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第6話 消去執行人(デストラクター)

前回のあらすじぃ!

ヒーローは遅れてやってくる。と思っていたらなぜかヒロインが来ちゃった!

いやぁ、ふしぎだなー。謎だなー。おかしいなー。

え? 私が何を知っているのかって?

私は何も知りませんよ。貴方が(それ以上はいけない

「……カン……ナ……?」


 どうして。

 何であいつが、こんな所にいるんだ?

 一樹は目の前の少女を見て、絶望したかのように表情を失った。


『くはははっ! 勇者だけを呼んだつもりが、思った以上に集まりおったな! いやぁ愉快愉快!』


 イフリートが楽しそうに笑っている。

 全員が追い詰められたように苦悶の表情を浮かべる中、炎の精霊だけが笑っていた。

 一樹は思わず奥歯を強く噛み締める。

 悔しさのあまり、腹が立った。そして惨めさのあまり、悲しくなった。

 一樹は、自分を許せなかった。


(……誰が、疫病神だ……っ!!)


 この戦場に、カンナがいる。

 この現状を生み出したのは一体誰だ?

 考えるまでもない。

 彼女は一樹という一個人を探す為に、わざわざこの場所までやって来たのだ。

 ならば答えは明白だろう。

 一樹がここにいるから(・・・・・・・・・・)、カンナもまたここに来たのだ。


(……ふざけんなっ)


 ゲームシステム? 物語設定? 強制力?

 そんなの知るか。

 今ここで、大切な家族を危険に晒してしまっている。紛れも無い自分のせいで。

 その事実が、一樹は許せなかった。


(……ふざけんなっ!!)


 自分が死ぬだけなら構わない。それはあくまでも自分の意思で、自分の責任だからだ。

 だけどもし、そこに他人の生死が関わってくるのなら。危険に遭わせてしまうのなら。迷惑をかけてしまうのなら。

 それはただの自己満足。傲慢でしかない。

 もっと噛み砕いて言えば、格好つけてるだけの痛い奴だ。

 しかもそいつは何の力も持たない、何の取り得も無い、何の影響も与えない。

 ただバグッただけの脇役というのだから性質が悪い。

 一樹は自分自身に心の底から腹が立った。


「カンナさん! 駄目だ! 早くここから逃げるんだ!」

「うるさい! 人の心配する前にまずは立ち上がりなさいよ! この馬鹿勇者!」

「馬鹿!?」


 何を血迷ったのか。

 カンナは覚悟を決めたような眼差しで、近くに転がっていた杖を拾った。

 そして一樹にしか分からない合図。アイコンタクトで彼の瞳を真っ直ぐに射抜く。

 その瞬間、一樹は震える唇で「駄目だ……」と呟いた。


「あの……カンナさん? それ私の杖――」

『くはははっ! がはははっ!! まさかそのチンケな棒でこの儂と戦うつもりか?』

「チンケな棒!?」


 グリゼリアの悲痛な叫びはイフリートの獰猛な笑い声によって掻き消される。

 なんとなく打ちひしがれる彼女を素通りして、カンナはイフリートに一歩、また一歩と近付いていった。

 それはまさに自殺行為。さっきまで一樹が行おうとしていたことだ。

 一体何の因果か。何の皮肉なのか。今まさに、彼の目の前でそれが行われようとしている。

 よりにもよって大事な家族が。一樹と同じ思いを抱きながら。


『……小僧。さっきはチャンスをやると言ったな? あれは嘘だ』

「おい!」

『まあ聞け。お前に与えようとしたチャンスをあの小娘にくれてやる。あの小娘が一撃でも儂に攻撃を与えられたら、この場は大人しく引き下がってやろう』

「ふざけんな! それは俺がやる! 俺にやらせろ!」

「いや、僕が!」

「お前は倒すことを考えろや!!」


 イフリートの思わぬ提案に一樹が声を荒げる。

 必死に立ち上がる勇者の言葉を一蹴し、臨戦態勢を取ろうとするカンナに目を見開いた。


「やめろよ……」


 その声はか細く、彼女の下まで届くにはあまりにも頼りない。


『くはははっ! いい目だ! そこの小僧よりも強く輝いておる! 一撃で潰れてくれるなよ?』

「……っ!」


 イフリートにも、カンナにも、一樹の声は聞こえない。

 だがそれは当然だ。

 彼はもう、言葉で語ろうとは思っていないのだから。


(あたしが囮になってる間に……逃げて)


 カンナと視線が交錯した時、確かにそんな言葉が伝わってきた。

 そしてそれは今まさに実行されようとしている。

 自分があまりにも無力なせいで。


――クソがっ!!!


