プロローグ
彼は意を決して、香月に言った。その気持ちが痛いほど分かるからこそ、手放すタイミングをこれ以上延ばしてはならない。香月が鳩を好きになったのなら、川上氏に申し入れて、分譲して貰える鳩がもし居れば、一緒に頼んでやろう・・そう考えた。
「一男、返さなきゃこの鳩を・・飼い主に・・」
「・・・う・・うん・・」
「一緒に行ってやるよ」
「うん・・」
この鳩に心奪われた香月の様子に、芳川も辛かったが、彼がダイヤルを回した。
「はい!川上精肉店ですが」
電話に出た声は非常に明瞭で、商売人らしい口調でありながら、どこかに優しい響きを感じさせた。
芳川は正直に香月が学校に迷い込んだこの鳩を治療し、そして、元気になったら連絡しようと日延びしながらもこの鳩に心奪われ、今日まで連絡せずに居た彼の心情を話した。
「・・そうでしたか。良く連絡してくれましたね。有難う、香月君が優しい少年である事に本当に感謝します。間違いなくその鳩は当家の大事なレーサー(競翔鳩)の一羽です。君が香月君の心を代弁してくれて、その心情も良く分かります。どうでしょう?もし、よろしければ、飼っていただけませんか?」
「えっ・・本当に!」
芳川は予想外の言葉に驚いた。
「勿論です。そんな優しい少年なら喜んで。どうでしょう?今度の日曜日にでも私の家に遊びに来られますか?」
「は、はい!」
もっと早く勇気を出して言えば良かった・・。芳川はそう思った。
そして、鳩小屋の前で、やや元気を失っている香月に、その事を伝えた。
香月は恥ずかしくなった。自分の身勝手で日延びした連絡を咎めもせず、電話の相手を、そのまま家まで招いてくれると言う、愛鳩家の素晴らしい人柄に感動したのだ・・。