
まだ、私は加賀と出会ってないし、兄のトラウマを刺激しまくる年ではないはずだ。
萩斗はもう遅いかもしれないけど、萩斗は…まぁ、気をつければなんとかなるだろう。
幸いにも、まだ私は殿下と婚約していない。
殿下と私が婚約しないままひろいんが隠しキャラルートに入ってくれれば私の生存率は上がる。
上がるってだけで、どうなるかわかんないけど。
そして、なにより私はこれから先殿方を愛せる自信がなかった。
私の前世の記憶は私の体を乗っ取りはしなかったけれど、私の思考には大きく影響を与えていた。
もしかしたら、私は今まで気づこうとしなかっただけで前世の私と同じように両性愛者なのでは?と。
思えば、今は兄の付き人をしている萩斗に、ほんの少しでも好意を覚えたことなどない。
むしろ、私付きの女中に胸が締め付けられるような強い痛みを覚えたことがある。
もしかすると、げぇむの中の私はそれを否定したくて男性に擦り寄っていたのではないかと考えたのです。
今の私は前世の私の考えを知っているからこうして自分を受け入れられていますが、前世を思い出さず、一人で悩んでいたのならそうなったのではないかという考えが浮かんだのです。
その考えが勘違いではないのだと気付いたのは、それから数ヶ月のことでした。
「今日から鈴子様に使えさえていただく、綾部達郎の娘、綾部由乃と申します。
まだ見習いですが、精一杯使えさせていただきたく思います。」
私より少し背の高く、きりりとつり上がったアーモンド型の瞳は奥二重で、ほんのりと桜色に色づいた頬はふっくらと柔らかそうで。
はにかんだ笑顔は愛らしくて。
容姿はとても整っていて、私好みで。
私は、胸を高鳴らせた。
そう言えば、原作で鈴子は弟の初恋の相手であった女中をいじめて自殺に追い込んだんだっけ。そして、そこまでいじめた女中はその人だけだったとも。
きっと、その女中こそ由乃なのだろうな、と私はげぇむの中の私を憐れんだ。
「…よろしくね、由乃。」
私は彼女に恋をした。
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私は矢倉様に呼ばれ、生徒会室に赴いた。
「失礼します」
そう言って入った先には、やはり。皇太子さまと私の兄と弟、加賀、萩斗、そしてあのげぇむのひろいん、横谷千鶴がいた。
ああ、ようやくこの時がきた。私は店にも舞い上がる心地だった。
「皆様お揃いで。いかがされましたか?」
にこやかに私がそう告げると、全員が体をこわばらせた。
「桧山鈴子、私はお前との婚約を破棄する。」
そう、静かに告げられた皇太子の言葉に、私はにやける口元を隠すように扇で口を覆った。
「なぜ?」
声に歓喜をにじませぬのう意識して、なるだけ平穏に告げた。
あの後、げぇむのしなりおから抜け出すべく努力した。しかし結果は変わらなかった。
お父様は皇太子さまとの婚約を持ってきた。喜ぶお母様とお父様のご様子に嫌だとは言えなかった。
私は華族。結婚は自分の意思ではない。そして、どう足掻いても由乃と結婚はできない。
だから、諦めも込めて由乃に気持ちを伝えた。由乃は泣いた。「今言ったことも、私のことも忘れて。」と願ったわたしに由乃は言った。「わたしは、お嬢様をお慕いしております…」と。
私たちは愚かにも思いを通じあわせてしまった。幼いそれを、抑えつける術を私たちは知らなかった。
私は皇太子さまの婚約者。でも、いずれ破棄される。それだけを希望に皇太子が嫌う女を演じ続けた。
その姿に父は私を立派だと褒め、兄はうとましげに私を眺め、弟は嫌悪を隠さなかった。
私が十二になった頃、弟が由乃に出会ってしまった。弟は由乃の純粋な心に惚れたらしい。
わたしと顔をあわせるたびに「あなたの女中なんて、由乃さんが可哀想だ。」「由乃さんを僕付きの女中に」と言ってくるようになった。
