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紫竜号
「来年・・もう一度だけ、紫竜号を参加させたいのです。どうか・・」
川上氏は、ぼろぼろに傷ついて戻って来た紫竜号を、半ば強引に香月の所から引き取った。それは、現在の香月鳩舎の状況を見れば分かる通り、師匠としての心遣いからだ。それには香月は心底感謝していた。しかし、この行動は川上氏に微妙な心の変化をもたらしていた。川上氏自身、紫竜号に魅せられたのだ。磯川がそうであるように、白川氏が、ネバー号に魅せられたように・・この偉大な競翔家にして、非の打ち所が無い競翔鳩の紫竜号には心を惑わせるものが確かにあった。
「紫竜号の目はまだ・・死んでいません」
香月が重ねて言う。
「見るかね?・・私の鳩舎の中で、今ルピー号(旧川上系群勢山系の品評会総合一席の美鳩)と番になっている。あの穏やかな表情の紫竜号の目を見たまえ。私も実を言うと、もう手離したくない程紫竜号に惚れこんでいるのだ」
気持ちを川上氏は隠さなかった。それが、師匠の要望なら、香月も否とは言えないだろう。
川上氏の後をついて、香月は鳩舎に向かった。




