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世界樹の巫女  作者: 白石令
第2章
7/77

7 不安

 お祭り騒ぎのようなレースから一日。

 結局、賭けは〈(ふくろう)〉側の勝利に終わった。イオリやクエンの乱入はあったものの、箱を持って戻ったのがジェオらだったこと、全身に火傷を負った〈白鼠(しろねずみ)〉達が丸一日経っても意識回復しなかったこと、何より住民達のごり押しがその理由である。

〈白鼠〉のメンバーは全員追い出してやった、とジェオが勝ち誇っていた。

 平穏が訪れるのなら、それがいい。アスレイはそう思う。

〈梟〉を勝利に導いた赤い髪の少女は、病院の寝台に横たわったまま深く眠っていた。遺跡で倒れてから、一向に目覚める気配がない。

 じっと少女を見つめていると、扉がきしみ、イオリがやってきた。

「まだ起きないの?」

「ええ」

 イオリは並ぶ寝台の一つに腰掛けた。

「もう、勘弁してよ。世界樹に急がなきゃならないってのに……」

「放ってはおけませんよ」

「だから、バカ犬に背負わせるって言ってんじゃない」

「でも、どんな状態かも分からないですから」

 そんな理由から、アスレイ達は少女を小さな病院に運んだ後も、町にとどまっていた。

 医者は何も異常はないと診断したが、相手が幼い女の子ということもあり、このまま連れて行くのは気が引けた。置き去りにするのは尚更である。

「イオリさん、クエンは?」

「さあね。ふらふらするのが好きな奴だから、その辺散歩してるんじゃない?」

 イオリは寝台から腰を上げ、棚に置かれたメダルを爪でもてあそびはじめる。キークという男が落としたものだ。

総霊院(そうれいいん)ってどんなところなんです?」

「……………」

 チィン、と指で弾かれたメダルは、アスレイの足元に飛んだ。

「霊獣信仰を要として、術師の登録、管理なんかを行っている機関よ。有料で霊術を教えたりもしてるわね」

「巫女を目の敵にしていたようでしたけど……」

「巫女の管理も役目の一つだからよ。巫女がそこから逃げ出して、いまだに捕まえられないから危険視しているんでしょ」

「逃げ出した?」

 イオリは答えなかった。知らないのか、答えたくないのか。

 アスレイは詮索せず、足元のメダルを拾った。表面には四種の獣の姿が彫られている。

「予想はしていたけどね。総霊院が魔性狂いを作ってるって噂は聞いてたから」

「魔性狂いというのは、あの獣達のことですよね?」

 イオリは不機嫌そうな細目のまま、腕を組んだ。

「魔族はね、本来そう簡単に獣化できやしないのよ。獣化して魔性が強くなれば、魔獣の王の因子に支配されて自我を失うから」

「――え? でもクエンは?」

「あいつは特別」

 何がどう特別なのか聞きたかったが、機嫌が悪いらしいイオリにそれ以上突っ込むことはできなかった。

「魔性狂いを作って、どうするつもりなんでしょう」

「さあね。建前は魔性を否定してるんだけどね。魔性狂いは精霊の敗北、すなわち信仰している霊獣の敗北になるから。なんにせよ、巫女の邪魔をするならあたしの敵よ」

 アスレイはメダルを見つめる。ぼんやりと呟いた。

「総霊院……か」

「――総霊院がどうしたって?」

 扉が開いた。ジェオである。

 即座にイオリが噛みついた。

「何しに来たのよ、誘拐犯」

「つれないことを言うなよ、姉ちゃん。〈梟〉の恩人に礼を言いにきちゃいけねえか?」

「あんたからの礼なんていらないわよ」

「おいおい、ここの代金、俺が払ってやってんだぜ?」

「それくらいするのは当然でしょ」

 彼女はとことん冷たかった。扇子を開き、しっしっと虫でも払うかのような仕草をする。

「でも、本当に何しに来たんだ?」

「随分と冷たいじゃねえか。言ったろ、礼をしにきたって」

 ジェオが持ってきたのはたくさんの果物だった。

 似合わない、と思わず顔をしかめたアスレイに、彼は不本意そうな表情を返す。

「エリクがうるせえんだよ。ちゃんと礼をしろだのなんだのと」

「その坊やは来ていないようだけど?」

「傷心中だ」

「傷心?」

 と、アスレイ。

 ジェオは笑いをこらえながら言った。

「真実ってのは残酷だよなぁ」

「……………」

 イオリは意味が分からず眉をひそめたが、アスレイは察して呆れた。

「やっぱり面白がってただけじゃないか」

「誰しも傷ついて大人になってくもんだろ。それを手伝ってやっただけだ」

 悪びれる風もなくにやつくと、ジェオは小さなものをアスレイに放った。短剣の形をしたペンダントだった。

「何かやばいことに関わったら、それと同じ紋章をかかげた店に行ってみな。運が良けりゃ手を貸してくれるだろうぜ」

 ぱちり、とイオリが扇子をたたむ。

「ギルドの会員証ね?」

「ギルド?」

「盗賊の組合みたいなもんだ。うまく使えば役に立つ」

「だけど、あんたが困るんじゃないのか?」

 背を向けたジェオは、片手をひらひらと振ってみせた。

「俺は顔パスさ」

 そして去り際に余計な一言を飛ばしてくる。

