第2話 かつてないバグの映し方
ラビッツの町。
トータス村から三時間ほど歩いた先に見えるその場所は、町というだけあって商業の方に活気が湧いている。
道も綺麗に舗装されており、建物に使われているのは殆どが石材。行き交う人々の中には、お洒落に気を遣っている者もちらほらと見受けられた。
「……おお! 村の中とは全然違う!」
隣町と呼ぶには少々離れているものの、トータス村と同じく田舎であることには変わりない。しかしこうも二つの景色が違うのは、単に他所との交易量に圧倒的な差があるからだ。
そして何より、各地に点在することで世界の情報を共有している、ギルドという存在の有無が大きかった。
「ええっと、ここで、いいんだよな?」
初めて都会を訪れた田舎者のように、一樹は忙しなく辺りを見渡している。そんな彼を周囲の人々は微笑ましそうに、または不思議そうな顔で見ていた。
一樹の目の前に建っているギルド。それは他の建物に比べて一回りも二回りも大きい。
無意識のうちに萎縮していた一樹は、強めに自分の頬を叩いて深呼吸をした。おかげでなんとか冷静さを取り戻せたようだ。
(さっきから厳つい奴等が出入りしてるけど……あれって全員冒険者だよな? やっぱり戦闘系の職業を持っている奴等ばっかりなんだろうな)
全身に鎧を纏った偉丈夫や、手元でナイフを遊ばせている盗賊のような女性、他にも幼い顔つきの魔法使いなど、一樹の目には様々な姿が映っている。
恐らく自分の職業にあった装備を身につけているのだろう。初めて見るような職業でも、傍から見るだけである程度予想を付けることができた。
「……よし。行くか」
どうせ今回はギルドカードを発行してもらうだけだ。依頼を受けるわけでもないし、そこまで気負う必要はない。
一樹はそんなことを考えながら気を取り直し、ギルドの中へ足を踏み入れた。
(おおっ。なんかすっげー……)
外観から分かってはいたことだが、やはりギルドの中は広い。
一樹は感嘆の眼差しでその光景に見惚れていた。……まるでゲームみたいだ、と。
このだだっ広いロビーでは大勢の冒険者達によって賑わっており、誰がどの依頼を引き受けるのかと話し合う明るい声が飛び交っていた。
よく見れば人だかりのできている壁の一部が巨大な掲示板となっており、そこに何十枚もの依頼書が貼り付けられている。どうやら先ほどの話し声はあちらの方から聞こえたらしい。
一樹はすっかり興奮気味で奥のカウンターまで向かった。
「えっと、ここでいいのかな?」
受付嬢は全部で四人。一樹はその中で全く列が並んでいない、一番右端のカウンターを選んだ。担当しているのは割と若い、髪と瞳の色が共に水色の美女である。
「……ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
しかしいざ話し掛けてみると、思っていたよりも無愛想な対応が返ってきた。
言葉だけで捉えれば別段普通のように思えるが、実際は声のニュアンスに「なんで私を選んだのよ」という不機嫌さが滲み出ている。しかも可愛い笑顔を浮かべているのに目が全く笑っていない。
一樹は内心「うわっ、ハズレだ!」と落胆した。
「あー、ギルドカードを発行して欲しいんですけど」
「ギルドカードの再発行には費用として銀貨五枚が必要となりますが」
「あ、いえ。再発行じゃなくて新規です。冒険者登録って言えばよかったですかね?」
「……? 失礼ですがお客様。今はお幾つで?」
「十六」
「……畏まりました。それでは、この登録用紙に必要事項をご記入なさってください」
受付嬢は驚いたように目を見開いていたが、すぐに気を取り直したようで、手元の引き出しから一枚の紙をカウンターの上に置いた。
「えーと……名前、生年月日、外見……? え? 髪の色とか目の色まで記入するんですか?」
「はい。世界中には似たような人が何十人もいますから」
なるほど。世界規模ときたか。
一樹は納得したように頷いた後、さらさらと登録用紙の中に必要な事柄を書き埋めた。それを受付嬢に手渡すと、今度は水晶玉のような魔道具に手を当てるよう促がされる。
