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第2話 勇者(あくま)が来たりて死を招く

「お母さんただいまー! 馬鹿イッキを確保してきたよー!」

「誰が馬鹿イッキだ。あと確保って言い方やめてくれる? 俺無実だから」


 カンナはしっかりと一樹の手を握り、元気良く玄関の扉を開けた。

 すると家の中からカンナの母親、ミーナが現れて二人を笑顔で出迎えてくれる。

 そんな彼女の姿を見て、一樹はほんの少しだけバツが悪そうに顔を逸らした。


「あらあら、今日は遅かったのね。カンナ、一樹……おかえりなさい」

「……ああ。ただいま、ミーナおばさん」

「ふふふ。勇者との短い旅は楽しかったかしら? 勝手に飛び出しちゃったから心配したのよ?」

「それは……ごめん。反省してる」


 流石は親子と言うべきか。ミーナとカンナはよく似ている。

 ミーナはそっと一樹の頬に手を添えると、そのままこつん、と優しい頭突きをしてきた。

 額を密着させながら心配してくる彼女に、一樹は申し訳無さそうな表情を浮かべる。

 その直後、カンナが突然不満そうに唇を尖らせた。


「あれぇ? イッキ、私の時と態度違くない?」

「ふふふ。一樹は大人に甘えたい年頃なのよね?」

「うっわ! まさかのマザコン!? ちょっと勘弁してよ……」

「あの……結構真面目に謝ってるんで茶化さないでもらえます? あと俺、もう十六歳。世間的には大人の仲間入りだから。大人に甘えるとか普通に無いから」

「あら、何を言ってるの? 貴方が大人になるなんて有り得ないじゃない」

「そうよ。イッキは一生イッキのままなんだから。無駄に大人ぶるのは良くないよ?」

「何さらっと酷いこと言ってんの!? お願いだから『この人何言ってるのかしら?』みたいな顔で見るのやめて!」


 全く、相変わらずこの二人には敵わない。

 さっきまで落ち込んでいた一樹はすっかり普段の調子を取り戻し、カンナ達親子のからかいに諦念の溜息を吐いた。

 決して自慢できることではないが、家族カースト最下位の立場は伊達じゃないのだ。


「……さて、一樹が反省したところでごはんにしましょうか。今日の料理は自信作なのよ?」

「わーい! お母さんのごはん、あたし大好き!」

「ふふふ。二人共早く手を洗ってらっしゃい」

「はーい! ほら、イッキも行くよ!」

「ちょっ、急に引っ張んなって!」


 ……恐らく、何も変わっていないのだろう。

 密かに『バグキャラ』の影響を恐れていた一樹は、周りの人々がいつも通りに接してくれることに安堵を覚えていた。

 特に、自分を受け入れてくれたミーナに対しては。


「ん? どうしたのイッキ。そんな気持ち悪い顔して」

「あれ!? 普通に笑ってただけなんだけど!?」


 一樹は物心ついた時から一人だった。

 当時は小さかったのでよく覚えてないが、どうやら狩人だった両親が村の外でモンスターに襲われたらしい。そのせいで一樹は幼い身ながら一人暮らしを余儀なくされたのだ。

 しかしそんな一樹に同情してくれたのか、身寄りのない彼をミーナが家族として迎え入れてくれた。そして忘れかけていた「家族の温かさ」を思い出させてくれたのである。

 一樹にとって、ミーナは家族という名の恩人だった。


「ところでイッキ。ずっと聞きたかったんだけど、なんで勇者様の案内役なんて買って出たの? 昔から村の外に出るの嫌がってたじゃない」

「ん? あー、あれね。なんていうか……その、因果律の呪い?」

「何それ?」

「知らん。適当に言ってみただけ」


 まさか「物語の強制力に従っていた」なんて言っても信用してもらえまい。

 一樹は洗面所で手を洗いながら、適当にカンナの質問をはぐらかした。

 しかし、我ながらよく前世の記憶を思い出せたものである。それもイベントが起きるあの土壇場で。

 もしあそこで記憶が戻っていなかったら今頃自分は死んでいたのだろうか。そんなことを考えて、一樹はふと田宮の言葉を思いだした。


――恋愛イベントを達成するたびに脇役が一人死んでいく。


「……勇者ってまだこの村に留まってるよな。なんですぐに出て行かないんだ?」

「え? いや、もう夕方だからでしょ? 今出て行ったら森の中で野宿することになるじゃない」

「あ、ああ……なんだ。そういうことか」


 一樹の独り言を聞いていたカンナが何てこと無いように答える。それを聞いた一樹は安心したように頷いて、さっさと食卓に向かうことにした。


(まさかチュートリアルが恋愛フラグの布石だなんて……流石に考えすぎだよな)


