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世界樹の巫女  作者: 白石令
第2章
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4 盗賊の要求

 アスレイは素早く室内を確認する。

 人数は、ジェオと名乗った男以外にも六人。どいつも体格がよく、明らかに素人ではなさそうだった。

 だが、一人だけ毛色の違う者も混じっている。アスレイと同じか少し年下くらいの、繊細な容姿をした少年だ。盗賊のような男達の中にあって完全に浮いているが、彼らに馴染んでいるところを見ると仲間なのだろう。気を失う前に見た顔だ。

 他には、木造りのテーブルといくつかの椅子、壁際には小さな窓と派手なソファ、スカスカの本棚、その上にはなぜか、小柄なカラスが一羽。

 唯一の出口は、目の前に立つ男の向こう側。

「……………」

 アスレイが問いただす意味も込めて睨みつけると、ジェオはにやりと笑って顔を近づけた。

「その鎖、俺の言うことを聞くなら外してやる」

「……それで?」

「巫女の高い霊力を借りたいのさ」

 再び顔を離し、彼は続けた。

「西に古い遺跡がある。お宝はあらかた掘りつくしたが、一つだけどうしても開けられない、それどころか触ることすらできない箱があってな。どうやら、ある一定以上の霊力を持った者でないと開けられない仕組みになっているらしい」

「それを開けるのに協力しろと?」

「そういうこった」

「断る。あんた達みたいな奴らに協力する義理はない」

 すうっとジェオの目が細くなった。薄い笑みが浮かぶ。

「ほー、気の強い女だな。この状況で、おまえに選ぶ権利があると思うのか?」

「待ってください、ちゃんと説明しましょうよ!」

 横から口を出してきたのは少年だった。本棚でぴょんぴょん飛び跳ねていたカラスが翼を広げ、彼の腕にとまる。

 少年は、やることなすこと唐突で強引なんだから、などとジェオに説教をしてから、アスレイに向き直った。

「俺達は〈(ふくろう)〉って言って、まあ見ての通り盗賊なんだけど。リーダーがこれだから誤解されやすいけど、一般の人からは取ってないんだ、本当に」

「おい、リーダーがこれだからってのはどういう意味だ」

 男達の間に笑いが起こった。しかし、ジェオのひと睨みでぴたりとおさまる。

「でも最近、〈白鼠(しろねずみ)〉とかいうグループがこの町にやってきて、頻繁に衝突するようになったんだ。互いのメンバーが顔を合わせるたびに喧嘩して、怪我人も出てきちゃってさ。だから、賭けをしたんだ」

 あとの説明をジェオが継いだ。

「同時にスタートして、西の遺跡の宝を先に取って戻ってきた方が勝ち。負けた方は、とっととこの町から出て行くってな」

「俺らにはルールもあるし、信念もある。だけどあいつらにはそれがないんだよ。弱い奴からも構わず奪い取るし、殺しだってする。そんな奴らに負けるわけにはいかないんだ」

 少年の説得は真摯(しんし)だったが、アスレイの心は動かなかった。体が重いのは何らかの薬を盛ったのに違いないし、こちらの意思を無視して連れ去ったやり方は乱暴だ。

 それに、こんなところで寄り道をしている暇はない。

「悪いけど、協力する気はないよ。自分達の問題は自分達で解決するべきだろう」

「おまえに、選ぶ権利があると言ったか?」

 ジェオの声が低くなった。

 太い腕が伸び、アスレイの胸倉を掴む。

「俺は基本的に女には優しいが、気に入らねえ奴なら女でも容赦しねえぜ」

「無力化した()に、大した凄みようだ」

 ジェオの目が怒りに見開かれた。

「ジェオ様!」

 少年の制止は聞かず、ジェオはそのままアスレイを持ち上げた。

 その時、恐ろしい形相が不審げなものに変わる。ジェオは何かに気づいたように、アスレイの胸元に視線を落とした。

「! おまえ……」

 わずかに手が緩んだ。アスレイは両手首に集めた霊力を一気に放出する。

 パンッと鎖が破裂した。

「なに……!」

 無詠唱で光剣を創り出し、横薙ぎに一閃。ジェオから距離を取る。

 頭がふらつく。まだ薬の効果が残っているようだ。この状態で七人もの男を相手にするのは辛い。

「なにもんだ、てめえ……」

「答える必要はないよ」

 手近にあった椅子をジェオの顔に蹴りつけ、衝突の瞬間を狙って光剣を叩きこむ。砕け散った椅子に気を取られているうちに横をすり抜け、ドア近くにいた男の一人を蹴り飛ばした。

