第4話 鬼畜ゲーム
前回のあらすじ
勇者はカンナに謝罪すべく、彼女の家を訪れた。
そしてなぜか生きている一樹と邂逅し、全員は間抜けな顔で対峙する。
静寂が支配していた。
「「「「…………」」」」
まるで時間が止まってしまったかのように、四人が沈黙したまま固まっている。
それでいて何分、何時間と感じられる中、誰一人その場を動こうとしない。
特に突然の闖入者である勇者は、完全に生ける彫刻と化していた。
一樹とカンナはなぜか取っ組み合うような形で制止しており、その間でミーナが「あらあらまあまあ」と口元に手を当てている。
なんとも言えないカオスな空間が、一樹達の周りに広がっていた。
(ねぇ、これどういう状況なの?)
(知らねぇ……! 俺は何も知らねぇ……っ!)
長年の付き合いだからこそ成せる業。アイコンタクト。
カンナから伝わる無言の言及に対して、一樹は必死に自分の無実を訴えていた。
そもそもの話、なぜこんな時間に勇者が現れたのか一樹には全く分からないのだ。いくら恋愛イベントが発生したと言っても、何の理由も無しに物語が進むとは考えられない。
つまり、勇者には少なくともこの家に訪れるだけの理由があったということになる。
(おのれ勇者! この家に一体何の用だ……!)
一樹は心底迷惑そうに勇者の顔を睨んだ。
「――」
しかし、勇者は未だに思考停止していた。……まあ無理もないか。
一樹は面倒臭そうに溜息を吐き、それからゆっくりと勇者に近付いていく。そして間抜け面を晒している彼の頭に思い切り拳骨を喰らわせた。
「あいでっ!? ……って、イッキ君!?」
「やっとこっちに戻ってきたか。それと俺はイッキじゃねぇ。一樹だ」
「かずき……双子、ということか?」
「んなわけねーだろ。単なる不本意な渾名だよ」
これ以上自分そっくりの人間なんて見てたまるか。ドッペルゲンガーは一人で十分。
一度自分の立場を奪われかけた一樹は、半ば本気でそんなことを思った。
とは言え、勇者がこんな勘違いをしているのは単にカンナのせいだろう。
一樹は背後で狼狽えているカンナを一瞥した後、馬鹿らしいと言いたげに肩を竦めた。
「そ、それじゃあなんで君がここに――」
「それを聞きたいのはこっちの方だ。まあ、アレだ。俺もちょっとお前に話したいことがある。……とりあえず外に行こうぜ?」
勇者の気持ちも分かるが、今は一刻も早く恋愛イベントを有耶無耶にする必要がある。
そう考えた一樹は素早く勇者と肩を組み、後ろの女性陣に聞かれないよう小声で彼に話しかけた。……もしかしたらもう手遅れかもしれないが。
とにかくこの状況で最も大切なのは、勇者とカンナを近づけさせないことである。
一樹は少し強引に、というか無理矢理勇者を引っ張り出し、家の外まで連れ出した。
「……驚いたよ。君にここまでの力があるなんて」
「お前農民舐めすぎ。所詮プロローグの勇者なんてレベル1の剣士みたいなもんだろ? 十年近く鍬振りまくってた俺と対して違いなんかあるわけねーじゃん」
「プロローグ? レベル1?」
「まあとにかく、俺もそれなりに鍛えてたってこと。……だから俺は今もここにいる」
「!!」
カンナの家から少し離れた場所で、一樹は勇者と向かい合っていた。
勇者の疑問を先読みし、自分は『魔神の欠片』との戦いで死んでいなかったと言外に告げる。そして間髪入れずに勇者の目的を尋ね、自分への疑問をこれ以上持たせないように努めた。
「それで? あんたは何しにあの家を訪れたんだ? それもわざわざこんな夜遅くに。もしかしてフラグでも立てに来たんですか? そうなんだろ? ふざけんな馬鹿野郎」
「……気のせいかな? なんだか君、初めて会った時よりも態度が悪くなったね」
「そりゃあんな場所で放置されたら誰だって怒るわ。今更勇者に様付けする気にはならねーよ」
一樹は自分の死体が埋葬すらされていなかったことを知っている。そして一時的な感情とは言え、確かにその場で激昂したのだ。……まあ、最初から勇者のことはいけ好かないと思っていたが。
