第5話 運命を変える者
前回のあらすじ
なんか展開がシリアスっぽいからここだけでもコメディーの体裁を保っておくね☆
よく分かんないけど、突然イフリートっていう強そうな魔族がトータス村に現れたんだぁ!
とにかくメイドペロペロ! メイドペロペロ!
ナンシーたんのマジおこが発動してぇ、格好いい場面で勇者リュウト君が登場したの☆
もっと早く来いよクソが★
「おいクソイケメン! 今、魔族の攻撃って言ったか!?」
「クソイケメン!?」
イフリートが村の広場に着地し、夜空に炎光の軌跡を描いた頃。
一樹と勇者は突然の事態に驚きながらも、冷静に現状の把握を行っていた。
もしやこれが恋愛イベントを発生させた代償か!?
この世界の仕組みを知っている一樹は、内心でそんな焦りを覚えながら元凶たる勇者を睨んだ。
しかし、光が落ちた場所からここまで凄まじい声が響き渡る。
『さあて! まだまだ未熟な勇者よ! 今すぐ儂の元に現れよ! でなければすぐにでもこのチンケな村を燃やし尽くしてやろうぞ!』
声の大きさにも驚いたが、その内容にはもっと驚いた。
どうやら魔族らしき相手は勇者が未熟であることと、彼がこの村に滞在していることを知っているらしい。
一樹は思わず「情報駄々漏れじゃねーか!」と呆れながら叫んだ。
同時に、とある疑問が浮かび上がる。
(……相手は本当に恋愛イベントで現れたのか?)
流石にこれは無いと思った。
なぜなら相手の声が止んだ直後に、明らかにバトル開始と思われる戦闘音が聞こえてきたからだ。
恐らく、勇者の仲間達が駆けつけたのだろう。音だけでしか判断できないが、かなりガチな戦いだということがなんとなく伝わってくる。
一樹は「いきなりガチバトルとか厳しくね!?」と冷や汗を流しながら、思い出したようにカンナ達の家へ逆走した。
「どこに行くんだ一樹君!」
「うるせぇえええ! カンナ達を守りに決まってんだろ! てめーはさっさとあの傍迷惑な相手をなんとかしやがれ! できれば相打ちでな!」
「なんか酷くない!?」
勇者は傷付いたように言い返すが、一樹としては当然の態度だと思っている。
なにせこの村に悲劇を呼び込んだのは、間違いなく勇者自身なのだから。
そう。それはこの世界が『アースヴェルト』だと知っている者なら真っ先に至る結論。そして少し考えれば誰でも分かる当然の答えだ。
恋愛イベントだろうが、メインストーリーだろうが関係ない。ここに勇者がいるから戦いという物語が始まったのだ。
未だ正体不明な声の主も言っていた。勇者に向けて自分の元に現れろと。それはつまり、相手が勇者との戦いを望んでいるということ。
もっと大袈裟に言えば、勇者がいるからこの村を訪れたということだ。
冗談じゃない。この疫病神が。
脇役と同時に物語に縛られない存在、『バグキャラ』である一樹は人一倍この理不尽な現実に腹を立てていた。
しかし、この現状を覆せるのも勇者だけだ。
故に一樹は自分の家族を守る為、戦いの全てを勇者パーティに託した。
「……頼んだぞ、勇者!」
「――ああ、頼まれた!」
畜生。後ろ姿だけはカッコイイじゃねーか。
颯爽と走り去る勇者の背中を見送って、一樹はなんとなくそんな愚痴を零した。
家に戻ると、玄関からカンナが泣き付くように飛びついてきた。
「――イッキ! さっきの声は一体なんだったの!?」
「話は後だ! それよりミーナおばさんは!?」
「お、お母さんは……さっき、村長さんのとこに行くって……」
「んなっ!? ……おいおい、マジかよ」
どうやらミーナとは行き違いになったらしい。
焦りを含んだ一樹の問いに、カンナは表情を暗くさせた。
「爆発が起きたの、広場の方だったでしょ? だから、近くに住んでいる人達を避難させなきゃって、村長さんの手伝いに行ったんだと思う」