「そいつを逃がすな!」

 ドアノブに手が届く寸前で腕を取られる。その痛みに、やけに腹が立った。薬で鈍くなった頭と感覚のせいで、感情の抑制も利かなくなっているのだ。

「触るな!」

 霊力が雷撃となって体をほとばしる。呻いて手を離した男の腹に掌底を打ち、背後から襲ってきたもう一人を振り向きざま斬り払った。

 そして光剣を消すと、両側から迫ってきた二人のうち、一人の腕を引き寄せて担ぎ、反対側の男に向かって投げ飛ばす。男二人はそろって床に転がった。

 瞬間、風を切って何かが飛来する。

「…………!」

 腕に太い鎖が絡みついた。

 ジェオだ。腰につけていた鎖である。

「この際、おまえが何者だろうが構わねえ。抑霊鎖(よくれいさ)を解くほどの霊力、何がなんでも使わせてもらう」

「単にそういう訓練をしていただけだ」

 巫女を護るために。

 アスレイは再び光剣を生み出すと、腕を締めつける鎖に向かって振り下ろした。

 ヂンッ、と剣が止まる。固い手ごたえ。

「無駄だ」

 ジェオが不敵に笑った。

「斬れるかよ。抑霊鎖と違って、俺の自慢の武器だ」

「……………」

 さらに霊力を高めようとしたアスレイは、急に視界がかすんでふらついた。先程からある眩暈とは違う。瞼が重くなる――強い眠気。

 視線をめぐらせたアスレイは、少年と目が合った。

「ごめん、こっちも必死なんだよ」

 彼が持つ袋から、さらさらと細かい砂がこちらへ向かって流れてきている。

 とっさに呼吸を止め、眠気に抵抗できたのも束の間だった。

(くそ……!)

 こんな所で無駄足を踏んでいる時間などないというのに。

 苛立ちとともに、意識は白い闇に包まれて沈んだ。



「――やれやれ。思った以上のじゃじゃ馬だな」

 ジェオはアスレイの体が床に激突する前に、その腕をすくい取った。

 じゃじゃ馬――いや、違う。アスレイが女ではないことに、彼は気づいた。女ではないということは、当然、巫女でもないということだ。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

