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世界樹の巫女  作者: 白石令
第2章
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6 緋をまとう者

 鎖で刃を防ぎ、弾く。ジェオは続けて攻撃に移ろうとしたが、ナイフの切り返しの速さに舌打ちして身を引いた。

 速いが、必殺の意志はない。ベイの攻撃の隙間を補うように繰り出される女の剣がそれなのだろう。

 ジェオはほとんどベイを無視し、女に向かって鎖を閃かせた。だが、ベイの細かな刃はやはり気を散らせたらしい。鎖は女の黒髪を数本断ち切っただけで過ぎた。

「あたしをご指名かい、鉄鎖! 残念だけど、あたしは可愛らしい女の子にしか興味はないんだよ。そこのお姫さまみたいなね!」

「そうかい。俺も毒々しい女は好みじゃねえよ」

「軽口を叩くとは余裕じゃねえか!」

 刃が同時に迫った。

「ちっ……」

 後ろへ跳び、二つの刃をかわしたところに、痩身の男が放った炎の塊が撃ちこまれる。ジェオを呑みこみ、一瞬激しく燃え上がった。

「ジェオ様!」

「フン、あっけねえ……」

 残忍な笑みは中途半端に固まった。炎を裂いて銀光が飛び出し、蛇のようにベイを襲ったのだ。頬をかすり、血の線を残して、すぐさま戻っていく。

 焦げた石畳に立つジェオが、引き戻した鎖の先端を受け止めた。

「いい熱風だ」

 思いきり馬鹿にした様子に、ベイの顔から薄ら笑いが消えた。

 再び刃と鎖をまじえながら、ジェオは考える。

 ベイと女だけならば、何とでもなる。問題は後ろに控えている術師だ。前衛二人の攻撃を回避した瞬間に術を撃たれては、さすがに反応しきれない。

 殺しが禁じられている以上、殺傷力の高い術は使わないだろうが、何度も食らえば痛手となる。

 かと言って術師を先に潰そうとしても、前衛がそれを阻む。

 基本的な戦術だが、だからこそ有用だ。

「ちょろちょろと、このクソネズミが――」

 ベイの一撃を、左腕に巻いた鎖で弾いて流す。その脇腹に蹴りを放とうとしたが、女の斬撃がそれを阻止した。

 直後、〈白鼠〉二人の間を縫って雷がほとばしる。術師だ。

 ぎりぎりで身をひねってかわすジェオ。

 そこへベイの追撃がかかり、ジェオは体躯に似合わぬ身のこなしで、いったん大きく距離を取った。



「やっぱり三対一じゃ分が悪すぎる」

 エリクははらはらしながら闘いを見つめていた。

 苦悶するアスレイとジェオを心配そうに見比べ、迷った後、アスレイに背を向ける。

「ごめん、これは俺には解けない。待ってて、すぐに助けるから」

 大丈夫、とアスレイの口がぎこちなく動いた。

 エリクは術師の男と天井を順番に確かめ、鞄から粉の入ったビンを取り出す。中身を振りまいた。微風を吹かせ、ジェオと〈白鼠〉達の方へ流していく。

 頭上より高い位置を漂う霧のような粉に、ジェオはすぐ勘づいた。ベイと女の攻撃をさっと跳んで逃れる。

 その瞬間、術師の掲げる手に生まれた炎が、次々と粉に引火して膨れ上がった。

 爆発。

 破砕された天井がすさまじい音を立てて崩れ落ち、〈白鼠〉達の上に降り注ぐ。

 飛んできた小さな破片を手で弾き、ジェオは伏せていた体を起こした。

「熱ィ!」

「大丈夫ですか? ジェオ様も巻き込まれるんじゃないかとひやひやしましたよ」

「充分巻き込まれてるよ! だがよくやった」

 ジェオは〈白鼠〉達を警戒しつつ、アスレイの元に戻った。

「解けねえか?」

「俺じゃ無理です」