 田宮の話を信じるなら、あくまでも脇役が死ぬのは恋愛イベントに限る筈だ。しかし一樹は普通の、それも序盤のストーリーイベントで死ぬ運命を辿った。

 それがあの取り巻き三人に関するイベントならばまだ良い。自分の死であのクソパーティがイチャイチャするのは許せないが、それでも別の可能性に比べればまだマシなのだ。

 もしもあのチュートリアルがこれから起きる恋愛イベントの布石だとしたら……。

 一樹は頭を振って、その先を考えるのをやめた。


「わー! 美味しそう!」

「おお! 確かに今日はいつもより豪勢だな!」

「ふふふ。当然よ。だって今日は特別な日だからね」

「特別な日?」


 食卓には普段と違って肉料理が沢山並んでいた。

 いつも野菜やイモ類が中心なだけに、食べ盛りな一樹達は興奮気味だ。

 そんな二人を温かい眼差しで見ていたミーナは朗らかな笑みを浮かべた。


「ええ。だって今日は一樹が家族になった日。貴方と娘が初めて出会った日ですもの」

「全くイッキってば、毎年祝ってるのになんですぐ忘れちゃうかなぁ?」

「いや、お前だって忘れてただろ!?」

「忘れてませーん! だからわざわざ外でイッキの帰りを待ってたんですー!」

「……うぐぅ!?」


 カンナに半眼で睨まれ、咄嗟に反論する一樹。

 しかし村の外で彼女に泣き付かれたことを思い出し、すぐに言い負かされてしまった。

 どうやら本当に「今日のイベント」を忘れていたのは一樹だけだったらしい。

 こんな失態を繰り返しているから家族カーストがマイナスされていくのである。


「ふふふ。じゃあ料理が冷めないうちに皆でいただきましょうか」

「はーい! いただきふぁーす!」

「おいコラ! フライングすんな!」

「まあまあ。一樹もほら、このコロッケなんか美味しいわよ?」


 日が沈んで夜を迎える中、一樹達は明るい食卓を囲んでいた。

 滅多に食べられない鹿肉のステーキを頬張り、ミーナオリジナルのコロッケを遠慮なく口に運ぶ。そして食後のデザートを心ゆくまで味わい、一樹は満足したとばかりに一息ついた。


「――はぁ! 食った食った。やっぱりミーナおばさんの手料理は最高だなぁ!」

「ふふふ。ありがと。だけど一樹が沢山食べてたコロッケ、実はあの中にカンナが作ったものも混じっていたのよ?」

「え? 嘘!? そんなジョーカーが混じってたの!?」

「ねえそれどういう意味? ねえイッキ? どういう意味?」

「ちょっ、お腹押さないで。今パンパンに膨れてるから。リバースしちゃうから」


 食事が終わっても彼等の賑やかさは止まらない。

 一樹は本当に彼女達の家族になれて良かったと思った。……カンナのボディブロウを全力で躱しながら。

 そんな時、外から玄関の扉を叩くような音が聞こえた。


「あら、こんな時間に誰かしら?」

「あ、俺が見てくるよ!」

「おいコラ。逃げんな馬鹿イッキ!」


 カンナの猛攻から逃げる為、一樹は自分から進んで玄関に向かった。

 再度扉を叩く音が聞こえ、一樹は「はいはい今出ます」と答えて扉を開ける。


「――」


 そして光の速さで扉を閉めた。


(なんでてめぇがここにいるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!)


 脇役にとって死神同然の存在(ゆうしゃ)が、どういうわけかこの家を訪れている。

 一樹は全身の毛穴から冷や汗を流して、現状を把握すべく頭の中をフル回転させた。


「イッキー、誰が来てたのー?」

「いや全然!? 誰もいなかったよ! もしかしたらピンポンダッシュかもしれねーなー!?」

「ピンポンダッシュ?」

「あ、こっちの世界じゃノックダッシュって言った方が良いのか? まあとにかく、ただの悪戯だったってこと! お前が気にする必要はない!」


 未だに何が起きているのか理解できないが、一つだけはっきりしていることがある。

 一樹は完全に挙動不審になりながらも、できるだけカンナを玄関に近づけないよう努力した。

 ……彼女をあの勇者(クソイケメン)と会わせない為に。


「ちょっとどうしたの? あんた酷い顔よ?」

「だ、大丈夫。パン工場で新しいの焼いてもらえば大丈夫」

「え? 焼くって何を?」

「アンパンだよ! 決まってんだろ!?」

「なんで怒ってんの!?」


 一樹はこれ以上ない程に焦っていた。

 焦りすぎて頭の中がおかしくなっていた。

 おかしすぎてドン引きしたミーナ達から心配されていた。


「やっぱりカンナのコロッケがいけなかったのかしら……」

「やっぱりって何!? ねえ、これあたしのせいなの!?」


 しかし、一樹が混乱するのも無理はない。

 なにせ、今まさに始まろうとしているのだから。


「あのー、すみません! どうしてさっき扉を閉めたんですか!?」

「あ」

「あ」

「あ」


 大量虐殺恋愛ゲームの見所。

 すなわち、脇役(モブ)殺しの恋愛イベントが。


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