第3話 『悲しむ少女に謝ろう』
今回は物語視点です。
次回からまたバグ視点に戻ります。
『あの、イッキはどうしたんですか? 貴方達の道案内をしていた筈なんですけど』
自らをカンナと名乗った少女は、落ち着きの無い態度でイッキという農民を探していた。
僕達は何も言うことができず、卑怯にもその場で俯くことしかできない。
それでも何か言わなければと思って口を開くも、そこから出た言葉は「すまない」という謝罪にもならない一言だけだった。
「……リュウトさん。自分ばかり責めないでください」
「だけど、僕は……」
賢者のグリゼリア、通称グリさんの慰めを耳にしても僕は元気を出すことができなかった。
当然だ。そんな簡単に割り切れるものじゃない。
イッキという農民がいないと分かった瞬間、カンナさんが浮かべた絶望の表情。
僕はどうしても彼女の顔を忘れることができなかった。
そして彼女にそんな顔をさせたのは、紛れもない僕なんだ。
「僕が……イッキ君を殺したんだ」
「違う! リュウトが殺したんじゃない! あれは仕方のないことだったのよ!」
「そのとおりです。『魔神の欠片』の攻撃はあまりにも唐突過ぎました。まさか私達には目もくれず、真っ先に彼を狙うとは……」
「だけど、僕は彼に安心してくれと言ったんだぞ!? それなのに……僕は……っ!!」
ああ、僕は最低だ。
法術師のナンシーとメイドの晴香さんにまで怒鳴ってしまった。
これじゃただの八つ当たりと変わらないじゃないか。
「ちょっと……風に当たってくる」
「リュウトさん!?」
僕は仲間達の制止の声も聞かず、衝動的に村の宿から飛び出した。
別にどこにも行くあてはないけれど、それでもあの場所でじっとしていることなんてできない。……いや、違うな。
グリさん。ナンシー。晴香さん。昔からの幼なじみ達に慰められ、それを受け入れることを僕は恐れたんだ。
だって、これは一生背負っていかなくちゃならない僕の罪なんだから。
「……くそっ!」
僕は腰に差してある聖剣に触れ、自分の情けなさに思わず腹が立った。
もしもあの時、彼の忠告を素直に聞き入れていたら……!
僕は改めて自分が思い上がっていたのだと思い知らされた。
「何が勇者だよ。……くだらない」
僕には力があった。
物心ついた時から魔法が使えたし、他の人にはない異能まで宿していた。
だから教会から神託を受けた時は半ば当然だと思っていたし、勇者に選ばれたことを誇りにも感じていた。
だけど、そんなのはただの傲慢でしかない。
僕は今まで自分の世界しか知らなかった。もっと言えば、世の中は僕の思い通りになるとさえ思っていた。
そんな風に驕っていたから、彼をみすみす死なせることになってしまったんだ。
「なあ、カンナの奴どうしたんだ?」
「さあ? 何があったか知らないけど、ああやってずっと村の入口に立ってるんだよ」
「モンスターが出たら危ないからって注意したんだけど、全然聞く耳持たなかったなぁ」
「大丈夫かなぁ。なんか思いつめている感じがしたんだけど」
そんな会話が唐突に聞こえて、僕は不意に俯いていた顔を上げた。
「まさか、僕達が宿に戻ったあともずっと……?」
僕は衝撃を受けた。
だって、あれから軽く一時間以上は経過している。
それでも彼女はイッキ君を待っているのだ。
必ず彼が帰ってくると、信じているのだ。
僕はカンナさんの健気さに心打たれ、そして心の底から申し訳ない気持ちになった。
「……ちゃんと、謝らないと」
思えば、僕は彼女に対して何が「すまない」のか一度も説明していない。
勿論、彼女の反応から考えてある程度事情は伝わったと思うけど、それでもきちんと僕の口からは告げていないのだ。
僕が……イッキ君を助けられなかったという事実を。
「あの――」
だけど、言えなかった。
「イッキ……何してんのよ……」
今にも心が折れそうになっているカンナさんの姿を見て、僕は真実を告げることができなかった。
今ここで謝るのは簡単だ。だけど、それは彼女に追い討ちを掛けることになる。もしかすると僕の行動一つで彼女の心に消えない傷が残るかもしれない。
彼女がある程度落ち着くまで、それか上手い謝り方が見つかるまでは時間を置いた方がいい。そう判断して、僕は一旦仲間達が待っている宿へ戻ることにした。
「――そうですか。そんなことが……」
宿に戻ってカンナさんのことを相談すると、グリさんが悲しそうに涙を浮かべた。
彼女は人一倍感受性が強い人だから、カンナさんの気持ちが少しばかり理解できるんだろう。他人の為に涙を流せるなんて、グリさんは本当に優しい人だ。
時々犯罪者に同情して甘い判断をすることもあるけど、こういう優しさは嫌いじゃない。
僕は使っていないハンカチを取り出してグリさんの涙を拭いてあげた。
「あ、す、すみません! 気を遣わせてしまって……!」
「ううん。気にしなくて良いよ。僕が好きでやってるんだから」
「あうぅ……」
うーん。やっぱり無闇に女性に触れるべきじゃなかったのかな?