あからさまに由乃に好意を寄せる弟が疎ましくて、由乃が心変わりしないか恐ろしかった。
それでも、由乃はわたしを選んでくれて、弟を鬱陶しく思っていた。
嬉しかった。だから、由乃に言った。
「由乃、あなた死んでくれる?」と。
もちろん、実際に死ぬわけではない。わたしが癇癪を起こしたふりをして由乃を地下の座敷牢に閉じ込める。その後、由乃に寺の尼になってもらおうという作戦だ。どうせ私は婚約破棄されるのだ。そんな女の行き先など尼寺以外ない。
由乃は賛成してくれた。ずっとわたしを待つと言っていた。一部の家人を味方につけた。驚くべき事に、由乃の父である執事長の綾部達郎も味方となってくれた。みんなで計画を練った。
綿密な計画を立て、私は女中としての由乃を殺した。由乃の次に私付きの執事となったのが萩斗だった。萩斗は攻略対象だと言うことを抜いても、元は兄の執事であったから信用しなかった。怪しまれないように媚びを売り、原作通り甚振った。あのげぇむでは痛みに快感を覚えながらも鈴子を憎んでいたと言っていたから、大丈夫だろうと信じて。
そして、由乃と文通をしながら時々逢い引きをするという生活を四年も続けた。
ある時を境に、皇太子や兄、弟や付き人の萩斗の私への対応が雑になった。そろそろだとほくそ笑んだ。
仕上げのように、一、二度、千鶴に嫌がらせをするように私の肩書きに媚びを売る連中に指示した。それ以降はあの方々が勝手にやってくれた。
そして、とうとう私が待ちに待った婚約破棄の最中だ。
「お前の胸に手をあてろ。千鶴にした行為は破棄する内容としては立派なものだろう。」
「さあ?私は何かしましたか?」
「しらじらしい。調べはついている。
後日、父上とともにお前の実家に行かせてもらう。そして正式にこの婚約を破棄させて貰う。」
「まぁ!」
思わず、とても楽しげな声が出た。
嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
「では。自宅で殿下の訪れを待っておりますわね。
どのようになるか、とても楽しみですわ。
萩斗、帰るわよ。」
「いいえ、私は貴方に付き従いません。」
「へぇ…そう。」
「もう、俺は貴方の好きにはされない!貴方に刃向かってでも、守りたい人ができたんだ!」
そういって、ひろいんさんの肩を抱く萩斗。私は心の中で笑った。あなたをそんなにひどく扱った覚えはないのに、と。
由乃と共になれない死亡エンドが恐ろしくて、せいぜいちょっと他の執事よりこき使った程度。しかし普通なら耐えられる程度。
げぇむのしなりおは事実をねじ曲げるのだろうな、と私は思い踊らされている私たちを嘲笑した。
「それはそれは。とても良い事ね、萩斗。
深鈴。帰りますわよ。」
「はい。」
そう言って、私たちの協力者である女中の深鈴を率いて帰った。深鈴は母付きの女中で、昔から私を可愛がってくれていた女中である。私が学園に入学する際、母が貸し与えてくれたのだ。
厩に着いて、馬車を整える私の付き人を尻目に、深鈴が私に声をかけた。
「例の場所には向かわれますか?」
「ええ。お願い。」
そう言って、馬車を走らせた。
「後少しで。」
私は笑った。私はつつがなく計画が進行することに喜んだ。
馬車を数刻走らせたのち、私は尼寺へと着いた。
この尼寺は私のような悩みを持つ女性が集まる尼寺として影で有名であり、私たちの関係も指示してくれていた。寺なのに、それでいいのかと言いたくなったが、古くから他の寺でも寺の坊主が小坊主を犯す事が当たり前となっていると言われたら何も言えなかった。男がやってるのに、女がやってはいけない通りはない。との事。
寺に入ってしばらくすると、箒で庭掃除をしている尼を見つけた。
髪はおかっぱ頭。艶やかな黒髪。すぐにわかった。
「由乃!」
「え?…鈴子様!」