 だからこそ、一樹はどうしようもない現実に苛立ったのだ。

 体の痛みを忘れ、理解する前に動き出すほど。

 煮え滾るマグマのように頭を沸騰させて。

 声にもならない雄叫びを上げながら、一樹は地面を蹴りつけた。





*****



 俺は元々、あの日に一度死んでいる。

 この世界で両親を亡くし、作物を盗んで、狩りの真似事で傷付いて、汚れて、泣いて、絶望して……生きる希望を失った。

 何も感じられなくなって、温かみを忘れて、目の前の世界が灰色に変わった。

 あの日、あの瞬間に、遠藤一樹という脇役(モブ)は死んだんだ。


『……大丈夫?』


 そんな死人に再び命を吹き込んでくれたのは、紛れも無い彼女達だ。

 赤い髪を長く伸ばした、馬鹿みたいにお人好しな親子。

 どうしようもないほど眩しくて、自分とは住む世界、存在そのものが違うと子供ながらに感じていた。本来なら関わること自体なかった筈だ。

 だけど、歩み寄ってくれた。

 彼女達は冷たい人形と化していた俺に、温かい手を差し伸ばしてくれたんだ。

 彼女達は俺にとって、家族という名の恩人だった。


「……クソがっ!!!」


 守りたい。助けたい。

 そう思っているのに、どうしていつも守られてばかりなんだろう。助けられてばかりなんだろう。

 悔しかった。悲しかった。申し訳なかった。

 だから俺は許せない。

 このままカンナを見殺しにしたら、俺は一生自分を許せない!


