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第5話 ガールズトーク

今回は女子回です。

主人公は序盤以外、一切会話に参加しません(いないとは言っていない)

「ほら見なさい! あたしに黙って勝手に町なんて行くから罰が当たったのよ!」

「こらカンナ! 病人に向かって高らかに笑わないの。行儀が悪いわよ!」

「げほっごほっ! いや、行儀以前に性格が悪すぎだから。一体どこの悪女だよ」


 一樹は風邪を引いていた。今はベッドで横になり、ミーナとカンナの二人によって大人しく看病を受けている。


「それにしても運が悪かったわね。帰る途中に雨に降られるなんて」

「げほっ! ……まったくだ。昼までは普通に晴れてたのにな」


 春になったとは言え、夜はまだ肌寒い。

 昨晩、帰りが遅くなった一樹は雨に濡れたことですっかり体が冷えていた。おまけに往復で六時間も掛かる距離を徒歩で移動したのだ。慣れない土地を訪れたこともあって、体力と共に精神まで著しく消耗している。これで風邪を引かないわけがない。


「まあ、微熱程度でよかったわ。これ以上悪化させない為にも、今日は一日中お寝んねしないとね」

「お寝んねって……俺は赤ちゃんか」

「ちょっ! あたし、まだお乳は出ないわよ!?」

「んなもん分かってるよ! ていうかマジで赤ちゃん扱いすんな!」


 顔を真っ赤にして胸を隠そうとするカンナ。服の上からだとあまり目立たないが、その実、彼女は脱ぐと凄いタイプだ。そのことを知っている一樹は慌てたように取り乱し、自分の顔が熱くなるのをはっきりと自覚した。


「あらあら。言った傍から熱が上がったみたいね。これはもう駄目だわ」

「おいこら勝手に諦めんな」

「とにかく、今日は絶対安静! 分かったわね!」


 はいはい。分かりましたよ。そう言って、一樹は嘆息しながらベッドの中に潜り込む。そんな彼の姿を、ミーナは愛おしそうに眺めていた。


「……ふふふ。やっぱりまだ子供ね」

「そうよ。イッキはずっと子供のままなんだから」

「ああ、そうそう。子供と言えば一樹が幼い時、好き嫌いが凄く多くて――」

「雑談なら他所でやってくんねぇかな!?」


 こんな状況で安静になんてできるわけがない。

 くすくすと笑うミーナ達を部屋から追い出し、一樹は疲れたように溜息を零した。


「……ったく」


 これなら一人の方がよっぽどマシだ。そんなことを思いつつ、一樹はベッド脇に置かれているギルドカードを手に取った。

 身分証であると同時に、冒険者として活動できる許可証。これさえあれば好きな時に依頼を受けて生計を立てることができる。それは一樹が思い描く冒険者生活そのものだ。


「いざこうして切符を手に入れてみると……なんだかなぁ」


 この先ずっとトータス村で過ごすのだと思っていた。

 勿論、いつかは村を出たいと考えたこともあったが、そのいつかは先の見えない未来にあった。だからこうして外で暮らす為の足掛かり、その選択肢を手に入れたことにいまいち実感が持てない。

 寧ろ、本当に村を出るべきなのか悩んでしまう。なぜならそれは、自分を家族として受け入れてくれたミーナ達と別れることに他ならないから。


「第一、なんて説明すればいいんだよ……」


 この感情はミーナ達に対する裏切りなのではないか。なんとなくそう感じた一樹は、どうしてもあと一歩のところで村を出る決心ができないでいた。

 そもそも、反対されるのが目に見えている。特に心配性のカンナから。

 怒るにしても泣くにしても、彼女が全力で一樹に立ち塞がるのは明らかだ。そう考えると気が重い。どうしても二の足を踏んでしまう。


「……いや、どうせ先の話だ。今は考えないようにしよう」


 一樹は軽く頭を振って気分を入れ替える。それから今度こそベッドで休もうとして――扉の隙間からミーナが覗き見ていることに気付いた。


「怖いわ!」

「あらあら、ごめんなさいね」

「まったく……」


 やっぱり、ここも悪くないんだよな。

 一樹はそんなことを考え、知らず知らずのうちに優しげな苦笑を浮かべていた。





「……ん」


 ぴたり、と冷たい手が額に置かれた。しかし目を閉じているのでこの手が誰のものかは分からない。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだった。