「さて、可哀相な青少年の気晴らしにでも行ってくるか」

「それは僕のせいじゃ――」

 アスレイの反論は、わざとらしい扉の開閉音によって遮られた。

「鉄鎖に随分と気に入られたみたいね? 何をしたの?」

「何もしていませんよ」

「色仕掛け?」

「……イオリさん、本気で怒りますよ」

 イオリは素知らぬ顔で再び扇子を開き、自らをあおぎはじめた。



 ジェオは扉にもたれかかる。ちらりと後ろの扉に――それを隔てた向こう側に、視線をやった。

「総霊院、ね……」

 腰に巻いた鎖をいじり、おかしそうに笑うと、エリクら仲間の元へ戻っていった。



 赤い髪の少女が目覚めたのは、ジェオが去ってすぐだった。

 少女は静かに身を起こし、賢そうな瞳で辺りを見回す。イオリを見て、アスレイを見て、首をかしげた。

「……あなたはだれ?」

「箱を開けて、君を出したのが僕だよ」

 きょとんとした少女は、やがて笑顔になった。子供らしい無邪気なものではない。穏やかに喜びが広がっていくような、不思議な幸福感を受ける表情だ。

「ありがとう……」

「こっちこそ助かったよ。君は――」

 アスレイの声に緊張がにじんだ。

「君は、レイヴァラスなのか?」

「……それが、わたしの名前……?」

 みるみる表情を曇らせていく少女。

「……レイ、ヴァラス……わたしは……レイヴァラス……そう呼ばれていたような――ううん」

 少女は激しくかぶりを振った。

「ううん……わからない。本当のすがたも忘れてしまった……」

「なぜ箱に封印されていたんだ?」

「巫女が……」

 その言葉に、イオリは強い反応を示した。雰囲気が強張る。

「あれは巫女、だった。巫女がわたしをふうじたの……」

「百年前に?」

 イオリの口調は厳しかった。少女はアスレイに身を寄せながら、わからない、と小さく答える。

「どれだけ時が経ったのか、わからない」

「どんな巫女だったの。髪は? 目の色は? 外見の特徴は?」

「……………」

 少女が泣きそうになったため、さすがにアスレイは間に入った。

「イオリさん、そんなに問い詰めたら可哀相ですよ」

「霊獣に可哀相も何もないでしょう」

 腕を組んでつんと横を向くイオリ。彼女に代わって、アスレイは少女に優しく笑いかけた。

「その巫女の髪や目の色は、覚えてる?」

「稲穂よりずっとうすい髪の色をしてた。瞳は――湖の……そう、澄んだ湖底のひとしずくをかけらにしたような、きれいな緑」

「……………」

「イオリさん、似たような人ならたくさんいますよ」

「――百年前なら」

 慰めを拒むように、イオリは絞り出した。

「間違いなく今の巫女よ……」

 巫女は長命だ。魔族の寿命がどれほどかは知らないが、地上の巫女でさえ二百年を生きると言われている。

 しかし、あの弱々しい少女が霊獣を封じたとは信じがたかった。

 神聖なる獣。世界の調和を保つもの。澄んだ精霊を生み出す存在。

 霊獣を縛すれば、世界に満ちる精霊も弱まるというのに。

「なぜ、巫女はレイヴァラスを封印なんて……?」

「かなしそうな顔してた」

 少女がおずおずと告げる。

「ごめんなさいってわたしに謝ったの……」

「他には何か言ってたかい?」

「わからない……」

 アスレイはイオリの強気な目に不安の色がにじんだのを捉えた。

「イオリさん、城に戻ってちゃんと巫女に聞きましょう」

 イオリはきゅっと唇を締め、(まぶた)を閉じる。

 再び目が開いた時、その中に迷いは見受けられなかった。

「言ったでしょう、巫女はもう命が少ないの。地上の巫女を連れてきていないのに、起こすわけにはいかないわ」

「でも」

「今は一刻も早く世界樹へ行って地上の巫女を見つけるの」

 説得も通用しそうにない頑なさであった。

「……分かりました、行きましょう」

 諦めたアスレイがうなずくと、少女が毛布から這いでてくる。

「……どこへ行くの?」

「世界樹だよ」

 少女はアスレイの法衣の袖を遠慮がちにつまんだ。

「わたしも行く……」

「体は大丈夫?」

「これのせいで力は入らないけど、へいき」

 どうやら少女の体に巻きついた帯も、封印の役割を果たしているようだった。きつく体を締めているわけでもないのに、アスレイがどれだけ引っ張っても外れない。

「そういえば、名前はどうしよう?」

「どうするも何も、レイヴァラスでしょ?」

「違うよ」

 イオリの言葉を、少女は即座に否定した。

「わたしは、自分のすがたが分からないもの……」

「じゃあ、とりあえずラスでいいんじゃない」

「ラス?」

 いかにも適当な発言だが、少女はその名をいたく気に入ったらしい。ぱあっと表情を輝かせ、自分を指差しながらアスレイを見る。

「わたし、ラス?」

「君がそれでいいなら」

 少女はラス、ラス、と弾むように繰り返した。つられて口元をほころばせるアスレイ。

 イオリは一人、苛立たしげに扇を寝台の端に打ちつけた。

「どうでもいいけど、あのバカ犬はいつまでほっつき歩いてんのよ!」

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