グリさんは照れたように顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「こほんっ! とにかく、リュウトの話は良く分かったわ! 要はカンナさんという人を慰めてあげたいのね?」
グリさんの様子を心配していると、ナンシーが突然咳払いをして会話に参加してきた。
そこまでは良かったんだけど、その内容にぎょっと驚かされてしまう。
……僕がカンナさんを慰めたい? 一体どういう話の聞き方をしたらそんな結論になるんだ?
そんな僕の疑問を読み取ったのか、晴香さんが呆れたような溜息を吐いた。
「カンナさんを元気付けてあげたい。そんな思いが駄々漏れでしたよ、リュウト様」
「え? そうなの!?」
「……はぁ。やっぱり無自覚なのですね」
無自覚も何も、僕はただ有りのまま見たことを皆に話しただけだ。
そもそも僕自身、カンナさんにそんな感情を抱いているなんて知らなかった。
自分でも気付かないことを、どうしてそんな風に断言できるんだろう。
……こう言っちゃなんだけど、ナンシーと晴香さんの勘違いじゃないのかな?
「リュウト様。失礼ながらはっきりと言わせていただきます。……貴方は鈍感すぎる。相手の気持ちに対しても、自分の気持ちに対しても」
「そ、そうかな……?」
「はい。しかも性質の悪いことに、相手の痛みに対しては嘘のように敏感すぎる」
「――」
「その優しさは貴方の美徳ですが、同時に弱点でもあります。……あまり背負いすぎないでください」
一瞬、過去の記憶が脳裏を過ぎった。
自分の病気を必死に隠そうとしていた、今は亡き母の気丈な笑顔。
自分の悲しみを必死に押し殺そうとしていた、誇り高き父の顔。
リュウト・ハジマという人間は、痛みと悲しみの中で生きてきた。
恐らく僕が相手の痛みに敏感なのは……そういった環境の中で育ったせいだろう。
「……晴香さんの言うとおりだ。僕は、カンナさんに立ち直って欲しいと思ってる」
「リュウト様……」
「リュウト……」
「リュウトさん……」
皆が心配するように僕の名前を呼んでくる。
だけど、これが僕の本心なんだ。一度定まった気持ちは変わらない。
僕は佇まいを正して、ようやく気付けた自分の意思を改めて皆に伝え直した。
「僕はね、助けられるものなら助けてあげたいと思っている。それも僕のせいで悲しんでいる相手なら、尚更」
「だからそれは――」
「どんな理由があっても、僕達が彼を守れなかった事実は変わらないんだ。その罪からは、決して逃げることはできない」
ナンシーの言葉を遮り、僕は話を続ける。
「皆のおかげで決心がついたよ。……僕は、自分の罪を明らかにした上で彼女を元気付けたいと思う」
「ちょっ! それは流石に難しいんじゃ……」
「グリゼリアの言うとおりです。何事も真摯な態度で挑めば解決するというわけではないのですよ」
「……分かってる。だけど、一番辛いのは何も分からないまま待ち続けることだと思うんだ。だから、例え恨まれることになったとしても、彼女には知っておいて欲しい。まずはそこからだと思う」
最悪、彼女が僕を憎むことで救われるなら、そうするべきだと思っている。……まあ、流石にこれは皆に言えないことだけど。
「じゃあ、これから彼女の家に行ってみるよ。場所はさっき村の人達から教えてもらったしね」
「……はぁ。要は最初からそのつもりだったわけですね。一体何の為の相談だったんだか……」
また晴香さんが呆れたような溜息を吐いている。なんか申し訳ない。
僕は皆にお礼を言った後、すっかり暗くなった宿の外へと飛び出した。
そして少しだけ迷いながらもカンナさんの家に辿り着き、深呼吸。覚悟を決めて玄関の扉をノックする。
「はいはい今出ます」
遅れてもう一度扉を叩いてみると、家の中からそんな声が聞こえた。
どうやら無意識に家の人を急かしてしまったらしい。
しかしそのことを後悔する間もなく扉は開かれ、
「――」
瞬く間に閉められた。
……あれ?
一体何があったのか分からず、僕はなんとなく扉の傍に立って中の会話を盗み聞く。
すると慌てたような男の声で「パン工場」だの「アンパン」だのパンの話が聞こえてきた。
もしかすると家の人は今パンを焼いてる最中なのかもしれない。いや、だとしても何も言わずに扉を閉めるのはどうなんだろう?
それに、家の中からは取り乱している女性の声も聞こえている。間違いない。これはカンナさんの声だ!
僕は半ば悪いと思いつつも、勝手に扉を開けさせてもらった。
「あのー、すみません! どうしてさっき扉を閉めたんですか!?」
直後、玄関傍に集まっていた三人が一斉に僕の方を振り向いた。
「あ」
「あ」
「あ」
この時の僕は気付けなかった。
この先に、まさかあんな惨劇が待っていたなんて……。
ナンシーの口調、変えました。