私は由乃に駆け寄った。由乃は私の手をそっと握った。
「お会いしとうございました…!」
「私も、私もよ…!ずっと、ずっと、会いたかったわ。でも、これからは我慢しなくてもいいの!」
「では!?」
「まだ、婚約破棄を宣言されただけだけど、すぐにこちらへ来るわ。
先に父上に皇太子殿下に婚約破棄を言いつけれて恥ずかしいとか、男性が信じられないとでも言えばすぐよ!」
「鈴子様…!」
私たちは狂い咲きの藤の木の陰で抱き合った。愛しい彼女と永遠に。それだけを考えて。
「鈴子様、そろそろお時間です。皇太子殿下よりも先に家にいなくては怪しまれます。」
「そうね、わかったわ。」
名残惜しく手が由乃の髪にかかる。由乃が仄かに頬を染めた。
「あの、私もご同行できませんか? 鈴子様と、共にいたいのです。
さすれば多少帰郷が遅れても、受け入れ先の尼寺を先に探していたと言ってしまえば旦那様も鈴子様が本気だとお分かりになるでしょう。
幸い、私の顔は昔とずいぶん変わってしまいました。死んだという先入観もあって、露呈することはないのでは?」
「それはすてきね、出家を許されても、尼寺を勝手に決められてはたまりませんもの。」
私はふふふと笑った。
そして、由乃の他に後二人、尼を引き連れて自宅に戻った。
帰ってすぐに、お父様がきた。なんでも、電報が届いたとか。
「鈴子、なんて可哀想に。聞けば、お前の付き人までかの女のそばに侍っていたそうではないか。」
私はできるだけ悲痛そうな顔をして、か細く答えた。
「…はい、お父様。皇太子殿下に加え兄様も聡も、萩斗まで。私の身近にいた男性は私を裏切り、断罪しました。
私はほんの少し、あの人の婚約者に手を出した女に警告しただけでございます。それなのに、この仕打ち。
私はもう、男性が信じられませぬ。」
「ああ、怖かっただろう。辛かっただろう。」
「…はい。皇太子様の婚約者として振舞っていた私が 男爵令嬢に婚約者を奪われたことはすでに社交界の噂の的でありましょう。恥ずかしくて恥ずかしくて、今後社交界には出られませぬ。
男性も恐ろしく感じるようになりました。…実を言うと、今こうしてお父様と触れ合うのすら苦痛に感じるのです。」
「なんと!」
父は、愕然とした。そうだろうさ、溺愛していた娘に遠廻しとはいえ「触れるな」といわれたのだから。
「ですから、私は、世を捨てようと思いますわ。
遅くなったのは、こんな私を受け入れてくれる尼寺を探していたからに他なりません。
数件周り、受け入れてくれる尼寺を見つけました。
その寺の女性は私に同情してくれ、元華族でも構わないと言ってくださりました。」
明日、殿下が正式に破棄しに来たらどうなるのやら。
「申し訳ありません、お父様。しかし、私の意思は固いですわ。」
そう、言った瞬間。
「いいや、婚約破棄はしない。」
私の背後から、今一番聞きたくない声が聞こえた。
そこには、やはりあの逆転ハーレムメンバーが勢ぞろいしていた。
「出家して罪を隠そうなど、いやらしい女だな、本当に。」
兄が私への嫌悪を隠さずに言う。
「出家する必要はない。父上は大層桧山家との繋がりが惜しいらしい。
父上は正室にというが、私はそんなの死んでもごめんなのでな、側室となるのなら許そう。おまえも、嬉しかろう?」
は、と皇太子が鼻で笑った。私は絶望で目の前が真っ暗になった。
そして、次は怒りで赤くなった。
だけど、身分ゆえに反抗もできない。ただただ、皇太子を睨みつけた。
「なんだ。私は機嫌が悪い。言いたいことは手短に言え。」
その瞬間、ぱん!と肉と肉のぶつかる音がした。
みると、一人の尼が、由乃が皇子の頬を叩いた。
「死ねばいいのに、こんな男。」
由乃がそう吐き捨てた。
「私が欲しくて仕方ないものを持っているくせに。権力も、性別も、愛する人も持っているのでしょう?
