3
あれから《瞬斬》の練習を兼ねて魔物と戦ってみた。
その結果、対象を一体に指定すれば最初のように他まで切ってしまうようなことは無さそうだ。
問題は、咄嗟にそれができるかどうかだ。
それとこの《瞬斬》は指一本なら一閃される。
では、指二本ならどうかとやってみたところ、魔物の体が3つに分離した。
指3本なら4つ。
指5本なら6つになる。
しかも両手で使える。
つまり、右手5本を水平に、左手5本を垂直に動かせば・・・・。
そうしていま目の前には大量の肉片が散らばっている。
猟奇的と言えるほど、荒微塵にされた魔物の死体だ。
元々の形そのままに荒微塵になっているから元がなんだったのかすぐにわかる。
例えるなら、焼く前のサイコロステーキのようだ。
タカヤンに、何も言わずに焼いて出したら食べるだろうか。
食べるかもしれない。
意外に食いしん坊だしな。
今の所、順調に森を歩いている。
この森には狼系の魔物が多く徘徊しているようだ。
今の所、狼にしか出会っていない。
狼しかいないということはないだろうから、偶然なのだと思う。
《瞬斬》の性能は見ての通りだ。
コントロールもだいぶ出来るようになってきた。
これなら街中で戦闘しても、街にそんなに被害を出さずに済みそうだ。
随分歩いてきた。
闇雲に森を歩いているわけじゃない。
ちゃんと地図を見ている。
この地図があっていればあと少しで街のはずだ。
森の中には地図を売っている店も商人もいなかった。
でも、今自分は地図を手にしている。
これはどういうことか。
答えは簡単だ。
生産職『眠る神魔の収集人』のスキル、《アイテム変換》によるものだ。
魔物との戦闘で手に入った、【狼の骨】を道具変換してみた。
結果、【狼の骨】は【周辺地図・簡】に変換された。
どうやらこの《アイテム変換》というのは、元の素材を思い描いた道具に変換できるスキルらしい。
便利なスキルだが、変換には条件があるようだ。
今の所判明しているのは、元の素材によっては変換が実行されない、ということだ。
おそらく、素材のレアリティが関わっているようだ。
最初は【狼の毛】、【狼の肉】、【狼の皮】で試したができなかった。
つまり、この3つよりも【狼の骨】のほうがレアリティが高いのだろう。
で、手に入った地図を見ながら、街に向かっている。
地図はなかなか便利で、自分が動けば中のマーカーも動くし、東西南北の表記もある。
ただ、地図の精度はざっくりとしていて、こういうところが簡、ということなのだろう。
地図上では、もうそろそろ街が見えても良さそうなのだが。
おお、門が見えた。
中々大きい街のようだ。
この街は森の中の街なのだろうか。
それとも森の入り口の街なのだろうか。
街の向こうまでは見えそうにない。
随分時間がかかってしまった。
タカヤン、待ち草臥れているだろうな。
門に辿り着いた。
門の隣には二階建てくらいの建物がある。
赤煉瓦造りで頑丈そうだが、あちこち蔦で覆われ、ヒビも入っている。
おそらく門番の休憩所だろう。
門は重厚そうな木製の二枚扉、だったのだろう。
と言うのは、右側の扉だけ何かがぶつかったような大きな穴が開き、扉の前と奥に木片が散らばってしまっている。
左側の扉はクリーム色でなかなか綺麗で、おそらく右側もそうだったのだろう。
それと、遠目からでもわかるくらい、蝶番は錆びてしまっているようだ。
門には門番だろうか、男が二人立っていて、そのうちの一人と目が合った。
その瞬間、変な音がした。
プップとかペッポとか、そんな音だ。
同時に視界の左上から板を持ったデフォルメされた天使が現れた。
天使は持っていた板を見せつけるように前に掲げると再び視界から消えていった。
天使が持っていた板には『クエスト発生!』と書かれていた。
あれはクエストの発生を知らせるインフォなのだろうか。
発生したクエストの詳細はどこで見られるんだろう?
メニューかな?
後で見てみよう。
「おう、旅の者か?」
横柄な感じだ。
軽装鎧、兜は無し。
手には太い木の棒を持っている。
二人とも体格は良く、片方は普通だが、片方はどうみてもゴリラだ。
「ここを通してやりたいのは山々だが、今はちょっと問題が起きていてな。」
「大体見てわかりますけど、何かあったんですか?」
「ああ、この扉の蝶番が遂に動かなくなっちまってよ。ギルドの方に依頼したんだが、音沙汰が無かったもんで、相方が焦れて穴を開けたんだ。」
このゴリラでなく隣の相方が壊したらしい。
「でもこの扉、割と頑丈でよ、このくらいしか穴が開かなくて結局通行不能ってわけよ。」
蝶番だけの交換で済むところが扉ごとの交換になってしまったってことか。
「え、でも左側は無事だったんですよね?だったら左側だけ開ければよかったんじゃ・・・。」
「ああ、いや、この扉ってな、こっちからすれば奥側に、つまり街側に開くんだよ。でな、この右側の方が左側に被さるようになっていてな、左側だけじゃ開けられないんだ。」
なるほど。
ゲーム序盤で通行不能の門か。
これもチュートリアルの一環だろうか。
「直すまでまだまだ時間がかかる。そうだ、この街では今、葉兎の皮と肉が少ないんだ。待ってる間に狩ってきたらどうだ?高く売れるぞ」
再びペッポと音がした。
左上から天使が降りて来ると思いきや、現れたのは板だけだった。
板には『クエスト発生!』と書いてある。
天使がいないのはどういうことだ?
