紫竜号
「紫竜号もGCHレースには、最高の状態で、参加出来たね。大羽を切ると言う私としては不満で、万全な状態じゃないが、放鳩車に積み込む前に触ったら、最高の状態だった。磯川君じゃないが、確かに・・紫竜号を眺めたら、どんなチャンピオンも色褪せるよ。私も実は、紫竜号のファンなんだ。ネバー号の再来・・それ以上かも知れない」
「紫竜号には振り回されますが、一番このレースが良い状態だと思います」
香月も肯定した。
快調にその頃紫竜号は飛んでいた。霧の立ち込める津軽海峡を躊躇する事無く、一直線に飛び越える。あの悪夢の昨年を忘れるかのように・・紫竜号は知っていた。唯一当日一羽帰りの自分が、トップに立てない理不尽を味わった事を。紫竜号は更に加速をし始めた。もっと先へ・・もっとだ。曇天の空、驚異的なスピードが紫竜号を押して行く。気流は紫竜号を運んだ。紫竜号の資質とは底から止めどなく溢れる才能の泉だ。その本能は、自らコントロールするのでは無く、自然に湧き出るような力となって、発揮されて行く。今の紫竜号の体は、ほぼ完成の域にあった。海峡をどの鳩よりも一番に渡りきった紫竜号。その先に昨年南下した、あのコースが見える。紫竜号は思った。




