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エピローグ 最強の剣

 一樹は軽く素振りをしていた。

 誰にも見られないように、『魔神の封洞』の中でこっそりと。


「んー、よく分かんねーなー。やっぱ勇者の奴にコツとか聞いとけば良かったか?」


 もしこの場に他の誰かがいたのなら、きっと一樹の行動に疑問を覚えていただろう。

 それほどまでに一樹が行っている素振りは異質だった。

 手には何も持っておらず、腕を振ってみても風を切る音さえ聞こえない。だと言うのに、どういうわけか極稀に、剣で斬りつけたような痕が洞窟の壁に刻まれるのだ。

 こればっかりは当事者である一樹にしか分からない。いや、【消去(デリート)】という異能を宿した一樹でなければ絶対に理解できない行動だった。


「なんせ手ごたえが思ってたのと違い過ぎるもんな。刃先も薄っすらとしか見えねぇし。やっぱこれ、ちゃんと使いこなせるようになっとかねぇと危ねーぞ」


 普通の人間には全く見えず、持っている一樹ですら重さを感じることができない、硝子のように透明な剣。まさに『存在しない剣』とも言うべき不思議な物体が一樹の手の中に握られていた。

 その名も【滅剣(ブレイド)】。

 せっかく身につけた異能を使いこなしたいと考えた一樹が、密かに試行錯誤しているうちに編み出した【消去(デリート)】の派生技である。


 実は一樹が手にしたこの異能(ちから)

 思っていた以上に危なっかしくて使い勝手が悪かったのだ。

 ちゃんと狙いや威力を考えた上で発動する分には問題ないのだが、何も考えずに使用すると勝手に最大出力で発動し、一瞬で意識を刈り取られてしまう。

 慣れれば気絶する確率も抑えられるのだが、やはり確実に意識を繋ぎ留められるわけではない。その為、異能の実験はモンスターが入ってこないこの『魔神の封洞』から外に向けて行っていた。

 そこで何とか力の威力や反動を減らせないか、色々と異能の使い方に工夫を用いているうちに、今のような剣状に固定するというやり方を身につけたのだ。


 詳しい部分は検証中だが、どうやら【消去(デリート)】を使うと魔力的な何かを消耗してしまうらしい。そう判断したのは今の一樹に魔力が無いからだが、とにかくそれを使い切ると必然的に意識を失う仕組みになっているようだ。

 しかし【滅剣(ブレイド)】ならばその消耗量を最小限に抑えることができる。そういう事情があって、一樹は積極的に【滅剣(ブレイド)】の訓練を続けていた。


「……しかしこの剣、使いようによっては滅茶苦茶便利だな」


 なにせ相手に認識されない透明の剣だ。奇襲や不意打ちには持って来いである。

 おまけに重さを感じない為、素手とほぼ変わらない速度で好き勝手に振るうことができる。当然、普通の剣を使うのに比べればスタミナの減りも格段に遅い。

 そして何より、刀身が【消去(デリート)】そのままの能力を宿しているので、触れたもの全てを問答無用で消滅させてしまうのだ。まさに最強。

 これならば基本ステータスが低いとしても、ある程度自分の身を守ることができるだろう。前回のように自分を犠牲にしようなどと考える必要は無い。

 一樹はそんなことを考えて、再び剣の扱いに慣れようと力の訓練に励んだ。




「……やっぱり実戦も大切だよなぁ。あと、どうせならドロップアイテムで金儲けも」


 ある程度思い通りに【滅剣(ブレイド)】が使えるようになった後、一樹はトータス村に戻りながらそんなことばかり考えていた。

 心変わりと言っても差し支えない。

 これまでは身の安全を第一に考えていた為、あまり村の外に出たがらなかったが、今は戦闘面においてちょっとした余裕を感じている。

 それ故、今まで無意識に抑え込んでいた欲求が表層意識に浮上してきたのだ。

 すなわち「せっかくのファンタジー世界なんだし楽しまなきゃ損だろ」という、前世の記憶から来るゲームプレイヤーとしての願望である。


「カンナに言ったらすっげぇ勢いで怒られるだろうなぁ」


 なにせイフリートの一件が終わった後、彼女から散々怒鳴られたのだ。

 もう二度と危ないことはするな。絶対に無謀なことはするな。そんな感じのことを何度も復唱させられた。はっきり言って軽いトラウマものである。

 そんな彼女に「ちょっとモンスターを狩りに行くわ」なんて言えばどうなるか。……一樹はその先の結末を想像して冷や汗を流した。

 やはり異能のことも、訓練のことも、実践願望があることも、全て自分だけの秘密にしなければならない。


「誰がどんな風に怒るって?」

「――ッ」


 おいおい。いつからそこにいやがった。

 一樹はそんな焦りを感じながら隣に視線を移した。


「えへへ。ねえ、何の話?」

「……おう」


 当然の如く、そこにはカンナが立っていた。しかも機嫌が良さそうにニコニコと笑っている。頼んでもいないのに一樹の手を握るほどの浮かれっぷりだ。

 しかし騙されてはいけない。それはあくまでも表向きの偽装(フェイク)だ。

 その証拠に目は全く笑ってないし、手を握る力は「メキ……」と音が鳴りそうなほど強い。そう。カンナはミーナと違って非常に短気な女性。些細な悪口さえも見逃さないのだ。


「……イッキ。一体どんなことを考えてたのか知らないけど、あたしに言ったら怒られるようなことを考えていたの? ねえそうなの?」

「ああ、いや、えっと……グリゼリアさんって人、胸がでかくてエロかったなぁ……みたいな?」

「……」


 それはもう冷たい目だった。

 不法投棄されたゴミを見るような、床の隅に追いやられた埃を見るような、およそ人間に向けるべきではない、絶対零度の視線だった。

 大して自分と変わらないステータスしか持っていない筈なのに、どこからそんな力が湧き上がるのか。林檎を潰すゴリラの如く「メキャメキャ」と握力を強めている。

 一樹は悲鳴を上げた。


「……まったく、男って本当にクズなんだから。このクズキ!」

「あ! てめっ、久々に名前言ったと思ったらおもくそ貶しやがったな!? 今の一言で全国の一樹さんを敵に回したと思えよ!?」

「イッキなんて百万人いたって怖くないわよ。全員返り討ちにしてグチャミドロにしてあげるわ」

「グチャミドロ!?」


 この時の一樹はまだ、カンナと自分の違いをよく分かっていなかった。

 正確に言うと、ヒロイン候補の伸び代をあまり考えていなかったのだ。

 あくまでも彼女は勇者パーティとしてもやっていける少女。その成長性は単なる脇役(モブ)である一樹を遥かに超えている。

 彼がその事実を知って意気消沈するのは、もう少し先のお話。


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