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第7話 まどかまでぃかめでぃか

 村の外れにはあまり大きいとは言えない一戸建ての家が建っている。

 こうして間近で見ることはなかったが、どうやらここがメディカの工房らしい。

 村の中では比較的珍しい石造りで、周りの花壇には女子が好みそうな花が沢山植えられている。そして玄関前に飾られた看板。そこには如何にも魔女っぽい絵が描かれており、小さな文字で『怪しい薬、売ってます』と記されてあった。


「……見た目は可愛らしいのに、看板一つで台無しだな」

「ふふふ。でも彼女の薬はどれも体にいいのよ? 偶に副作用が強いのもあるけど」

「それ大分怪しい薬だよね!? 合法? ねえそれ合法なの!?」

「大丈夫よイッキ。なんたってこのあたしが一緒にいるんだもん」

「うわぁ……それ聞いて余計不安になってきた」

「なんでよぉ!?」


 カンナとミーナ。二人が信頼する相手なのだから、別に悪い人間ではないのだろう。しかしそれでも変人の可能性はかなり高い。一樹にとってはそれだけで十分警戒に値する。

 その為、一樹は玄関の扉を叩く時、あまり気が進まない表情を浮かべていた。


「……はいはーい」


 家の奥から気の抜けた声が聞こえてくる。どうやら引き篭もりと言っても「うるせぇボケ! 私の聖域に入ってくんじゃねぇ!」と喚き散らすようなタイプではないようだ。

 まあ、自主的に町に出掛ける時点でそもそも引き篭もりではない。単純に工房の中に留まる時間が長いだけなのだろう。強いて言えば引き篭もり予備軍だ。


「どちらさまですかー……あ」

「え、あれ? 嘘……」


 家の中から一人の少女が現れた時、一樹は目を見開いて驚愕した。


「メディカさん、おはよう!」

「おはようメディカ。ちょっと時間空いてるかしら?」

「……うん。どうぞー」


 ミーナとカンナは一樹を追い越して先に家の中へ入る。

 残された一樹は、困惑したように額に手を当てながらメディカに尋ねた。


「えーと……あんたが、メディカさん?」

「ん」

「……マジか」

「マジカ☆メディカ」

「やかましいわ」


 一樹は反射的に突っ込みを入れた。いや、知り合い(・・・・)がふざけたのだから当然か。思わず溜息が出てしまう。

 メディカはボサボサの黒髪で青い目をしていた。今回は白衣ではなく魔女っぽい黒ローグを羽織っていたが、それでも見間違う筈がない。


「まどかって名前は嘘だったのか」

「嘘じゃない。本名はまどか。けど、薬師の世界ではメディカと名乗っている。……その方が格好いいから」

「マジか」

「メディカ☆まどか」

「マジかの要素どこいった」


 まさか町で出会ったあの貧弱少女が、同じ村に住む引き篭もり薬師だったとは……。

 意外な接点を知った一樹は純粋に「世間って狭いんだなぁ」と感心した。


「二人共、そこで何やってんの? 早く中に入りなさいよ」

「分かってるよ。……ていうかここはてめーの家じゃねーだろ。何勝手なこと言ってんだ」

「ううん。カンナは長い間、ここでお手伝いしてる」

「そうよ! あたしはここのもう一人の家主なのよ! 何か文句あるかしら?」

「……はいはい。俺が悪かったよ。ていうか礼言うだけなのに家まで上がる必要ねーだろ」


 偉そうに胸を張るカンナに対して一樹は適当に肩を竦めた。なぜこちらの家でも家族カースト最下位を実感せねばならないのか。世の中理不尽である。

 しかし、そんな不満も家の中に入ってすっかり消えてしまった。


「……こりゃ魔女っぽいな」


 薬を造る際に必要なのか、部屋の中には大きな竈があり、周辺の壁には大量の植物が干されてある。若干スパイスのような香りがするのは日本で言うところのハーブだろうか? とにかく薬草らしき物で埋め尽くされている。その光景はまさしく魔女の工房だった。