「強力な抑霊鎖つけとけ。あそこからかっぱらったやつがあったろ。それから、すぐに移動するぞ」

 アスレイを手近な手下に押し付けると、ジェオは気絶している者達に蹴りを入れた。

「おい、起きろ。移動するんだよ! ったく、こんなお嬢ちゃんにあっさりやられやがって……覚悟しとけよ、白の奴らを町から叩き出したら、俺が直々に稽古してやる」

 瞬く間に手下達の顔が青くなった。媚びとも恐怖ともつかない引きつった笑みを作る。

「お、お頭、ありゃちっと油断してただけで……」

「そ、そうですよ、不意をつかれたっつうか……」

「おまえら、俺が言い訳は嫌いだって知ってて言ってるんだろうな?」

 重々しい鎖をじゃらりと鳴らすと、手下達は一斉に謝罪した。そして我先にとドアに殺到する。

「第二の隠れ家だ! 俺より遅れやがったらシメるぞ!」

 アスレイを抱え、やかましく出て行く男達。

 ジェオの他、残ったのは少年一人とカラス一匹になった。

「ジェオ様、なんで移動するんです?」

「あのお嬢ちゃんには魔界の巫女のお守りどもがついてやがったんだろ? 片方の五感は尋常じゃねえって話だ。ここはすぐにバレる」

「分かりました。それなら、追跡できないようにしますね」

 少年は肩から提げた鞄を探り、拳ほどのボールを取り出した。それを見たジェオは満足そうに笑い、ドアへ向かう。

「やっぱおまえは使えるな、エリク。あのアホどもとは大違いだ」

「あはは……そのかわり、俺は戦闘なんてできないですから」

 少年は袖で鼻と口を守り、部屋の中央にボールを叩きつけると、ジェオに続いて急ぎドアをくぐった。



 ドアを開けた瞬間、クエンは咳きこんで後ずさりした。

「なんだ、この臭いは?」

「鼻がおかしくなりそう。これは……先手を打たれたわね」

 殺風景な部屋には、誰の姿もなかった。アスレイの匂いをたどって町外れの小屋に踏みこんだが、遅かったらしい。

「かすかに残り香があるが」

 室内に進み、鼻をひくつかせていたクエンは、再び鼻を押さえて咳をする。

「小屋の周りもひどい臭いね。これ以上は追えないわ」

 クエンは床から黒い羽根を拾い、首をひねってそれを捨てた。椅子の破片らしきものを足で払う。次に発見したのは銀色の小さなかけらだった。散らばったそれらの形から察するに、鎖だったのだろう。

「鉄……鉄鎖のジェオか?」

「〈梟〉か。緑の奴らね。まあ白よりはマシか」

「どうする?」

「幸い、明日のレースのスタート地点と時間は分かってるわ」

「その時に叩くのか?」

「そうね。その方が確実だわ」

 クエンの表情に不満を見てとり、イオリはつけ加える。

「やみくもに捜したところで見つかりっこないわ。無駄に疲れるだけよ」

「……分かった」

 素直にうなずいたクエンだったが、納得していないのは明白だった。ここで何らかの争いがあったことは間違いない。今すぐに盗賊どもを片っ端から締め上げたいのが正直な心情だろう。

 イオリは眉間にしわを寄せてため息をつくと、べしっと扇子でクエンの額を打った。

「冷静になるのね、バカ犬。もう一度言うけど、アスレイは本来護る側なのよ。か弱い女の子とは違うし巫女でもないの。いい?」

「そんなことは承知している」

 拗ねたような表情をすると、クエンはイオリとすれ違い小屋から出た。

(分かってない)

 もっとも、分かっていての言動だとしたら、もっと問題なのだが。

 ――〈梟〉の隠れ家をあとにした二人を、数人の男達が待ち構えていた。

「てめえら、緑の仲間か?」

 胸元に同じ紋。それが〈白鼠〉と呼ばれる盗賊グループの象徴であることは、この町に住む者なら子供でも知っている。

「違う」

 クエンの否定を、男達は信用していないようだった。彼らは心持ち体を前にかたむけ、肩を広げる。威嚇のつもりらしい。

「おまえ達に構っているほど暇じゃない……」

 クエンの口調にやや暗さが混じった。怒りとまではいかないが、苛立っていることは確かだ。

「他の奴らはどこだ? ジェオの野郎は?」

「知らん」

「ふざけんじゃねえ。地上の巫女を手に入れたらしいじゃねえか」

「なんなら、そっちのお姉ちゃんに聞いてやってもいいんだぜ」

「体にたっぷりとな」

 任せたわ、とクエンに言い捨てて去るつもりだったイオリだが、足止めを食ってただでさえ気が立っていたところに、その不愉快なセリフは神経に障った。

 鼻で笑うと、ゆっくりと男たちを見回す。

「やってごらんよ、下衆どもが」

 たちまち男達は逆上し、二人に襲いかかった。



「一人、だと?」

 磨かれた床に、彼はカツン、と靴のつま先を当てる。音は静まり返った室内に反響し、空気を張り詰めさせた。

 彼は椅子の肘掛けに腕を乗せ、頬杖をつく。端正なその顔を占めているのは失望だ。

「狼の一人にやられたというのか。できそこないとはいえ、あれだけの獣どもが」

「は……まったく申し訳も」

「謝って欲しいわけではない。どう手を打つべきか、それだけだ」

 彼の前で直立する部下は、素早く報告書を開いた。

「現在、地上の巫女らしき少女は、例の二人から引き離され〈梟〉という盗賊グループに身柄を拘束されています。狙うならば今かと……」

 もう一度靴底で床を打つと、彼は腰を上げた。

「分かった。倍の数の獣を用意しよう。指揮はおまえに任せる」

「はっ」

 部下は一礼し、きれいに足を揃えて回れ右すると、静かに退室していった。

「……………」

 一歩も動かぬまま、カツン、と再び床を鳴らす。カツン、カツン、カツン。音は何度か繰り返された。

「倍用意しても、所詮できそこないはできそこない。役に立つか分からんな……」

 カツンッ。

 最後の一音は強い苛立ちを含んで室内に染みた。

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