春風と英傑の息吹
「おい・・良かったな、天下の名医に見てもらって」
掛川はウインクした。
大学から戻った香月に両親が訳を聞いたが、鳩の怪我だとだけ言った。紫竜号と共に参加した2羽が、丁度この時間一緒に戻って来た所だった。時刻は10時半。打刻はしたものの、香月はまだ放心状態で、時計を自分の所から一番近い浦部の家に預けて、川上氏に電話した。
「何!紫竜号が!」
状況を全て聞いた川上氏は、
「そうか・・助かったのか。良かった・・良かったね」
電話の向こうで、川上氏の声が詰まった。香月の心情とシンクロするように、川上氏も涙をぬぐった。紫竜号は、白川氏が残してくれた遺産と言える大事な・・失ってはならない鳩なのだ。この瀕死の帰舎は、圧倒的当日唯一羽帰りの記録ではあるが、日没から日の出までをカウントしないルールによって、実距離950キロしかないGC参加連合会が総合順位を独占した。分速カウントの矛盾はそこにある。紫竜号は夜も飛べる鳩なのだ。夜間訓練も経験している。紫竜号の総合順位は9位となった。その瀕死の帰還は連合会内に伝わったが、誰もが紫竜号はこれで終り・・・そう思った。それは、香月自身も確かにそう言う思いを抱いた、当時では無かっただろうか。