「……ミーナ。お茶、出した方がいい?」

「ああ、お願いするわ」


 メディカは奥の台所でお湯を沸かす。その間に一樹はカンナに案内され、工房とは無縁そうな普通の客間に通された。そこで家族三人、空いていた席に座って待つ。


「で、なんでこんな寛ぐことになってんの? てっきり礼を言ってパッと帰るのかと思ってたんだけど」

「まあいいじゃない。カンナがお世話になっているし、私にとっても可愛い後輩みたいなものだから。少しお話して行きましょうよ」

「お話ねぇ……」


 そんな話をしていると、お茶を淹れてきたメディカが客間の中に顔を出す。そして自身も席に着くと、何食わぬ顔で俺達の会話に混ざってきた。


「……最初に言っておくと、私はあまり外に出ないから話題がない」

「いきなりぶっちゃけたな。まあ、俺も似たようなもんだけど。そんなわけでとりあえず礼だけはきちっと言っとくわ。回復薬ありがとな」

「……お礼はいらない。ミーナに頼まれただけ……だから」

「でも言わせてくれよ。俺がこうして元気になったのはお前の恩返しのおかげだ」


 一樹はそう言って笑ってみせると、メディカは相変わらずぼうっとした表情で頷く。

 直後、二人の会話を黙って聞いていたカンナが訝しむように一樹の顔を睨んだ。


「なんか二人、仲良さそうよね? もしかして町に行った時に何かあったの?」

「いや別に――」

「食べ物を奢ってもらって、膝枕してもらった。あと、別れ際に頭を撫でてもらった」

「ふーん。そうなんだ。……よかったねぇ!」

「痛っ!?」


 大したこともなさそうに頷くカンナ。しかしなぜか一樹の足を思い切り踏みつける始末。

 なんでそうなったのか分からない一樹は、あまりにも横暴な彼女の反応に涙目を浮かべた。

 そんな時、ふと家の中がガタガタと揺れだす。

 気が付けば部屋の外から黒い煙が立ち昇っていた。


「あ、忘れてた」

「あらあら。もしかしてまた悪魔召喚の練習? 懲りないわねぇ」

「私は魔女。これは絶対にやめられない」

「今さらりと物騒なこと言わなかった!?」


 これがこの家出の日常茶飯事なのか。

 誰一人動じた様子もなく、メディカは暢気な速度でゆっくりと工房の方へ向かう。心配になった一樹は慌てて彼女の後を追いかけた。


「……おお」

「うわ、なんだこりゃ!?」


 見れば竈の中からドス黒い物体が延々と吐き出されている。その光景は一言で表すと気持ち悪い。しかも人を軽く飲み込めそうなほどの量になると、まるで意思を持ったかのように巨大な泥人形へと姿を変えた。


『――ヴォ』

「また失敗作。全然悪魔っぽくない」

「お前……ほんとに毎回こんなの作ってんのか!」


 呆れて物が言えないとはこのことだ。そもそも悪魔を召喚して何がしたいのか。

 そんなことを考えている間に、泥人形は思い切り拳を振り抜いてきた。殺る気満々である。


「あっぶねぇ!?」


 咄嗟にメディカを抱えて跳んだ一樹は、頭上を横切った泥人形の攻撃に冷や汗を流す。

 泥人形の腕はべちょべちょになって吹き飛んでいた。しかし一樹が肝を冷やしたのはそこではない。

 問題なのは泥人形に殴られた家の壁。なんとその部分が腐食したような異臭を放ち、あっという間に朽ち果ててしまったのだ。


「おお。なんか悪魔っぽい!」

「感心してる場合か!」


 普段はどうやってこんなのと立ち向かっているのやら。

 一樹はそんな疑問を抱きつつ、右手に【滅剣(ブレイド)】を顕現させた。

 本人にしか聞こえない「ヴォン」という音を耳にし、不可視の剣を強く握り締める。


「跡形もなく消え去りやがれぇええええええええええ!」


 泥人形が残った腕で襲い掛かろうとしたその矢先。一樹は全力で見えない剣撃を解き放つ。それは衝撃波のように空気を伝播し、泥人形を頭から真っ二つに消し斬った(・・・・・)


『ヴォオ……』

「ごめんね」


 二つに分かれてもまだ生きている泥人形。しかし弱っているのかその動きはあまりにも遅い。

 メディカはその間に白衣から何かの薬品を取り出し、泥人形に向かって振り掛ける。瞬間、泥人形はまるで成仏でもするかのように煙を上げ、文字通り跡形もなく部屋から消え去った。

 どうやらあの薬は失敗作を浄化する為のものだったらしい。カンナ達もそれを知っていたからあんなに落ち着いていたのか。いや、でも危険なことには変わりないだろう。それともわざわざ自分が出る必要はなかったのか。

 そんなことを考えていた一樹に、メディカはゆったりと近付いて小さな微笑みを浮かべた。


「……また、助けてくれたね。ありがとう」

「お、おう。よく分からんけど……どういたしまして」


 この時、一樹はこのまま話が終わるのだと思っていた。

 いや、実際カンナ達がそろそろ帰ろうと言い出したことでこの話は終わったのだ。

 しかし話が終わる直前、一樹はしっかりと聞いてしまった。


「遠藤美樹。やっぱり彼女によく似てる」


 今の今まで、誰にも教えてもらえることのなかった――実母の名前を。


次回 久々の一人称(主人公視点)です。

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