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第二話 責める男(3)

      2 自責


 幸いなことに、即死だった。運転手が居眠りをしていてジェームスに気づかなかったのが原因だ。

 今は、奴の屍を見ても何も感じられない。後悔すら思いつかない。ただ頭の中で、俺が悪いのか? 俺のせいか? 俺が早く注意すれば……けれど、言ったところで撥ねられたかも? と言い訳を探す自分がいた。最愛の親友を亡くしたというのに考えることは己の保身だけ。遂には 奴などこの世に存在していなかった。俺は関係ない人間だ。そう思いこもうとしていた。

――その後、奴の葬儀が粛々と執り行われ、いつの間にか全てが終わっていた。


 それから1ヶ月、俺は今までの出来事を忘れて無心で生きていこうとした。当然ながら……メアリーとも付き合い始めたのさ。これで何もかも順調に進む気がして人生最高の幸せを感じていたよ。

 そしてその気持ちが募った結果、俺たちは決心した。そう、結婚を誓い合ったんだ。漸く充実した生活が始まったという訳だ。

 俺は熱心に仕事に励んだ。幸福感を噛み締め、日々を暮らした。何事もなく……

 ところが、やっと新婚生活にも慣れて、浮かれた気持ちも落ち着いてきた頃、突如として胸の奥底からじんわりと喉を締め付けるような感情が湧き上がってきた。それと同時に、頭の中で問答も始まった。もう一人の俺が、(お前は平気なのか?)と訊いてきたのだ。

 俺は元より焦った。平和に暮らしていたのに、何を今さら! すぐにその偽善者へ向かって叫び返した。

(仕方がない。あの時は正しい選択をしたんだ)と。

 するとどうだろう、そいつは、(ジェームスがそれを聞いてどう思うかな? 彼を見殺しにしたことが正解だって? きっとお前の英断に感謝していることだろうよ)と皮肉を込めて言った。

(…………)俺は何も言えず、硬直したままやり過ごす。

 さらにその声は、(いやいや、違うな。お前は根っからの悪人だったか。そうだ、メアリーを得るためにわざと奴を殺したんだっけ。お前より裕福で優秀、全部において勝っている男ジェームスを妬んだ末に、この世界からいなくなればと願ってやったんだ。なっ、正直に認めろよ)と浴びせるように続けた。

(……違う、何を言ってやがる。……黙れ)俺は必死で反論した。

 しかし、己の中の良心、チッポケな良心だったが、その程度の罵声で終わってはくれなかった! 逐一、隙をついては俺の胸を抉るように責め立ててきたのさ。俺は、その都度ひたすら懸命に耐えた。もう狂わんばかりの抵抗をして堪えた。

 とはいえ、それほど罪の意識が強かったのか、気づいた時には、そいつはとてつもなく大きく、まるで怪物みたいに巨大化していた。俺の精神では耐えられない領域まで達していたんだ!

 そのため、いつの間にか仕事もせず、酒場に入り浸り、家にも帰らなくなった……とうとう人生から逃げだしていた。

 そんな俺の急変に、勿論メアリーも気づいていただろう。なのに、彼女は何も言わない。だらしなくなったこの馬鹿に小言一つも。それどころか、俺を気遣って親身に尽くしてくれる。そのことが余計に辛く、やがて彼女の優しい一言一言さえも茨のごとく胸に突き刺さった。本当はジェームスへの仕打ちを知っていて、嫌味を言っているかに聞こえてきたからだ。逆に責められた方がどんなに楽だったか……。しかもこの状況になって、愚かにも漸く俺は悟ったよ。彼女は聖人過ぎて、自分には不似合いだと言うことを! 彼女には誠実なジェームスの方が良きパートナーだったんだ。

 その時点から、俺はもういたたまれなくなった。

――そして結局、彼女を捨てて家を出ていたのさ。後はどうにか、ここパームシティに偶然流れ着く。それは10年前の出来事だ。


 俺は手に持ったグラスのウイスキーを一気に飲み干し、最後の結末を伝えた。

「この10年間、俺も我武者羅に生きようとした。彼らのことを忘れられるはずもないが、別の仕事にも就いて再出発してもみたさ。だけど……この有様だ」

 次いで若い紳士の方を向き直り、「どうだい? これが俺の物語だ。親友を見殺しにした大悪人ヒューイ、それを今でも後悔して飲んだくれている。けど、四六時中、己に問いかけてはいたよ。何で……あそこで迷った? 何故お前は注意しなかった? そんなに奴が憎かったのかってね!」

