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第1話 狂った世界とバグッた脇役

――恋愛系アクションゲーム『アースヴェルト』。


 それは名前の通り、恋愛要素を多分に含んでいるアクション系ファンタジーゲームだ。

 舞台となる『アースヴェルト』という世界で、主人公の勇者リュウトが魔王を倒すまでの王道的な物語を描いている。

 ただ、その道中に大量の恋愛フラグ、イベントなどが用意されており、プレイヤーはどうしても恋愛ゲームとして捉えがちになるらしい。

 その為、愛好家の中では「アクション系恋愛ゲーム」と逆さ読みする者もいるそうだ。


 しかしこのゲーム。他では見られないちょっとした特徴を持っている。

 まず最初に、プレイヤーはゲームを始める前に名前を決めなくてはならない。するとどういうわけか、入力した名前がチュートリアルに出てくる村人に付けられるのだ。

 この時点で多くのプレイヤーが「勇者の名前じゃねーのかよ!」と騙される。

 だがこの件について、製作者は「ちゃんとパッケージに勇者の名前はリュウトだって書いてあるでしょ? だから詐欺ではありません!」と宣ったらしい。やはり苦情は多かったようだ。


 しかし突っ込むところはそれだけではない。

 主人公である勇者リュウト。

 この男、なんと最初から好感度が高い女性を三人も引き連れている。

 貴族だかなんだか知らないが、そう言った関係で古くからの付き合いなのだそうだ。

 ここでプレイヤーの殆どが「好感度上げる楽しみが無ぇじゃねーか!」と憤慨する。


 まあそんなこんなで。

 物語は聖剣を求め、勇者達がとある田舎村を訪れるところから始まる。

 そこで村人が自ら案内役を買って出て、勇者達を『魔神の封洞』と呼ばれるダンジョンまで連れて行くのだ。

 この時勇者達は軽く自己紹介をするのだが、村人は全く覚える気が無いらしく、時々「おい」「お前等」で押し通すという中々に不遜な態度を取り続ける。

 

 そして勇者が聖剣を抜いてチュートリアルバトルが始まると、村人はあっさりと舞台から退場。まるで自分の役目を終えたとばかりに死んでしまう。

 ここで自分の名前を登録していたプレイヤーは「お前、ここで死ぬの!?」と悲しみにも似た驚愕を覚えるわけだ。




「――まあそんなプロローグから始まり、各恋愛イベントを達成するたびに脇役が一人死んでいくことから、このゲームは『突っ込みどころ満載ゲーム』、もしくは『大量虐殺恋愛ゲーム』なんて呼ばれている」

「最悪の評価じゃねーか!! なんだよ大量虐殺恋愛って。ヤンデレより物騒じゃねーか」


 それは前世。

 一樹がまだ別の名前で、別の人生を歩んでいた頃の話。


「いやいや。確かに変わった呼ばれ方をしてるけど、お前が思ってるほど酷いゲームじゃないんだぞ。ただ『殺人事件に遭遇する名探偵か!』ってくらい、勇者がモブの死に目に会ってるだけで」

「いや、それだけで十分酷いゲームだってことが伝わってくるんだけど。……何? 勇者の周りでそんなに事件が起きるの?」


 友人の田宮から長ったらしい説明を聞き、一樹は呆れたように突っ込みを入れた。

 しかし田宮は朗らかに笑いながらも、「そうじゃないんだ」と首を振る。


「実はこのゲーム、単純にストーリーを進めるだけなら死者は殆ど出ないんだ。だけど結婚イベントに発展する為には最低でも三十以上の恋愛イベントを達成しなくちゃいけない。つまりそれが原因でモブの数が減っていくんだよ。なにせ勇者が幸せを掴むまでに……少なくとも三十人以上の犠牲が必要になるわけだからな。ちなみに重婚(ハーレム)も認められているから、その場合は軽く百人以上――」

