白川老人
「確かに言われる事は正論だと思います。しかし、私は競翔をやっています。その競翔自体が鳩の優劣を競う順位の序列である以上、必然的に我々は優秀な血統で、優秀なレーサーを作出し、他鳩舎より優れた鳩を育て上げなければなりません。そうしなければレースには、到底勝てません。そのレースの途中で、ついて来られぬ鳩は当然失格として、切って当然では無いでしょうか。鳩レースそのものが大羽数参加で、最終レースでは、僅か数羽残すような淘汰のシステムである以上、その迷い込み対策として、確かに私も私製管を装着しては居ますが、だからその鳩が、他鳩舎に迷い込んだ時点で既にその鳩は落第。確かに愛情は必要でしょう。しかし、その建前論で、こんな厳しい淘汰の競翔を続け、成績をあげる事、維持する事など出来ないと感じます」
磯川にも似た、激しい闘志を秘めた競翔家だった。その理論も彼個人の持論で、それはそれで筋が通っているように香月にも思えた。だが、何か釈然としないものも、心に沸いていた。
川上氏は、今度は静かな口調で言った。
「佐伯君・・君は大きな勘違いをしているよ。こんな小さな動物を我々は飼っている。このかけがえの無い小さな動物は、見知らぬ遠い地へいきなり連れて行かれ放たれる。人間などの勝手な思惑など何も知らず、彼等は一生懸命自分の鳩舎へ戻って来るのだ。時には命を賭けて・・。鳩にも伴侶はあるんだ。ひたむきに、その家族の元へ飛び続ける彼等の姿を想像した事が、君にはあるか?なんと可哀相な事を我々はやってるのだ・・そう思う事が何度もあるよ。確かに・・レースとは君の言う順位を競うものだ。だが・・忘れてならないのは、彼等を人間の欲望の道具にしてはならないと言う根本なのだ。私達に出来る事は、彼等に住み良い環境を与えてやり、適切な訓練をし、彼等の秘めたる能力を最大限に引き出してやる、トレーナーであるべきだ。迷い込み鳩が駄鳩だと決め付ける前に、自分の落ち度が無かったか?住み良い環境だったか?そう考える必要もあるのではないのか?」
川上氏の目に涙をためた、鳩に対する思いを感じて、香月の目頭も熱くなった。佐伯青年も流石に心を揺るがされたようだった。




