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プロローグ 始まりの予兆

 トータス村の復興から約一ヶ月。

 僅かに残っていた焼け跡も鳴りを潜め、一樹を含めた村人達はこれまでと同じように畑仕事に精を出していた。

 村の広場はすっかり殺風景になってしまったが、それ以外の場所では自生している桜の木が見事な満開を見せている。季節は春の真っ只中だ。


「最近になって一気に暖かくなったなぁ。そろそろ南の森から動物達が戻ってくる頃だ」

「もうそんな時期か。じゃあ動物達に食われる前に薬草採集も始めなきゃならねーな」

「しかしどうする? 先月襲ってきた魔族のせいで村の武器庫は焼け落ちたままだぞ?」

「あー、そっか。動ける奴はいるけど武器の数が足りてねーのか」

「今年は若い奴だけでなんとかしてもらうしかないわな。……幸い、一樹も村の外に出られるようになったようじゃし」


 この時期になると、村の年長者達は寄り合い所にて会合を行う。その内容は今後の相談を筆頭に単なる世間話、愚痴、口喧嘩、悪ノリ、乱闘と脱線していく為、基本的には騒々しいものとなる。

 しかし今年は色々と問題が起こったこともあり、珍しく最後まで集会らしいまとまりを見せていた。


「そういやあいつ、隣町に行ったこともないんだっけ? もう十六になるんだし、そろそろギルドにも顔を出しておくべきなんじゃないか?」

「そうじゃのう。今でこそ農民として働いておるが、一樹は元々狩人の家系。……後でミーナにも相談しておくか」


 この世界では十六歳から大人として認められる。故に一樹の保護者だからと言って、彼に関することをわざわざミーナに相談する必要はない。

 しかしそれでは彼女が納得しないだろう。村長はそんなことを考えつつ、ふと昔の記憶を掘り起こした。


 あれは忘れもしない十年前。当時、両親を失ったばかりの一樹は、村の作物を盗んでは森の中で一日を過ごすという、極めて野生児のような生活を送っていた。

 恐らく幼心に両親の姿を探していたのだろう。いや、もしかすると家族の繋がりを失うのが単純に怖かったのかもしれない。

 そんな一樹を引き取ったのがミーナだった。

 すっかり薄汚れたボロボロの衣服、死人のような冷たい瞳。そんな子供の手をしっかりと握り締めて、彼女は言ったものだ。


『私がこの子の家族になります。……家族になって、この子を支えます』


 それはまさしく、母のように。





*****



「――クソ疲れたぁ!」


 畑仕事に区切りをつけた一樹は、他の村人達と同様に桜の木陰で一休みしていた。その傍らには水筒と一緒にカンナが作ってくれた手作り弁当が置かれている。どうやら中身はコロッケサンドのようだ。ソースの香りが食欲を誘う。


「お! 美味そうじゃん! ミーナおばさんの手作りか?」


 そんな時、隣に座っていたジャックが興味深そうに弁当の中を覗きこんできた。


「いや、カンナの練習作品だ。良かったら一つやるよ」

「お、悪いな。それじゃ遠慮なく貰うぜ」


 ジャックは一樹にとって幼馴染みであり、一つ年上の兄貴分でもあった。髪は日本人のように黒く、瞳は青。一樹と違って精悍な顔つきをしており、体格もがっしりとしている。その姿はいっぱしの冒険者と言っても差し支えない。

 実際、ジャックは畑仕事の他にモンスターの討伐や狩人の仕事も任されている。牧場もない田舎村で動物の肉が食べられるのは殆ど彼のおかげなのだ。


「毒見役よ。味の方はどうじゃ?」

「一樹様。意外と絶品でございます」

「そうか。ということは最初は不味いって思ってたんだな。後でカンナに報告しておこう」

「馬鹿やめろ!? 俺が殺されるだろーが!」

「冗談だよ。俺も似たようなもんだしな」

「……お前、まさか毒見役って本気で言ってたのか。単なるノリじゃなくて」


 半眼で睨むジャックの視線をものともせず、一樹は美味しそうにコロッケサンドを頬張った。どうやら貴重な狩人を大事にする気はないらしい。

 ジャックは軽く溜息を吐き、自前のおにぎりに齧り付く。そしてぼんやりと空を眺めながら独り言のように呟いた。


「……何かあったなら言えよ。いつだって力になるから」

「え? お前解毒剤持ってんの?」

「いや、そういう話じゃねーから! 俺が言ってんのはお前の話!」

「冗談だって。お前の言いたいことはちゃんと分かってるよ」


 この一ヶ月の間、一樹は武器の扱いに慣れているジャックから剣術の基礎を教わっていた。また、この近くに住んでいるモンスターの生態や、その対処法についても。

 これで何も気付かないわけがない。二人はいつの間にか苦笑を浮かべていた。


「頼むから無茶だけはしないでくれよ? 一度でも背中を押しちまった以上、お前に何かあったら俺がカンナに殺される」

「いや、そこまで鬼じゃないだろ。精々九割殺しってとこだ」

「それ十分鬼じゃね?」

「まあとにかく、まずは森で通用するかだな。サポートは頼むぜ、相棒」

「当たり前だろ! こんな話聞かされた後でお前を放っておけるかよ!」


 前世の記憶が無かったの頃の一樹は、村から出たがらなかったこともあって春に行われる薬草採集にも参加していなかった。

 しかし今年は違う。

 一樹は今後のことも考えて、これまで得られなかった経験を積極的に学ぼうと取り組んでいる。それは必然的に村人としての生活から乖離していくことを表していた。


「イッキー!」

「おや、どうやらお姫様のお迎えみたいだぞ。行ってやれよ、ボンクラナイト」

「何言ってんだよ。あいつのどこがお姫様だ。ヒステリックガールの間違いだろ」

「聞こえてんだけどぉおおおおおおおおおおおおお!?」


 果たして一樹を突き動かすのは両親から受け継ぐ狩人の血か、それとも前世から受け継ぐ魂か。それは一樹自身にも分からない。


「おぶっ!?」

「なぜ俺までボディブロウ!?」


――それでも。

 運命から外れた少年が、自分の意思で新たな道を歩き始めたことは確かであった。


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