紫竜号
川上氏の目からも涙が零れた・・。この日、香月の本心を初めて知った事で、川上氏もその香月の心情を理解した。その気持ちがある限り、香月が第2の白川氏にはならないと思った。だが・・この許可が、香月を、そして紫竜号を翻弄する岐路に変わろうとは。この時点では誰も思わなかった。
この春季400キロレースになって、芳川が香月鳩舎の代理として、24羽の鳩を持ち寄り場所へ持って来ていた。その芳川が新人と言う事で、実はこの籠の中に紫竜号が参加させられているのを、他の会員達に気づかれる事も無かった。香月は、契約する製薬会社との打ち合わせもあって、毎日多忙な日々を過ごしていた。紫竜号が香月にとって、災いをもたらす鳩なのかと言う事を危惧しながらも、芳川は香月を見守って行こうと決心をしていた。この時磯川が、自信満々に連れて来た鳩がパイロン3世号・・奇しくも同放鳩車のブロックに入れられていた。
連合会主催の単独放鳩地であるこの400キロレースは、参加鳩舎、鳩数も少なく、900羽余りであったが、その中では全国的に名が知れ渡り、銘鳩大鑑にも記載されているパイロン3世号は、他の鳩を圧倒するような威風堂々のオーラを放っていた。紫竜号は、パイロン3世号に近寄った。そして、眼光鋭くこう言い放った。
「よお・・。このレース、俺と勝負だな」




