白川老人
しばらく、無言で何か言いかけて、又佐伯は考えていた。川上氏は鳩舎の中を凝視したままだった。そして・・
「あの・・私は川上さんに憧れて、目指して競翔をやってきました。失礼の言葉は重々お詫びします」
佐伯は、そう言った。
川上氏が振り向いた。
「いや・・分かってくれたのだね。有難う」
それはもう優しい柔和な、いつもの川上氏の顔であった。
「川上さんの愛鳩家の姿勢は私の連合会でも、良く聞いております。ただ、川上氏に追いつけ、追い越せのレースに私は夢中になって、大事な事を忘れて居りました。勿論、私も鳩が大好きです。だから私製管を装着して居ります。けど・・こんな近くの鳩舎に迷い込むなど・・私には初めての経験だったものと、この鳩はレースでも成績が良くありません。300キロレース最中に何で、ここに迷いこんだのか・・それで、処分と言う言葉を使いました。言葉は悪かったですが、実は私の鳩舎にも迷い込み鳩は多くあります。然しながら、その鳩達は全て健康とは限りません。土鳩も迷い込んで来るのです。その鳩がもたらす大事な選手鳩達に蔓延する重大な病気・・それの危険もあります。だからこそ、心を鬼にして処分する事もあるのです。自分は、病気の蔓延を何度も経験しているからです」
「む・・それは・・」
川上氏が言いかけた、その時、香月が言った。