一樹は全く悪びれた様子も無く勇者の行いを非難する。すると彼は申し訳無さそうに頭を下げ、謝罪と共にカンナの家に訪れた理由を白状した。
「あの時は本当にすまなかった。僕達は『魔神の欠片』との戦闘で消耗し、死んだと思っていた君を埋葬する余力すら無かったんだ。そして、村の入口で君のことを心配するカンナさんに出会い、酷く申し訳ない気持ちになった。それで色々悩んで、できれば今日のうちに彼女に謝らなければと思ったんだ」
「……そんなに強かったのか? チュートリアルボス」
「チュートリ……? なんのことか良く分からないけど、『魔神の欠片』は強かったよ。それこそ聖剣の力が無ければ奴を倒すことなんてできなかった」
「……ふむ。もしかしてチュートリアルから殺しに来る設定だったのか? 確かにゲーム内容から考えればそんな鬼畜ゲーでもおかしくないが……」
田宮は俺好みの戦闘システムだと言っていた。だとしたらそこまで鬼畜なバトルは展開されないと思うんだが。
そんなことを考えて、一樹は怪訝そうに首を傾げた。
だがその時、村の真ん中に一条の閃光が落ちる。
「――なっ!?」
「――まさか、魔族の攻撃!?」
それぞれの驚愕を示した一樹達は咄嗟に光が見えた方角を警戒した。
*****
『くはははっ! 六魔武将が一人、イフリート様の登場じゃあ!』
村の中央に作られた広場には赤い巨漢が立っていた。
全身から烈火を迸り、その上から灼熱の鎧を纏った精霊――イフリート。
額から二本の螺旋角を生やした男は、紅蓮の瞳を光らせながら愉快そうな笑い声を響かせていた。
『さあて! まだまだ未熟な勇者よ! 今すぐ儂の元に現れよ! でなければすぐにでもこのチンケな村を燃やし尽くしてやろうぞ!』
「待ちなさい! 【凍てつく風よ。彼の者に永久の苦痛を与えたまえ――アイシクルウィンド】!」
『むっ! こんな辺境に魔法使いだと!?』
高らかに咆えるイフリート目掛け、突如氷の魔法が襲い掛かる。
凍てつく風とはよく言ったもので、その風は村の一角から広場全域を瞬く間に薄氷の中に閉じ込めてしまった。
……今も尚赤く彩られたイフリートを除いて。
「やはり高位魔族、それも精霊が相手だと魔法は殆ど効きませんか!」
「だったら物理攻撃で仕留めるのみよ! 【拘束せよ――チェインバインド】!」
「新島流メイド術――【蒼波水月】」
グリゼリアの魔法をものともしなかったイフリートに対し、ナンシーが拘束魔法を展開。白い鎖が何も無い空間から大量に出現し、燃える巨躯を縛り付けた。
そして動きが止まったイフリート目掛けて晴香が正面切って突撃する。
『くはははっ! そうか貴様等、さては勇者の仲間だな!? 奴――いや、聖剣抜きで儂を倒そうなど甘く見るにも程があるぞ!』
「勿論それは存じています。メイドですから」
一瞬にして白鎖を溶かし砕いたイフリートが業火の腕を振りかぶる。しかし晴香はそれを数ミリの差で回避し、メイド服を焦がしながらイフリートの懐へ接近した。
『……むっ!? その技は……!』
黒髪を靡かせ、晴香は助走の勢いでイフリートの頭上まで跳躍する。そして水の魔力を纏っているのか、蒼い輝きを放つ片足で思い切り踵落としを繰り出した。
直後、三日月のような青い軌跡が宙に描かれ、イフリートの右肩に衝撃が走る。続けて爆発にも似た音と共に、彼の体が後退した。
「……ふぅ。大事な服に穴が開いてしまいました。これは割とお気に入りでしたのに」
「え? でも晴香さん、同じ服を何着も持っていませんでしたっけ?」
「いえ。他の物はスカートの部分にフリルが付いていないのです。しかも胸元にリボンが付いているのもこれだけで――」
「そんな話はどうでもいいでしょ!? ほら、グリさん! 晴香! 次行くわよ!」
やや気の抜けた会話をナンシーが強制的に終わらせる。そして何事も無かったように距離を詰めるイフリートに再び拘束魔法を展開させた。