「……はぁ。流石はお人好し。少しは自分のことを心配しろってんだ」
いつもそうだ。
ミーナは自分よりも他人を優先する。優先してしまう。
例えそれが危険だと分かっていても手を伸ばさずにはいられない。
どんな時でも、どんな状況でも、誰かの為に考えられる。そんな女性だった。
……まるで、勇者のように。
「全くあの人にも困ったもんだぜ。……悪い、ちょっとだけ待っててくれるか?」
「ど、どこ行くの? まさか、広場の方に!?」
「大丈夫。ちょっと見てくるだけだからさ」
「駄目だよ! イッキまでいなくなったら……あたし!」
しっかりと服の裾を握り締めて、カンナは一樹の顔を仰ぎ見た。
同い年の筈なのに、いつの間にか差がついてしまった身長。
今更気付いた事実に一樹は微笑ましさを覚え、優しくカンナの頭を撫で始めた。
「……この辺は村の隅っこだから、じっとしてれば安全だ。絶対家ん中から動くなよ? お前に何かあったら俺がミーナおばさんに怒られる」
「だったらあたしも! イッキは一人だと無茶苦茶なこと仕出かすから、いつも傍にいて監視してろってお母さんに言われてるもん!」
「え? 俺、そんな風に見られてたの!? ……ま、まあ、いいや。とにかく、お前はここ動くな。いいな?」
「あ……こら待て馬鹿イッキ!!」
頭を撫でられて弛緩したのか、カンナの拘束が緩くなった瞬間を一樹は見逃さなかった。
咄嗟に体を反転させてカンナの手を振り解き、そのまま全速力で家の外に飛び出す。
背後から「乙女の純情を弄ぶなぁ!」という意味不明なカンナの怒声を聞きながら、一樹は熱波の渦巻く広場へ向かって走り出した。
「……にしても、一体何が起きてんだ?」
一樹はすっかり変わり映えした大通りに戸惑いを覚えていた。
空気を介して直に伝わる異常な熱気。そして点々と宙を舞う火の粉に、燃え尽きた数件の建物。地面は黒く煤けており、今も尚広場の方で大地を揺らすような衝撃音が響いている。……はっきり言って、自分の暮らしていた村とは思えない。
一樹は辛そうに眉を下げて、それでも立ち止まらずに走り続けた。
「……こりゃ本気でやばいかもな」
ある程度予想していたとは言え、やはり実際に目の当たりにすると言い知れぬ不安が押し寄せてくる。人の気配を全く感じないという状況も一樹に追い討ちを掛けていた。
誰の声も聞こえないのは、この辺りの避難が既に終わってるからだと思いたいが……。
そこまで考えて、一樹はふと足を止める。
「なんだよ……アレ……」
周囲の雰囲気が変わっているせいで距離感が全く掴めなかった。
どうやら知らない間に広場の傍まで辿り着いてしまったらしい。
一樹は無意識に体が震えていたことに気付き、苦笑いを浮かべながら慌てて近くの瓦礫に身を潜めた。そしてもう一度だけ、広場に立ち尽くすその存在を瞳に移す。
『くははははっ! なるほど。未熟とは言え、流石は神託に選ばれし者だ。まさかそのような異能を持っていたとはな!』
「……やれやれ。できれば魔王戦まで取っておきたかったんだけどね」
『くはは! それは残念だったな。しかしその異能……儂を含めた六魔武将にとっては脅威となるが、果たして魔王様にも通じるかな?』
「何? どういう意味だ?」
『くはははっ! これから死ぬ者に知る必要はあるまい!』
そこには軽く三メートルを超える巨漢が立っていた。
全身が灼熱の鎧に覆われ、内側から紅蓮の炎が延々と噴き出している。しかも頭からは二本の角が生えており、「地獄の悪魔」、または「炎の魔人」と言った風貌を醸し出していた。まさにゲームで言うところのボスである。
……あれが勇者の言っていた魔族か! 滅茶苦茶カッケーじゃん!