 もしかしたら本格的に熱を出したのかもしれない。目を開けるのも億劫だ。それに額の冷たさが心地よく、このまま眠っていたいと思えてしまう。

 一樹はそんなことを考えながら再びまどろみの中に落ちようとしていた。その時、ふと近くから誰かの話し声が耳に届く。


「メディカさんが戻ってきてくれてよかったぁ。ねえ、イッキの様子はどう?」

「ん。大丈夫。いや、やっぱ大丈夫じゃない」

「どっち?」

「んー」


――メディカさん? そう言えばそんな人もいたな。……町から帰ってきたのか。

 ぼんやりとした頭で二人の会話を聞いていると、突如誰かの吐息が肌を撫でた。同時に、さっきまで額に触れていた感触が別のものに変わる。


「ぎゃあああああああああああああああ!? ちょ! イッキに何すんの!?」

「おでこで計測。これが一番効果的……かもしれない」

「自信がないならしないでよ! ちょっと近い! 近いってばこの破廉恥女!」

「痴女じゃない。私は魔性の女。略して魔女。おっぱいは小さいけど」

「略さないでいいし、そんなカミングアウトはいらないから! ていうかメディカさん、ただの引き篭もりじゃない!」

「……ぐはっ。同僚から後ろ弾が」


――随分と仲がいいんだな。

 一樹は目を閉じたまま忙しない二人のやり取りを楽しんだ。なにせ、ミーナ以外にここまでカンナと渡り合える奴は滅多にいない。と言うより、これは純粋にカンナが心を許している、いや、懐いているのだろう。

 引き篭もりの薬師、メディカ。中々に面白そうな女性である。


「メディカ、わざわざごめんね? 町から戻ったばかりで疲れているのに」

「……ミーナの頼みなら仕方がない。それに、一度ドーピングするとずっと体が活発状態になる。だから、休みたくても休めない」

「そこまでして町に行く理由があったの? そりゃ、イフリートの件で怪我した人も多かったから、薬草の備蓄も激減してるけど」

「ま〜ね〜」

「――ッ」


 一樹は心の中で苦笑した。

 どうもメディカという女はカンナをからかうのが得意らしい。目を瞑っていても、カンナが苛付いている様子がありありと伝わってきた。やばい、笑える。


(どうしよう。なんだか俺も混ざりたくなってきた。けど俺が起きたら絶対この会話も終わっちゃうよな……)


 ジレンマ、と言うのは流石におこがましいが、それに近いものを感じる。一樹はそのことを少し残念に思いながら、必死に笑いを堪えていた。


「薬学は常に進歩している。今回はその新しい知識を仕入れに。それと、いくつか新商品のサンプルを売り込みに行ってきた。やっぱり私、天才。ううん。ちゃんと努力しているから鬼才」

「それってあんまり意味変わってなくない?」

「まあそれはともかく、町で買ってきた回復薬がある。これを飲ませれば一樹もすぐによくなる……かもしれない」

「せめて断言して!」


 少し笑いを我慢しすぎたのかもしれない。もしくは熱が悪化してきたのか。一樹は突如体力の限界を迎えたように一気に眠気に襲われ始めた。

 だからその先の会話を完全に聞き取れたわけじゃない。寧ろ、ほんの僅かでも聞き取れただけ十分過ぎる。もっとも、次に目覚めた時には覚えていないだろうが。


「……それはともかく、帰ってきたら村が騒がしくなっていた。詳しくは分からないけど、キングが他の狩人達を集めてたみたい」

「ジャックのお父さんが? お母さん、何か知ってる?」

「さぁ……? 今日は一樹の看病で一度も外に出てないから」

「あ、そう言えば確か――」


 もしも一樹が目を開けていたなら、きっとミーナの表情に疑問を抱いたことだろう。

 なぜ、そんな顔をするのかと。


「――“魔猿”がどうとか、聞こえた気がする」

「……え?」


 それは、驚愕の裏に憎しみが隠れているような。

 とても普段の温厚な彼女からは想像もできない、酷く陰のある顔だった。


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