「【拘束せよ――チェインバインド】!」
『それはもう効かぬわ! 喰らえ。【魔炎の咆哮】!!』
イフリートは軽く息を吸い込んだ後、凄まじい火炎を吐き出した。
一瞬にして広場の氷が消滅し、辺りを緋色に照らし出す。そしてナンシーが呼び出した鎖を全て飲み込みながら、逃げる彼女達を猛追した。
「ちょっ!? ヤバイヤバイ! 何なのアレ! 長文詠唱の魔法よりもヤバイわよ!?」
「グリゼリア! 早く防御魔法を! ナンシーも落ち着きなさい!」
「く……っ! 【出でよ、水流の盾――アクアシールド】!」
グリゼリアが咄嗟に展開したのは、ぶ厚い水によって構成された半球状の盾だった。
まるで滝が逆流するように地面から水が湧き出し、延々と彼女達三人を包み込んでいる。
だが、それでも敵の攻撃を防ぐにはまだ足りない。
そこでナンシーがグリゼリアの背中に触れて、彼女の基礎能力を高める補助魔法を展開させた。
「【彼の者に慈愛の祝福を与えん――メンタルアッパー】」
「ありがとうございますナンシーさん! はぁあああああああああっ!!」
紅蓮の炎槍は青白い水膜と衝突し、幾多に分断されながら直進する。
結果、全ての火炎は彼女達を通りすぎ、その背後で大爆発を起こした。
『……くはははっ! 良く耐えた! しかしこれでは儂の楽しみが無くなってしまうなぁ!』
「……そんなっ!?」
「嘘でしょ……」
「……くっ!」
イフリートの目に映るのは次々に燃え広がっていく村の景色。
時折村人らしき絶叫が響き渡り、子供の泣き声が飛び交った。
グリゼリアが涙目を浮かべながら水魔法を使おうとするが、その前にイフリートが動き出す。そして燃える豪腕で地面を殴り、彼女達の周りに巨大な火柱を複数出現させた。
『くははははっ! 攻めるか守るか! さてどうする!? どの道儂を倒さねばこの村は灰になるぞ!』
「なんて非道な……!」
『非道? 違うな。これこそが儂の存在意義。これこそが儂の魔道だ!!』
晴香の呟きを笑いながら一蹴し、イフリートは燃える村を眺めていた。
目に見えるものを燃やし、焼き払い、灰塵と化す。
全てを炎で支配する。それこそが火の精霊であるイフリートの本懐だ。
そんな彼を睨みつけ、勇者パーティの中で最も幼いナンシーが咆えた。
「ふざけんじゃないわよ! あんたが何を生き甲斐にしてるか知らないけどね、そんな自分勝手な理由で他人の命を巻き込むな!」
『……ほう? 言うではないか小娘。しかし貴様は何も分かっていない。精霊とは自然そのもの。そして自然とは世の理だ。人間にこの摂理を覆すことなどできん』
「グリゼリア――!」
「――はい!」
イフリートの注意がナンシーに向いている間に晴香とグリゼリアが動き出した。
グリゼリアの氷魔力と晴香の水魔力が融合し、蒼白の光が迸る。
「「【蒼氷激流波】!!」」
お互いに最大魔力を注ぎ込んだその攻撃は、周囲の炎柱を消し去るだけでは留まらず、広場全体に無数の氷刃を生やさせた。
流石に自前の炎で溶かしきれなかったのか、イフリートの鎧に傷が付く。同時に彼の口から苦悶の声が零れた。
『……ちぃ! 類似魔力による相乗効果か! 小賢しい真似を……! だがこれで貴様等二人は動けぬ筈! 終わったな!』
「――そうでもないさ」
『なっ!?』
即座に体勢を整えたイフリートは止めとばかりに拳を握る。
だがその瞬間、横から何かが通りすぎて白い剣閃を走らせた。
「皆……遅れてごめん」
「リュウト!」「リュウトさん!」「リュウト様……!」
『くははは! くははははっ!! そうか! 貴様が勇者か! 待っていたぞ!』
先程の一撃で切り落とされたのか、イフリートは地面に落ちた右腕を見下ろし高らかに笑った。そして目の前に対峙する勇者を観察し、彼が構える聖剣を睨みつける。
『忌々しい女神の残りカスが……ここで引導を渡してくれる!』
「それはこちらの台詞だ! 行くぞ!」
勇者は白銀の剣を握り締め、迫り来るイフリートと激突した。
第一話 前半に加筆修正を加えました。