紫竜号
紫竜号が鳩舎に到着したのは、午前9時40分。打刻をした香月だったが、その余りの姿に驚いた。紫竜号の全身はずぶ濡れ、羽毛は剥がれ落ち、主翼を完全に傷めていた。紫竜号に風が吹かなかったら、飛ぶのもやっとの状態だったかも知れない、昨年負った傷口はぱっくりと開き、1100キロGCHをいかに、この鳩が無謀な飛翔をしたか、香月は悟った。傷口を消毒し、主羽を3枚ずつ香月は抜いた。紫竜号をしばらく舎外に出さない為だ。
午後になって川上氏から電話が入った。
「やあ。どうだね?」
好調のようで、川上氏の口調は明るかった。
「はい・・何とか午前中に戻って来ました。でも、紫竜号は自分を壊してしまったようです」
早い帰舎の割りには沈んだ香月の言葉に、川上氏は尋ねた。
「・・どう言う・・事かな?順を追って説明してくれるかい?」
「はあ・・今晩俺が行きます。鳩時計も預けなきゃいけないし、その時地図でご説明します」
そう言って電話を切ると、芳川に電話した。芳川は勤務であったが、午後から戻って来るようになっていた。
・・・昼から戻って来た芳川が驚いた。
「わあ・・・どうしたんだ・・この有様・・」
紫竜号の体に真っ赤についた赤チンを見て、芳川は驚いた。見事な絹のような羽毛もぼろぼろ、主翼も短くなっていた。
「主翼3枚は駄目だから、抜いたよ。それより、見てよ・・この傷・・」