 若い男は黙って前を向いたままだ。俺はさらに続けた。

「何度、死のうと思ったか! だが、駄目なんだ……俺は臆病だ。自分では死ねないんだよ。だから、こうして金持ちにたかっては安酒を恵んでもらっている。全てを忘れるために……。そう言う訳だ。お気に召したかい? このヒューイ・フリックの過去を」全部隠さず話していた。こうして俺の話は終わったのだ。

 すると、今までつぶさに聞いていた若い紳士が、この時初めて、

「面白い、全く面白い」と満足したかのようにポツリと呟いた。

 俺はその言葉を聞いても、こんな陰気な他人事を面白い? 変わった奴だ、としか思わず勝手にボトルを手に取り自分のグラスに注いでいたら、その男は変に含んだ面持ちでこちらを振り向き、

「ではヒューイさん、一つ質問してもいいですか?」と尋ねてきた。

 俺は飲むのに忙しくまともに相手にするのも煩しい。適当に頷いていると、

「もし、何かを提供するという条件で、あの事故の日に戻ってやり直せるとしたらどうします?」突如、荒唐無稽のことを言いだしやがった。

 それには俺も、堪らず吹き出し、

「ひゃひゃひゃ……何だって? ふぁはは、あんた相当酔ってるよ」からかわれたという思いで男の顔を見てみた。が、いやに真剣そのもの、彼の表情から本当に知りたそうだ。

 それなら、「そうだな、もしできるなら俺の全てをやるよ。と言っても金や土地はねえ。まあ、あるのは俺の体と魂だけだがな」と答えてやった。

「ほほう、あなたは魂を差し出すのですか?」

「ああ、好きに持って行ってくれ。価値もねえ腐れ物だ。それでも良けりゃーな」

「分かりました。では契約書にサインをお願いします」と今度はどこからか紙を取り出した。

 俺はこの若造が冗談を言っているとばっかり思っていたが、契約書まで持ち出したのを見て、流石に呆気に取られた。しかも俺の目の前に突き出したものだから、「よし、書いてやろうじゃないか」俺もその気になって署名することにした。もう失う物もないしな……

「ただし、サインの横に血判をお願いします」と書いてる側からそいつが俺の親指を摘む。不思議なことに痛みを感じることなく親指の腹が血でにじんだ。

 ええぃ、やけくそだ。俺はサインして血判を押してやった!

……………………

 ところが……「むむっ?」次の瞬間! 眩い光が、突然俺の視界を遮った。

 えっ、何が起こった? 俺は瞼を瞬かせながらゆっくりと辺りを窺う。

 すると、ま、まさか、嘘だろ? 俺は己の目を疑った! と言うのも、あの日のあの場所。そう、スター大劇場の通りに、戻っていたからだ!?

 それも目の前には、道を挟んでメアリー、真横にジェームスが歩いているのを認めた。そしてジェームスの方は、間髪入れず道を渡り始め……あっ、危ない! 車までやって来やがった!?

 これは、幻か? 否、そんな馬鹿な! 俺は酒場にいたはず……

 だが、悠長に考えている暇は、もうない!――激走する車が目前に迫っているのだ――

 ええいっ、こうなったら何でもいい、早く奴を助けるんだ! その思いだけで、俺は迷わず声をを出そうとした……が、んっ、どうした? 声が出ない! 必死で口を開けて話そうとするも音にならない。駄目だ! このままでは、奴に衝突する!?

 そう切羽詰まった途端、俺は、知らぬ間に走っていた。ジェームスに向かって懸命に駆け出し、彼を救うため、形振なりふり構わずジェームスをうしろから突き飛ばしたのだ。

 衝撃音が夜空に鳴り響いた!

 奴はどうなったのだろう?……良かった、助かったようだ。

 けれど代わりに、俺が撥ねられていた! 



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