どうやらこの水晶玉は『チェッカー』と似たような効果を持つらしい。軽く手を触れた瞬間、まるで立体映像のように一樹のステータスが露に――ならなかった。
「……え?」
「あれ、なんだこりゃ?」
職業:●●
固有能力:【●●●●】
ステ●タス
●●:400→40●
力:123→124
魔力:0→●
耐●:100→101
敏捷:80→81
●用:110→1●●
この時、一樹自身は気付かなかったが彼が水晶玉に触れていたのは二重十字架の痣を持つ右手の方だった。つまりは異能の起点である。
恐らくそこから一樹の情報を読み取ろうとした為、【消去】の力に阻まれてしまったのだろう。まるでバグれたゲーム画面のようにステータスの一部が読めなくなっていた。
「えっと……故障?」
「さ、さぁ? どうでしょう?」
どう考えても自分のせいだ。そう思った一樹は笑って誤魔化すしかなかった。
幸いギルドカードを発行するに至ってはあまり問題にならないらしい。ただ実力や得意分野の目安となるステータスが分からない為、依頼を紹介するにしてもどの依頼が一樹に向いているのか判断がつかないそうだ。
結局、一樹のステータスを調べるのはまた後日となり、今回はギルドカードを発行するだけに留まった。
「貴方……本当に村人なんですよね?」
「だからそう言ってるでしょ? 武器なんて鍬しか持ったことないです」
「鍬は武器じゃありませんよ。……いや、そうじゃなくてこのステータス。固有能力を持ってますよね? そんな村人がいるなんて今まで聞いたことも見たこともないんですけど……」
「あー、いや、俺も今日知りました。あははは」
「……さいで」
受付嬢は疑わしげな視線を一樹に送る。一樹は笑って誤魔化した。
今まで深く考えたことはなかったが、どうも異能を持った村人はかなり珍しい立場に置かれるらしい。まあ確かに、村人と言えばその殆どが脇役だ。何かしら特別な力を持っているなど、普通に考えればあり得ない。
少しだけ危機感を抱いた一樹は、次にステータスを調べられる時も異能の力で隠蔽しようと思った。……もっとも、次にこの町を訪れるのがいつになるかは分からないが。
「それではこれがギルドカードです。最初に言いましたが、失くされた場合は再発行にお金が掛かりますのでお気をつけください」
「へぇ。カードって言う割にはちょっと豪華なんですね。もっとこう、傷んだトランプみたいにペラッペラなのを想像してましたよ」
一樹が手に入れたギルドカードは、実質薄い鉄で作られたプレートだった。この短時間でどうやって加工したのか、登録用紙に記入した内容がそのまま精緻な文字で刻まれている。
しかし、そんなプレートに対する一樹の物言いが受付嬢の癇に障ったらしい。彼女は苛立ちを隠すことなく一樹を睨んだ。
「ギルドに喧嘩を売っているのなら、はっきりとそうおっしゃってくださいませんか?」
「じゃあ貰うもん貰ったからはっきり言うけど、あんたって態度悪いよね。せっかくの可愛い顔が台無しだよ? あ、もしかして悪女設定なの?」
「何この態度の変わりよう。貴方ひょっとしてクズですか?」
「誰がクズキだ! 訴えるぞ! 全国の一樹君に謝れ!」
「いや、『キ』まで付けた覚えはないんだけど……」
一瞬、二人の間に険悪な空気が流れたものの、一樹の予想外な反応に受付嬢は目を丸くした。その水色の瞳が「え? まさかのマジギレ?」という困惑を雄弁に物語っている。
「まあとりあえず、どうもありがとうございました」
「え? あ? え?」
「じゃあそういうことで」
「……あの? え、ちょっと……」
一体何なんだこいつは。それが受付嬢の抱く一樹に対する印象だった。
急に怒ったと思ったらあっという間に落ち着いてお礼を言う。わけが分からない。そう思って戸惑っている間に、一樹は何事もなかったかのように立ち去っていった。
「……あ! 冒険者の説明がまだ……」
気付いた時にはもう遅い。
最初から最後まで奇妙の連続だった少年は、すでに影も形も見当たらなかった。