風の噂だけで実物を見たことが無かった一樹は、今この瞬間に激しい興奮を覚えていた。
「もしかしてあいつ倒すとレアアイテムが手に入るとかそういう感じ? うわぁ。それだけ考えてみると勇者ってかなり美味しいポジションだよな。なんか主人公っぽくチート能力持ってるみたいだし。マジ羨ましいわ」
一樹は他人事のようにそんなことを愚痴りながら、こっそりと広場の反対側を盗み見た。
しかし残念ながらこちら側と似通った状態で、その先に誰かがいるとは思えない。
やっぱり全員の避難が完了しているのか? それとも逆に避難が間に合わなくて……。
つい最悪の事態を想像してしまった一樹は、慌てたように頭を左右に振った。
とにかく、何も成果が見られなかった以上は諦めるしかない。ここは勇者達に任せて、自分も安全地帯に避難しなければ――。
『さらばだ勇者! 滅びの炎で朽ち果てろ! 喰らえぃ! 【紅蓮絶炎衝】!!』
「ぐああああああああああっ! ふ、防ぎきれない!?」
『くはははっ! そのまま灰塵と化すがいい!』
偶然なのか。それとも物語の強制力か。
相手の必殺技らしき獄炎の衝撃波は、ちょうど一樹が隠れている場所を巻き込む形で驀進していた。それも凄まじい速度で。
思わぬ危機に目を見開いた一樹は、奇怪な悲鳴を上げて咄嗟にその場を飛び退いた。
しかし当然、その程度で相手の攻撃を完璧に避けられるわけも無く。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぐばっ!?」
熱波の衝撃に吹き飛ばされた一樹はグルグルと地面の上を回転し、勢い止まることなく広場の壁に激突した。
全身を打撲し、背中に強烈な痛みを受けたせいで、一瞬呼吸の仕方を忘れてしまう。
視界が真っ赤にそまり、頭の奥がチカチカする。眩暈も酷くて上手く体が動かない。
一樹はぼんやりした思考の中で静かな焦燥に襲われた。
――カチリ。
同時に、鍵を回したような金属音が一樹の耳朶に響く。
まるで先程の衝撃でパズルのピースが噛み合った様な……そんな音。
一樹は一瞬だけそのことに疑問を抱き、壁に背中を預けながらなんとかその場を立ち上がった。
『くはははっ! どうやらネズミが一匹迷い込んでいたようだな! 只の人間風情にしては中々に根性が据わっとる! まさかこのイフリート様を前にして恐れずに立ち上がるとはな……褒めてやろう!』
「そんな……一樹君! どうして君が!? カンナさんを守るんじゃなかったのか!?」
立ち上がることに必死で周りがよく見えていなかったが、どうやら不味い状況で再起してしまったらしい。
ようやく現状を認識できた一樹は、イフリートと勇者パーティに向けられる視線を受け止め、疲れたように力無い笑みを浮かべた。
「……お前こそ、そこで何転がってんだよ。それでも勇者か?」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろう。……早くこの場を逃げるんだ」
「え? あの人……確か……」
「嘘……生きてたの?」
「まさか、私達を助ける為にここへ……?」
うつ伏せに倒れていた勇者が驚愕したように目を見開き、その周りで同じように倒れていた三人が困惑を隠さず勝手なことを呟いた。
そんな勇者パーティを一瞥して、一樹はなんとなくこの状況がチュートリアルに似ているなと肩を竦める。そしてこのイベントで誰が死ぬのか悟ってしまい、観念したように小さな溜息を零した。
(……はぁ。やっぱ逃げ切れるもんじゃないってことか)
不思議なことに、あの時ほど抵抗しようとは思わない。
それは自分が犠牲になることで他の誰かが……例えばミーナやカンナが死なずに済むからだろうか。だとしたらこの平静とした気持ちにも納得が行く。むしろ喜んで命を投げ出そうと思うくらいだ。
それで、大切な家族を死の運命から守れるのなら。
『……ふむ。貴様、やけに落ち着いているな? 見たところ何の力も持たない人間のようだが……実に珍しい小僧だ』
「あ? 別におかしなことじゃねーだろ。一度諦めた人間ってのは意外にしぶといもんだ。今知ったばっかだけどな」
『……ほう、なるほど。要は死ぬ覚悟ができているということだな? 儂は武人故にそういった潔い相手には敬意を払う性質だ。どうだ? せめてもの慈悲にチャンスを与えてやろうではないか』
「……駄目だ! 逃げるんだ! 一樹君っ!!」
どうやらイフリートのお気に入りは自分のような自殺志願者らしい。そんなどうしようもない奴に敬意を払うとは物好きにも程がある。
一樹は呆れたように肩を竦めた後、どんなチャンスをくれるんだと茶化すつもりで尋ねようとした――直後。
「――イッキィイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」
今にも泣きそうなほど切ない声で、よく見知った少女の声が轟いた。