「アスレイ、おまえ一応おと――いや巫女様だろ? 自力で解けねえのか?」

「……無……理だ……」

 かすれた声が答える。

「術をかけた本人じゃなきゃ解けねえってことか」

 ジェオは面倒そうに頭を掻くと、〈白鼠〉達が埋もれた瓦礫を振り返った。

「死んでねえだろうな?」

「この手の結界は、術者が死んだら解けますよ」

 がらん、と天井の残骸がひとかけら、転がった。身構えたジェオとエリクの前で、瓦礫の山が盛り上がり、がらがらと崩れていく。

〈白鼠〉の三人を、薄い膜が包んでいた。女が展開した結界のようだ。

「簡単な結界くらい、あたしにだって作れんのさ」

「……何だ。リーダーより優秀じゃねえか」

「鎖ィ! てめえ、軽口もいい加減にしやがれよ! 殺されねえとタカくくってんのか? ああ?」

「吠えんじゃねえよ、クソネズミ。とっとと巫女の結界解きやがれ」

 術師の男は、死人のような青白い顔でジェオを睨みすえるだけだ。

 ベイと女は再び得物を構え、男はぼそぼそと呪文を唱えはじめる。

 ジェオとエリクが緊張した、その刹那。


 グォグンッ……!


 遺跡が震え、天井が崩落した。ちょうど二つの盗賊団を分けるように、巨大な石の塊がいくつも落下してくる。

 そして開いた穴から多くの獣達がなだれ込んだ。

 一瞬〈白鼠〉側の策かと疑ったジェオだが、三人組の驚愕した様子に思いなおす。

「何だこいつら? 魔性狂いか!?」

「味方ではなさそうですね……」

 獣達は凶暴そうな瞳でゆっくりと周囲を見回した。その場にいる全員を敵と見なしたらしい。それぞれ〈白鼠〉とジェオ達に向き直り、身を低くして戦闘態勢をとる。

 ジェオとエリクはひとまず目標を変更した。



 いけない、とアスレイは焦った。

 あの獣達は自分を狙ってきたのだろう。関係のないジェオらを巻き込むのは歓迎できることではないし、何より多勢に無勢だ。巫女の城で襲ってきた時よりも数が多い。

 しかし。

(くそ……解けない……!)

 力を込めようとすればするほど負荷がかかる。霊力を高めるどころか、そのために集中することさえままならない。

 締めつけられる痛みから、精神がすり減り、意識を保つのも危うくなってきていた。

(このままじゃ……)

 思考に割りこむように、声が響いてきたのはその時である。

《――たすけたい?》

 澄んだ、高い声だった。空耳とは思えぬ存在感があった。

(誰だ?)

《……………》

 長い沈黙があった。

 かなり経って、思いだせないの、とささやくような答えが返ってくる。

《だけど、たすけてあげることはできる。だから、わたしをここから解放して!》

 どこから、とは尋ねなかった。かすれる視界の中に緋色の箱が入った瞬間、迷わずそれに手を伸ばす。

 口を動かすのにも多大な苦痛をともなう結界内で、その作業はかなりの労力を必要とした。

 やっとの思いで箱に到達し、痙攣(けいれん)するような動きで(ふた)を徐々に持ち上げていく。

 半分ほどまで開いた時、箱の中から炎が吹き上がり、蓋を弾き飛ばした。

 炸裂する赤い閃光。

 アスレイを捕らえていた結界が断ち切れる。

 熱のこもった風が吹き荒れ、渦巻き、そして――ふいに静けさが降りた。

 粉々に砕けた台座のそばに、一人の少女が立っている。

 年齢は七、八歳ほどだろうか。

 ざんばらな赤い髪に、利発そうな赤い瞳。典雅(てんが)で愛らしい顔立ちをした少女である。

 子供らしい幼さや無垢さ、ある種の我の強さなどは感じられない。争いの場にありながら、ただひとり凪いだ水面に佇んでいるかのような、超然とした清廉(せいれん)さをまとっていた。

