第8話 『それでも知りたい』
当たり前のことだが、俺には本当の両親がいる。
割と凄腕の狩人だったらしい、すでに他界した両親が。
「ねえ、ミーナおばさん。おれのお父さんってどんな人だったの?」
ミーナおばさんに引き取られて、一ヶ月くらい経った頃だろうか。俺の何気ない質問に、彼女は酷く悲しむような表情を浮かべた。
よくよく考えてみると、俺はミーナおばさんに引き取られる以前の記憶が殆どない。
そう。この時に尋ねた俺の何気ない一言によって、彼女は俺が両親の記憶を失っていることに気が付いたのだ。
覚えていないので何とも言えないのだが、両親を失ったばかりの俺はかなり荒れ果てていたらしい。
確かに作物を取ったり、狩りの真似事をしていた記憶はある。我ながらかなり酷い生活を送っていたことも自覚している。
しかし、村の人々から見るとその姿は俺が思っている以上に痛々しかったようだ。
――両親を失ったことで心が壊れた。
見る者全てに、そんな錯覚を抱かせるほど。
そして両親のことを全くと言っていいほど覚えていない、いや、忘れてしまった。これはもう傍から見ても確定だろう。俺だってそう思う。
早い話、俺は両親に対して酷いトラウマがある。そのせいで記憶を失くしたのだ。
馬鹿らしいとは思う。だけどどうなんだろう? 本当はそうなのかもしれない。
なぜなら俺自身もまた、殆ど自分の両親に対して関心を持とうとしなかったからだ。
普通なら「知りたい」と思うであろう当然の欲求が、俺には全く起こらなかった。
自分の父親のことをミーナおばさんに尋ねたのも、本気で知りたいと思ったわけじゃない。寧ろ逆。カンナの父親が早くから病で亡くなっていると知り、そこから連想したに過ぎないのだ。
結果として、俺は誰からも両親の話を聞かされず、聞こうとせずに育ってきた。
*****
「イッキ、なんか様子が変だよ? どうかしたの?」
「……ん? いや、別になんもないけど」
「もしかしてメディカさんのこと……いや、そんなことあるわけないよね!」
「何勝手に自己完結してんの? いやまあ、どうでもいいけどさ」
「どうでもよくない!」
「ええ……?」
時々、カンナはよく分からないことを言う。しかしそんなことも忘れてしまうほど、俺はまどかのことが気になっていた。
遠藤美樹。絶対に俺の関係者……っていうか俺の母親の名前だよな? あいつに聞けば何か分かるかもしれない。
「一樹? 何か悩みでもあるなら相談に乗るけど」
「ミーナおばさんも何不安そうな顔してるんだよ。え? 俺ってそんなに深刻そうな顔してた?」
「ええ。目が死んでるわ。いつものことだけど」
「ひでぇ」
一番手っ取り早いのはミーナおばさんに聞くことだ。だけど、あの時の悲しげな顔がちらついて、どうにも気が進まない。
俺が自分のルーツを知りたがっていることは、当分言えないと思った。
そんなことを考えながら歩いていると、何やら広場の方で誰かが騒がしくしている。気になった俺達はそちらの方に足を向けた。
「何があったんだ?」
「おお、一樹か! それにミーナとカンナも!」
「どうしたんですか、村長。何か慌てているようですけど」
「うむ。それが突然小さな子供達が倒れてしまっての。急いで薬草のストックを確認しているところなのじゃ」
急にガキ共が倒れた……?
