紫竜号
あの頃の粗末な鳩舎からは一変し、素人目にも明らかに違う素晴らしい選手鳩達。一緒に面倒を見た、源鳩パパ号は今も健在だ。感動を貰った、初レース、初優勝の「ピン太号」も威風堂々として、種鳩鳩舎に居る。その陣容は当時と比べようも無い。しかし、この期間までの断片的な手伝いはあったが、ほぼ全般的な空白の中で、香月が繰り広げて来た、競翔の歴史を芳川自身は知らない。現実の鳩舎には、無数のエース鳩達が存在し、そして、新たに建築された、選手鳩鳩舎にはこれから作出された、雛達が収容される事になる。芳川が香月の留守中や、これまでの1ヶ月間を観察して来た、旧選手鳩鳩舎の現役レーサー20羽の中から、スプリント号を初めとする、キング号、クイーン号等一級の鳩達が、種鳩鳩舎に移されるのを見て、何故か寂寥感が沸いていた。芳川はこの鳩群は、どんな雄姿を見せて帰還するのか、それを見て見たかった言う気持もある。この時、芳川は香月にある提案をしたのだった。
「なあ、お願いがあるんだが、一男の所の旧選手鳩鳩舎が空になったら、俺にくれよ」
「え・・?」
香月は意外そうに芳川の顔を見た。
「俺もさ、その時に鳩を飼いたいんだ」