 布に頭や腕を通す穴だけを作ったような簡素な服を着ており、その上から、緋色の箱を封印していたのと同じ、金の文字が縫われた帯を巻いていた。

「……………」

 少女は緩慢とも言える動作で辺りを見回す。

 その視線が獣の群れを捉えた。

 瞬間、獣達は爆発的な炎に包まれて炭化していく。

「…………!」

 炎が〈白鼠〉達にも及ぶと、アスレイは我に返って少女の肩を掴んだ。

「駄目だっ!」

「……………」

 とろんとした視線が返ってくる。そのまま瞳が閉じ、少女の膝が折れた。アスレイはとっさに彼女の体を受け止める。

「だ、大丈夫?」

「……力が……はいらない」

「――アスレイ!」

 ジェオの鋭い声に、アスレイは顔を上げた。生き残っていた獣が、ジェオやエリクをすり抜け、一直線にこちらへ走ってくる。

 少女を庇い、光剣を生もうとしたアスレイは、眩暈に襲われてよろめいた。あの結界は予想以上に体力を奪っていたのだ。

 肉を貫く嫌な音がした。が、痛みはない。

 アスレイの目の前に灰色の髪があった。

「……クエン?」

 狼の青年は、腕に食いついた獣を振り払い、壁に叩きつけると、瞳だけで振り返る。

「無事か?」

「ああ……」

「――まったくほこりっぽいったらないわ!」

 続いてイオリが姿を見せた。少女の炎で火傷を負い気絶したらしい〈白鼠〉達には目もくれず、アスレイが生きていることを確認すると、ジェオを睨みつける。

「あんたが鉄鎖のジェオね? この忙しい時に人の連れを拉致ってくれちゃって、礼を言わなきゃ気が済まないわ」

「美人の礼とは嬉しいねえ」

「そんなことを言っている場合じゃない! まだ……」

 残りの獣達が一斉に動く。

 だが、その動作には機敏さがなかった。先の少女の攻撃ですでに弱っていたのだ。

 獣達はジェオが振るった鎖に切り裂かれ、あるいはイオリの金色の炎に焼かれ、さして時間もかからずに全滅した。

「急いで逃げるわよ、アスレイ。止める奴らをぶちのめして侵入してきたから、人がやってくるわ」

「で、でもこの子は……」

「そういやその子なに」

 アスレイはジェオとエリクに空っぽの箱を差し出す。

「この子が箱の中に眠っていたらしい……どうするんだ?」

 ジェオは箱だけを受け取った。

「ルールでは、箱を開けて持っていきゃいいんだ。中身はいらねえよ」

「いらないって……」

「おまえにやる。労働料だ」

 にわかに外が慌ただしくなってきた。イオリの言う通り、人がやってきたようだ。

「クソネズミと決着がつけられなかったのは残念だが、まあいいさ。エリク、行くぞ」

「あっ……はい」

 あっさり帰ろうとするジェオに、アスレイの方が驚いた。

「何も聞かないのか?」

 聞かれても答えられることは少ないのだが、あまりにも淡白すぎる。

 しかし、盗賊団の頭は事もなげに言った。

「興味ねえよ。無関係のことにはな」

 さりげなく〈白鼠〉たちを蹴っ飛ばしてから、ジェオは部屋をあとにした。

「ありがとう! 巻き込んでごめん」

 ジェオを追って少年も姿を消す。

「誘拐犯と随分仲良くなってんじゃない」

「別に仲良くなったわけじゃ……」

「まあいいわ。追っ手に捕まっても面倒だから、さっさと逃げるわよ」

 イオリが目で合図すると、クエンは横の壁に黒い光球を放った。壁がぶち抜かれ、外の風景が顔を出す。

 しかし、そこから脱出しようとした時である。

 クエンが何かを感じたように振り返った。天井の穴を見上げる。

「そこにいるのは誰だ?」

 穴から覗くのは青空だけだ。

 だが、突如その空が陽炎のように揺らいだかと思うと、そこに若い男が立ち現われる。幻影の術か何かで身を隠していたのだろう。

「どうやら、獣どもをたった一人で倒したというのは伊達ではなさそうだな……獣化したそうだが、自我を失った様子もない。リロー様にお教えすれば、さぞお喜びになるだろう」

「あの獣どもを送ってきてたのはあんた?」

「そうだ。正しくは、私の主が」

 男は青い髪を風になびかせ、身構えるアスレイ達を見下ろした。

「闘う気はない。巫女の封印を解いたとなれば、殺す以外にも使い道がありそうだからな」

「巫女の封印ですって?」

 イオリの顔色が変わる。

「この封印をしたのが、巫女だって言うの?」

「知らんとでも言うのか」

 黙りこむイオリ。

 代わってアスレイが問い返した。

「おまえ達の目的は何だ?」

「それはこちらのセリフだ」

 男の目が鋭くなる。

「魔界の巫女は、地上の巫女を使って何を企む?」

「……………」

「教えないか。まあいい。これから監視を続ければ分かること」

 男の姿が少しずつ風景に溶けていく。

 声だけが薄れることなく届いた。

「私の名はキーク。巫女に伝えておけ。貴様が何を企もうとも、我々が必ずそれを阻止するとな」

 キークと名乗った男は、消える直前、小さなきらめきを落とした。

 円形のメダル。

 それはしばらく床で回転したあと、ぱたん、と倒れた。

 表面の紋章を見たイオリが、呻くような声を発した。

総霊院(そうれいいん)……」

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