「もうやめて!? 最低だよ勇者! 自分が幸せになる為にどんだけモブを殺せば気が済むんだよ! なんなのそのゲーム? 最初の説明に反して血生臭いんですけど!?」

「あくまでもこのゲームは戦いがメインです。そんな意味が込められた設定なのかもしれないな」

「製作者ぁあああああああああああああっ!!」


 一樹もバトル系のゲームは好きだが、そこまで血生臭いタイプは好きじゃない。

 ましてや恋愛系と銘打っておきながら、恋愛を拒絶するかのような設定にドン引きしてしまう。というか脇役達が可哀想過ぎだ。

 田宮もその点については同意しているのか、悩ましげに頭を抱えていた。


「モブキャラの女の子も皆可愛いからなぁ。でもどうせ彼女達とはフラグが立たないし、仲良くできないのならいっそのこと……フヒヒ」

「お前も最低だな!」


 田宮は黒縁眼鏡を軽く指で持ち上げ、醜悪な笑みを浮かべる。そんな男を一瞥して、一樹は心底呆れたように溜息を吐いた。


「まあまあ。お前も一度遊んでみれば絶対ハマるって。ゲーム自体はかなり質が良いんだから。バトルシステムもお前好みだし!」

「いーや。絶対やらねぇ! そのゲームは俺の中で完全にクソゲー認定されたからな!」





*****



「……やっぱあの時、一度でも遊んでおけば良かったぜ」


 一樹は『魔神の封洞』を抜け出して、そんな後悔の念に駆られた。

 未だにどうやって死んだのかは思い出せないが、まさかよりによってこんなクソゲーな世界に迷い込むとは……。知っていれば我慢してでもプレイしたと言うのに。

 とにかく、今分かっているのは自分がチュートリアルに出てくる村人。つまりはプロローグイベントで死ぬ筈だった脇役に転生したということだ。


「そして同時に……物語から逸脱した存在。所謂『バグキャラ』になっちまったってことか」


 一樹はなんとも言えない表情で自分の右手を見下ろした。

 ……恐らく、最初の×印が付いた時点で自分は「遠藤一樹」という役から外されたんだろう。その証拠に、もう一人の自分が勇者達の前に現れている。

 もしあのまま村に戻っていたら最悪、幼なじみから「……どちら様ですか?」とか言われていたかもしれない。精神的にクリティカルヒットだ。


 しかし、もう一人の自分に触れた瞬間、右手の刻印に変化が生じた。

 ×印と重なるように刻まれた小さな十字架。これは生前のゲーム知識から考えれば、多分、復帰とか再生とか、そんな感じのことを意味しているんだと思う。

 今のところ何の確証も無いが、きっともう一人の自分を取り込んだことで再び「遠藤一樹」としての立場を取り戻したに違いない。

 なぜかは分からないが……なんとなく、そんな気がした。


「……ま、難しいことは村に戻ってから考えるか。もし俺の存在が受け入れられなかったとしても、その時は違う場所で暮らせばいいだけだし」


 幸い、この世界にはレベルという概念が無い。

 全てのキャラクターは熟練度によってステータスが決まる為、特にモンスターと戦わなくても自分を鍛えることが可能なのだ。

 ましてや自分は十年以上村で働き続けてきた農民。ずっと鍬を持って畑を耕してきたおかげか、斧使いに匹敵するほどの腕力を持っている。

 これならばモンスターの素材を売り払って生計を立てることも難しくないだろう。

 例え村を追い出されたとしても、生きていく分には問題ない……筈。

 一樹は溜息を吐きながら自分の生まれ故郷――トータス村まで急いだ。




「――イッキ!」

「いや、だから俺は一樹(イッキ)じゃなくて一樹(かずき)――ぐはっ!?」


 村の入口で待ち構えていた幼なじみ――カンナ。

 赤い長髪を簡単に結んでいる少女は、突然一樹に向かって体当たりしてきた。

 完全に油断していた一樹はカンナの奇行を受け止めきれず、そのまま仰向けに倒されてしまう。


「……ぐすっ」

「あの……カンナさん……?」

「うぅ……もう……帰ってこないのかと思った……」

「え? ちょっと待って……え? なんで泣いてんの?」


 ただでさえ自分のことだけで精一杯なのに、これ以上俺にどうしろと!?

 そんなことを思った一樹は、あたふたと戸惑いながらもカンナを宥めようと努力した。

 しかしカンナは一向に泣き止まず、挙句の果てには一樹の額に強烈な頭突きをお見舞いしてきた。

 一樹の視界に火花が散る。


「この馬鹿! 心配したんだからね……っ!」

「痛〜〜〜〜っ!? 心配したって……一体なんのことだよ!」

「決まってるでしょ! あんたが勇者パーティと同行してなかったことよ!」

「同行って……あ……」


 一樹は額に手を当てながら鈍痛に耐えつつ、カンナが何を言っているのか理解した。

 自分は勇者パーティの案内役として同行したのだから、本来なら帰りも彼等と一緒でなければおかしいのだ。

 しかし一樹はもう一人の自分に驚いたり、前世の記憶を整理するのに時間を掛けていた為、勇者達が村に戻る間もずっと洞窟の中に残っていた。

 そもそも勇者達は自分が死んだと思っているのだから同行できる筈もない。

 一樹はどう説明すべきか思い悩み、結局はカンナに謝ることしかできなかった。


「……ごめん」

「ごめん?」

「……すみませんでした!」

「駄目。許さない」

「ええ!?」


 非情なカンナの答えを聞き、一樹は仰天したように目を見開いた。


「当然でしょ! イッキのくせに、このあたしを心配させたんだから!」

「いや、だから俺はイッキじゃなくてかずき」

「絶対に許さないんだから!!」

「絶対!?」


 カンナは目に溜めた涙を手で拭った後、思いっきり一樹に抱きついた。

 その際、着痩せする彼女の胸が密着するように一樹へ押し付けられる。

 一樹は目を白黒させつつ、しっかりと彼女の柔らかさを堪能した。


「……勇者様も、他の仲間の人も……皆あんたのことを話そうとしなかった。辛そうな顔して、一言『すまない』って……! そんなこと言われたら、誰だって不安になるじゃない!」

「いやそれ、俺のせいじゃないよね? あのクソイケメンのせいだよね?」

「いつまで待っても帰ってこないし……もう戻ってこないんじゃないかって……怖かったんだからぁ!」

「……カンナ」


 どうやらカンナはずっと村の入口で待っていてくれたらしい。

 一樹は幼なじみの優しさに触れながら、温かい気持ちに包まれた。


「ごめんな。それと、ありがとう」

「……うん!」


 一樹に抱きしめ返されたカンナは、嬉しそうに頬を赤らめながら甘えるように頭を擦り付けて来た。そんな甘えん坊な幼なじみに苦笑を漏らしてしまう一樹。

 できることなら、ずっと彼女と一緒にいたい。

 一樹は自分の抱える悩みなど綺麗さっぱり忘れ去って、無事にカンナと再会できたことを喜んだ。




 しかし、一樹は知らない。

 実はカンナがヒロイン候補の一人だということを。

 そして本来なら憔悴したカンナを慰める為、勇者が夜中に彼女の家を訪れるイベントがあることを。

 田宮から見聞きした情報しか知らない一樹は、この先の展開を何一つ読むことができなかった。

 『バグキャラ』である自分に、何ができるのかも含めて。


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