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第13話 敗北の味は鉄のようで――

「【消去(デリート)】!」


 真っ先に仕掛けたのは一樹の方だった。

 気絶しないよう威力は抑え目にしているが、右手から撃ち出されたのはゴブリンに使ったものとは比較にならない極大の閃光。それが全てを呑み込みながら驀進し、静かに一樹を見つめていた“魔猿”との距離を詰めていく。

 一撃必殺。速度は最高。当たればそれだけでお終いだ。

 見ただけでも“魔猿”の身体全体を覆い尽くしそうな破壊の一撃が、辺りの闇を纏めて白く染め上げる。


『――ボァアア!』


 どうやら本当に【消去(デリート)】そのものから脅威となるような力は感じられないらしい。

 まるで「馬鹿め」とでも言いたげな余裕ある笑みを浮かべながら、“魔猿”は閃光を殴り飛ばすように炎を纏った右腕を突き出した。

 瞬間。


『――ッ!?』


 咄嗟に位置をずらしたのは、獣が持つ本能の成せる業か。

 “魔猿”は右腕を庇うように身を捻り、背を仰け反りながら光を躱す。けれど、それでも完全には避けきれずに、脇腹を少し抉られたようだ。

 飛び散る血飛沫も全て光の軌跡に掻き消され、“魔猿”は無様に倒れ伏す。


『ボァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 直後。

 思いがけない痛みと怒りで我を忘れたのか、“魔猿”の口から凄まじい咆哮が放たれた。

 魔力を帯びたそれは十分な威力を伴う砲撃(ハウル)となり、一樹の身体を容赦なく後方へ吹き飛ばす。


「――ッ! もうその手は食わねぇよ!」


 一樹は【滅剣(ブレイド)】を使用する。

 不可視の刀身は衝撃波すらも無かった(・・・・)ことにして、一樹を守る盾となった。

 そしてその際に一樹は森の木々に身を隠し、距離を取りつつ“魔猿”の背後に狙いを定めた。


『ボア!』


 全てを滅する光を前に、障害物は意味をなさない。

 ならば存分に障害物を利用して一方的に攻撃を重ねる。それが“魔猿”に対抗できる唯一の戦い方のはずだ。

 一樹はお返しとばかりに咆哮し、三度の閃光を撃ち出した。


「デリィィトォォォオオオオオオ!」

『――ボァアアアアアアアアアアアアア!』


 極大の光があらゆるものを呑み込んでいく。

 地面を抉り、大気を食らい、夜の闇すら消し飛ばして、何もかもを滅ぼしていく。

 だけど“魔猿”の姿が消えたのは、どうやら別の理由らしい。


「飛んだ!?」


 “魔猿”の右腕は、肥大する。

 それは大気中から魔素を取り込み、圧縮することで破壊的な力を生み出すためだ。

 そして右腕から撃ち出されたそれは、自らを高速で移動させるほどの推進力も生み出していた。

 “魔猿”は、遥か空中に身を寄せながら、一樹を見下すように俯いた。


『ボアアアアアアアアア!』


 右腕が纏うのは炎。

 まるで全てを焼き尽くすような、赤い光。

 高熱を伴う閃光が、“魔猿”の右手から撃ち出された。

 その名は【バーナー・レイ】

 取り込んだ魔素を炎の魔力に変えて、肥大化した右腕から撃ち出す灰燼の力。

 その攻撃は奇しくも、一樹の力によく似ていた。


「くっそがぁああああああ!」


 上空から落ちてくる炎の奔流。

 逃げても無駄だと言う以前に、あれを放っておけばこの森そのものが燃やし尽くされるかもしれない。

 それだけは駄目だ。それでは何のためにここへやって来たのか分からなくなる。

 薬草だけは、絶対に死守しなければいけない。

 子供たちを、助けるために。


 一樹は、意識の半分が削られるような感覚に襲われながら限界ギリギリの【消去デリート】を行使した。


 赤と白の閃光が、森の上空で交差する。


 そして互いの力の性質上、白の閃光が圧倒した。

 力の拮抗すら許すことなく、炎の全てを呑み込んで夜の空を切り裂いていく。


 けれど。


 “魔猿”はその間に一樹の元へ落下しながら、その凶悪な剛腕を振るっていた。


「――――」


 視界が暗転する。

 もしもこの時【滅剣ブレイド】でその身を庇っていなかったら、“魔猿”が右腕の損失を恐れてその場を撤退するという事態にはならなかっただろう。

 だがここで意識を手放した一樹には、一体何が起こったのか分からなかった。

 ただ、自分が敗北したのだという事実を除いては。




 *****




――おかしな力を使う人間だった。


 怒りの炎は既に静まり、今は冷静に理性が働いている。

 ドラゴンエイプは左手だけで器用に木の枝を飛び移り、先程の人間のことを考えていた。

 まさか、あの巨大な炎を消し去ったのはあの人間だったのかと。

 およそ何の力も感じない、戦士としてはあまりにも未熟な人間が、炎の精霊に打ち勝ったのかと。

 信じられないような、信じたくないような、けれどどこか納得してしまう心に戸惑いながら、ただそれだけを考えていた。


『――ボア』


 もしあの時。最後まであの人間を攻撃していたならどうなっていただろう。

 それは考えるまでもない。どちらにせよこちらが勝利を掴んだはずだ。

 ただ、あの見えない何か(・・)によってこの右腕を失っただけで。

 そう思いながら見下ろす右手には、親指一本しか残されていない。残り四本の指は全て、あの理解しがたい力によって切り落とされてしまった。

 まるで見えない剣で切り裂かれていくような痛み。辛うじて分かったのはそれだけだ。


『オ モ シ ロ イ』


 炎の精霊は武人だった。故に強者との戦いに歓喜する。

 そしてその性質は、少なからず炎の魔獣にも存在した。


 だから、あえて生かしたのだ。


 もしも奴が今より戦士として強くなったら。その時こそ我が身に宿る炎の力で焼き尽くしてやろう。

 かつてこの地で死闘を演じた二人の人間のように、圧倒的な力の差で殺してやろう。

 “魔猿”は強者との戦いに楽しみを見出す。

 そして強者と呼ばれた者たちが、自分の手で死んでいく様を見るのが堪らなく好きだった。


『オ ボ エ タ ゾ』


 この胸に宿る熱き思いも。この右手に刻まれた確かな傷も。未だ脇腹に襲う鋭い痛みも。

 全て魂に記憶しておこう。

 そして今より強くなるために、新たな炎を探すのだ。

 ドラゴンエイプは、笑っていた。

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