広場に集まっている大人達が、皆似たような溜息を吐いている。まるでこのままじゃお手上げだと言わんばかりに。
俺は一つ心当たりがあり、思い切って村長に尋ねてみた。
「――ひょっとして、シンカ病か?」
「ほう、そう言えばお前も患ったことがあったな。そうじゃ。小さな子供にしか罹らん、原因不明の発熱病じゃ」
「じゃあ急がねーと……!」
シンカ病。
それは俺も、カンナも、村の大人達も、一度は患ったことがある重い発熱病だ。
上等な薬草があればすぐに治るからあまり危険視はされていないけど、なぜか薬草以外のものは一切効かず、回復魔法は勿論、回復薬さえ役に立たない。
絶対になんの加工もしていない、純粋な薬草そのものが必要なのだ。
そして今この村には薬草が殆どない。それが何を意味するかくらい、俺にだって分かる。
「焦るな。今、ジャックとキングが川辺まで探しに行っとるわい。もっとも、採れる数には限度があるじゃろうけどな」
「それって、全員は助けられないってこと……?」
カンナが青白い顔で呟いた。ミーナおばさんも同様の反応をしている。
「村長。森は? 森に行けば数の問題なんて一気に解決するだろ」
「無理じゃ。今あそこには魔猿がうろついておる」
「だとしても、俺なら――」
「駄目よイッキ!」
後ろから軽い衝撃がぶつかり、俺は少しだけ前のめりに倒れそうになった。よく見ればカンナが俺の腰にしがみついている。それも今にも泣き出しそうな、必死な顔で。
「もう危ないことはしないって約束したじゃない! それにジャック達が持ってきたので十分かもしれないでしょ!?」
「あ、ああ……そう、だな」
今の俺ならどんなモンスターでも簡単に倒せる。その自信があった。しかし絶対ではない。
軽はずみに口にしようとしたその言葉が、どれだけカンナを心配させるか、負担になるか、彼女の顔を見て改めて思い知らされる。
俺にはその気持ちが痛いほど分かった。だって、俺もカンナがイフリートに立ち向かおうとした時、すごく苦しくて泣きそうになったから。
「…………」
そんな時、ふとミーナおばさんから視線を感じた。
彼女は何も語らない。ただ、ここではないどこかを。ここにはいない誰かを見るように遠い目をしていた。
「まあここは儂達に任せて、とにかく今は帰りなさい」
村長はそう言って俺の肩に手を置いた。
確かに薬草がここにない以上、俺達にできることは何もない。後ろ髪が引かれる思いをしながらも、俺達は仕方なく家まで帰ることにした。
「……薬草か。たったそれだけの為になんか面倒なことになってるな」
「全部あの魔族がいけないのよ! せっかく村が立ち直ったのに、あいつはまだ私達を苦しめて……!」
「二人共……」
カンナは俺の腕をしっかりと握り締めている。そこから、俺をどこにも行かせないという彼女の意思がはっきりと伝わってきた。全く、どこまで信用ないんだか……。
こういう時、村人と勇者の違いが浮き彫りになってくるなぁと思う。
もしも俺が勇者なら、きっとカンナも引き止めたりはしないだろうから。とは言え、俺も人のことは言えない。
「ミーナおばさん、さっきから口数少ないけど、あんまり変なこと考えないでくれよ?」
「ふふふ。分かってるわよ。二人を心配させたりしないわ」
ここには一人、勇者以上に勇者な女がいる。
ただの村人のくせに、戦う力もないくせに、困っている人を見過ごせない、完璧なまでのお人よしが。ひょっとしたら俺以上に無茶をするかもしれない、超絶の不安要素が。
だからこそ、やっぱり俺が行かなくちゃとも思うわけだ。
ミーナおばさんが痺れを切らして、とんでもない無茶を仕出かす前に。
「イッキ、口数が少なくなってるわよ? まさかとは思うけど!」
「あだぁ!?」
カンナはゴリラみたいな握力で俺の腕を破壊しようとする。毎度毎度思っていることだが、こいつは加減というもの知らないのか? それとも本当に頭がゴリラなのか? 絶対に口には出して言えないけれど!
そこまで考えて、俺はふと気になることができた。そして無意識のうちにそれを口に出していた。
「なあミーナおばさん。……魔猿ってどんな奴なんだ?」
「イッキ!?」
「いだだだだ! 単なる興味本位だって! 大した意味はないから! ……で、どうなんだよ。知ってるんだろ? 魔猿っていう怪物ゴリラのことを」
俺はこの時、ミーナおばさんの顔を見て驚愕した。
それはいつも俺達を見守ってくれている優しげな母の顔ではなく、仇敵を前にしたような、もしくは強敵に挑む冒険者のような、所謂「戦う顔」をしていたからだ。
知らず知らずのうちに息を呑む。ミーナおばさんのこんな顔、俺は知らない。
「……魔猿は、私の親友を奪った魔獣。そして、一樹の両親を奪った仇よ」
「え……」
俺は知らない。
自分のことも。両親のことも。魔猿のことも。
何も知らない。
「一樹はこの最近で随分と成長したわ。けれど、それでも貴方の心はまた傷付くかもしれない。……あの頃の貴方に戻るかもしれない。それでも知りたい?」
だけど知りたい。
この運命のような巡り合わせに、宿命のような出来事に、目を逸らすことなんてできない。
もう、物語の強制力に従うなんて沢山だ。そんなもの、全て抗ってやる。
まるで人を試すようなミーナの問いかけに、俺は迷わず頷いた。