考えられることとしては何がある?
難易度か?
このタイミングでメニューを開く。
メニューに『クエスト』が追加されている。
『クエスト』を開くと、2つ表示された。
1つは『大門の修理』、一つは『葉兎の需要』だ。
前者にはクエスト名の前に羽を模した金色の印が付いていて、後者にはNの印が付いている。
Nはノーマルだとして、金の羽の方は超難易度という感じかな?
おそらくこのタイミングで『大門の修理』よっぽど難しいのだろう。
それなりのスキルが必須だろうから。
でも戦闘は十分だと思う。
かなりの量の狼素材は取れたし、これを売れば少しは金になると思う。
別に戦闘が嫌というわけじゃないんだが。
どうにかできないものか。
扉を見ると、【壊れた扉】と表示される。
ということは、アイテム扱いなのだろうか。
とすれば、変換が可能かもしれない。
だとしても、【壊れた扉】と狼素材だけでは無理そうだ。
いくらやっても紋章が浮かび上がってこない。
扉の前の粉砕された木屑も見てみる。
【砕かれた扉の破片】と表示された。
考えてみればこれを含めて扉1枚分なのだから、これも必要なものなのだろう。
扉と木屑と狼素材を合わせればいけるようだ。
扉を新品にするのだし、もともとの扉(【壊れた扉】+【砕かれた扉の破片】)+αが答えだったようだ。
まぁ、もしこれでダメでもその時は葉兎を狩りに行けばいいだけだ。
さっそく試してみよう。
「あの、僕が扉を直してもいいですか?」
「あんたが?あんた、修理できるのか?」
質問で質問を返された。
ま、それはともかく。
「修理、というわけではないですけれど。」
そう言いながら、扉に触れる。
同時に、アイテムボックスから【狼の骨】を10本ほど出す。
「変なことにだけはしないでくれよ?」
門番ゴリラは不安そうだ。
頭に新品の扉を思い描く。
そしてスキル《アイテム変換》発動。
手元の骨が消え、壊れた扉と、木屑が光り出す。
『眠る神魔の収集人』の紋章が浮かび、扉に重なる。
光はだんだん強まっていき、光が弾けると、扉はすっかり綺麗になっていた。
蝶番もすっかり綺麗になっている。
狼の骨は9つ消えている。
結構消費したようだ。
「ふぅ、できて良かった。」
「おおっ、綺麗になってるじゃねえか。」
門番ゴリラが扉を押すと、すっと開いた。
おかしなところは見当たらない。
パパパパーン。
トランペットのような音がした。
RPGにありそうなレベルアップ時みたいな音だ。
メニューから『クエスト』を見てみると、『大門の修理』の後ろに花丸が付いていた。
さらに『葉兎の需要』は消えていた。
あれはどちらかを選択するということだったみたいだ。
ところでさっきの音はクエストの達成時の音らしい。
「ギコギコ音もしないし、スムーズだ。ありがとうよ。あんた、まだ冒険者じゃないだろ?冒険者以外は本当なら、門を潜るのに1000リルラ必要なんだが、この扉でトントンでどうだ?」
金が必要だったのか。
しかも1000リルラとは。
良かった。
おそらく葉兎を狩ってもそれだけで済まなかったことだろう。
「はい、いいですよ。」
「よし、じゃあ、通ってくれ。ああ、冒険者になるならギルド支部に行くんだろ?ギルド支部は目の前の大通り沿いにあるからすぐわかるはずだ。」
門を潜ると大きな街があった。
門番ゴリラの言う通り、目の前には大通りがあって、様々な店が並んでいる。
活気があって賑やかな街だ。
ゴリラに会釈してギルド支部に向かった。
意外と、親切なゴリラだった。
さて、プレイヤーは全員、冒険者となる。
だが、ギルドに登録するまでは冒険者ではない。
束の間の一般の旅人だ。
プレイヤーは全員、ギルドに登録する。
その上で生産職を行うのは自由だ。
あくまでギルドに登録する者=冒険者という括りであって、冒険者全てが必ずしも冒険しているとは限らない。
いや、生産職もある意味では冒険なのかもしれないが。
ギルドと書かれた大きな看板が見えた。
ベージュの板に黒い文字でギルド本部ラテル支部と、この世界の言語で書かれている。
が、僕たちプレイヤーにはすぐ下に語訳の補足が出る。
今知ったことだが、この街はラテルというらしい。
門番の休憩所と同じく赤煉瓦造りで平屋の建物だ。
所々焦げたような跡がある。
看板も煤で汚れていて年季を感じさせる。
扉は真っ黒で敷居の高そうな感じだ。
扉を押すと程よく重さが伝わってくる。
同時に、中の喧騒が聞こえてくる。
室内は人で溢れかえっている。
どうやら大混雑中のようだ。
ただし、新規受付の窓口は空いていた。
誰もいないようだ。
近付けば誰か出てくるだろうか。
窓口に近付くと、窓口の下から女性が立ち上がってきた。
モグラ叩きのモグラのようだ。
「ようこそ、ギルド本部ラテル支部へ。」
そう言いながら手を差し出す女性は、随分背が低かった。