何故、鈴子様を解放してくださらないの?
何故、鈴子様を侮辱するの?
鈴子様がどんな気持ちであなたに侍っていたか、考えたことなどないのでしょう?鈴子様がしてきた努力すら知らないあなたは。」
由乃の顔があらわになった。弟が、息を飲んだ。
「由乃、さん?」
弟が由乃の手を掴む。その面は、喜色に塗れていた。
「生きてたんですね!僕、ずっとあなたに言いたいことがー」
弟の言葉は、由乃は、不快そうに手を払ったことで途切れた。
「なに、私たちの幸せを壊した張本人さん。」
弟が唖然と由乃をみる。由乃は私を抱きしめた。
「鈴子様、私、嫌です。私はあなたと共にいたい。」
私はポロポロと涙をながす由乃を抱きしめた。
「ねぇ、由乃。」
私も、もうヤケクソだった。
「私のために、死んでくれる?」
その言葉を真に理解したのは、由乃だけだった。
「はい!」
由乃はニコリと笑って、太ももに隠していたナイフを振り上げた。
「やめろ!」
制止の声が聞こえた。それでも、私たちはやめなかった。
由乃のナイフは深く深く、刺さった。
私の脇腹が、赤く染まった。
そのナイフで由乃は自分の腹を刺した。視界の端に、驚く彼らと両親、家人の姿が見えた。
ぱたり、とカーペットに倒れこんだ私たちは、最後の力を振り絞ってお互いの手を絡めた。
死を嫌い、なんとか生き残ろうと画策していた過去の私が知ったら唖然とするだろう。でも、しあわせだから構わない。
「しあ、わせに…なり、ましょう。」
「ええ、あい、してるわ、よしの。」
最後に見たのは笑顔の由乃。
そうして、私の二度目の人生は燃え尽きた。
ように見えた。
これはいわば最終手段、心中したと見せかけてしまおうという作戦だ。
私たちはお互いに帯の間に色水を仕込んだ。そして、トリック用の刃の部分が引っ込むナイフで腹部を刺したように見せかけ、色水を破る。
帯にも仕掛けがあって、一定の部分だけ裂ける仕様になっていたのだ。
もちろん、協力者の家人は知っているので、後で死体()を回収してもらい、精巧に作り上げた私たちにそっくりな人形を棺に入れてもらい埋葬してもらう。
あとは、人形だとはばれないように家人に演技をしてもらう。
刺す場所は決められているから、失敗しないように何度も何度も練習した。
ダメ元の案で、あんなに人が見ている中で成功するとは思わなかった。
今、私たちはとある下町の茶屋の売り子として生きている。その茶屋は協力者の家人の実家で、私たちのためにと手まわししてくれた。
風の噂で皇太子が私とは別の伯爵家の娘を娶ったと聞いた。あの、例の娘はどうなったのだろうか?
皇太子様が私の兄弟とともに私を死に追いやったという噂はこんな下町まで届いているのだ。社交界ではどのようになっているのやら。
私は伯爵家を捨て、身分を捨て、生活の質もぐっと落ちた。それでも、私は構わない。最愛の人とともに居られるのだから。
「しあわせですね、鈴子様。」
「ええ、とても。」
叶わぬはずの恋物語の結末としては、最高の一言に尽きる。