「ふざけんなぁああああああああああああああああああああああああっ!」


 ボロボロになった体を暴走させ、俺は燃え散る覚悟でイフリートの前に躍り出た。


《――消去(デリート)プログラムを実行します》


 前にも聞いた、あの無機質な声を耳にしながら。





*****



 イフリートは左手から紅蓮の炎を噴き出していた。

 今にも爆発しそうな獄炎を見て、ようやく立ち上がった勇者が瞠目する。

 それは今しがた自分が受けた攻撃――【紅蓮絶炎衝】と同じ予備動作だったからだ。


「不味い! カンナさん! 今すぐ逃げるんだ!」

「はぁああああああああああああああああああああ!」


 一体何が彼女をそこまで突き動かすのか。

 本当は怖いくせに。手足がガクガク震えているくせに。カンナは勇猛果敢に前進する。

 まるで正気の沙汰じゃない。いや、確実に正気じゃない。狂ってしまっている。

 彼女は完全に死ぬつもりだった。


 しかし、彼等は知らない。そして気付けない。

 脇役の代わりにヒロインが死ぬ。

 そんな異常事態(イレギュラー)だからこそ、エラーが発生したからこそ、最後の鍵が回ったことに。


――カチリ。


 一樹は無意識のうちに右手を突き出していた。

 カンナの行く末を遮るように、イフリートと対峙するように向き合って。

 そして気が付けばその名を叫んでいた。

 ただ一言、あのプログラムの名前を。


「【消去(デリート)】」


 瞬間、一樹の右手が光りだす。

 二重十字架(デュアルクロス)の紋章が白く輝き、彼の腕を一種の砲身と化した。


『な、なんだその光は!? 何の力も感じられ――――――――』


 極大の閃光が視界全てを埋め尽くす。

 あまりの眩しさに、その場にいた全員が思わず目を瞑った。

 それからしばらく無音が続き、ようやく目を開けられるようになった頃。


「「「「「………………は?」」」」」


 間の抜けたような五人の声が重なった。

 だが、それも仕方ないことかもしれない。

 なにせ目の前の現実が、それだけ信じられないことになっていたのだから。


『――――』


 無くなっていた。上半身がごっそりと。

 まるで竜に噛み砕かれたと言わんばかりに、イフリートは下半身を残したまま沈黙している。

 一体何が起きたのか。この場に理解できる者はいなかった。

 ……ただ一人を除いては。


「い、イッキ……! これ、一体どうなって――イッキ?」


 怯えるように抱きついた少年の体はあまりにも頼りない。

 カンナは不安を感じて恐る恐る一樹の正面に周りこんだ。


 「……イッキ」


 一樹は表情を青ざめ、白目を剥いたまま気絶していた。





*****



 一樹は不思議な夢を見ていた。

 まるで他人の記憶を横から見ているような、決して自分の物じゃないと思わせる、そんな夢。

 目が覚めたら忘れてしまいそうな、意識からずっと遠退いた場所にある儚い世界。

 彼の目には、もう一人の自分が映っていた。


『……本当は君を消去する筈だった。でもなぜかできなかった。君はこの世界の人間であると同時に、この世界とはかけ離れた存在だったんだ』


 言っている意味はなんとなく分かる。

 一樹自身も心のどこかで、『アースヴェルト』と『元の世界』を区別していたから。

 前世の記憶を持っている彼にとって、『アースヴェルト』は『元の世界』ではなかったから。

 だからもう一人の自分が言っている話も、案外簡単に受け止めることができた。


『次善策は変革された状況の修正だった。しかし、再び予想外の異常事態(イレギュラー)が起きた。どういうわけか、君は消去プログラムによって生み出された存在を取り込み、同一化してしまった』

「……じゃあ、俺が取り込んだのは失った自分の立場じゃなくて――」

『そう。確かに“遠藤一樹”という立場も含まれているけど、実際に君が取り込んだのは消去プログラムそのもの。この世界において絶対無比の破壊装置(デストラクター)、異能にも似た概念武装だ』

「あー……なんか、ごめん」


 突然話のスケールが大きくなったな。めんどくせぇ。

 一樹はそんなことを考えながら、なんとなく場を収める為に謝った。

 しかし反省する気は皆無である。

 なにせ自分は自分だ。ちょっと好きなように動いたくらいで、その存在を否定される覚えはない。だから、決して自分が悪いなんて思わなかった。

 きっと相手もそれを分かっていたのだろう。もう一人の自分は困ったように苦笑した。


『君の……いえ、貴方の行く末を止めるつもりはもうありません。自由気ままに生きてみてください。ただし気をつけてくださいね。貴方がこの世界で生きていく以上、貴方が知っている“現実(せってい)”は続いていきます。そのことを決して忘れないでください』

「……!」


 一体いつ入れ替わったのか。

 一樹が瞬きした瞬間にもう一人の自分は見たこともない美女に変わっていた。

 ふわっふわな金色の髪を靡かせ、慈愛に満ちた紺碧の瞳を細めている、どこかミーナを思わせる優しい風貌。

 それはまるで女神のようで……女神にしては露出度ゼロの緩い白服を身につけている。大抵のゲームではエロい衣装も珍しくないのに。

 その事実を認識した瞬間、一樹は心の中で「……チッ」と舌打ちした。


『えっと……今、なんか邪なこと考えませんでした?』

「いや? 気のせいだろ」

『そ、そうですか。ではさっきの話、ちゃんと覚えていてくださいね』

「ああ。覚えていたらな」


 戸惑うような美女の言葉に対し、一樹は適当に肩を竦めた。

 どんな時でも自分は自分。それはこれまでも、そしてこれからも変わらない。

 だから相手が何者であろうが、この先の行き方を指図されるつもりはなかった。


『……ふふふ。貴方の意思とやらに、少し興味が湧きました』

「そうか。俺はあんたのスリーサイズに興味がある。奇遇だな」

『はい!?』

「冗談だよ。ただ、俺の友達なら『てめぇのおっぱい以外に興味はねぇ!』とか言いそうだけどな」


 ぎょっと仰け反る美女を笑いながら、一樹はそんな軽口を叩いた。

 ……もう話すことはない。

 一樹は一頻り笑って満足すると、彼女から背を向けて歩き出した。

 目の前には全開にされた扉がある。恐らくアレを潜れば、もう二度とここへ来ることはできないだろう。

 だがどうでもいい。所詮さっきの美女もこの空間も、ただの夢でしかないのだから。


「――じゃあな」


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