白川老人
この日、香月が、いつものように訪れた川上宅の中からは、大きな声が聞こえていた。
常日頃非常に穏やかな人柄で、怒声を発するような川上氏ではない。どうやら、もう一人と口論してる風であった。玄関の戸を開けるのに躊躇していた香月だった。その時、上気した顔で川上氏が玄関を開けた。香月が驚いた顔で立っているのに気付くと、すぐ笑顔を作り、
「やあ、香月君来てたのか。丁度良い。君も鳩小屋に来たまえ」
この来客は、どうやら競翔関係の者らしい。それにしてもあの剣幕は・・?香月は後をついていった。若い競翔家で、25、6才位で、がっちりした体格をしていた。この競翔家は、近くの連合会で素晴らしい成績をあげている、トップ競翔家の佐伯道年と言う著名な人であった。実は、この人の鳩が川上鳩舎に迷い込んできたのを連絡をとって、今日訪問となったらしい。鳩舎の前に立つと、川上氏が又大きな声で言った。
「佐伯君!君はトップ競翔家だが、見たまえ!私の鳩舎にもたくさんの鳩が居る。だが、一羽たりと、私はこの鳩達をレースで失いたくない。私製管(住所管)とはその為に左足に装着してるのだ。今深刻化している迷い込み鳩対策だが、どんな鳩であろうとも、我々は鳩を飼っている。その愛鳩精神無くして、いかに優秀な成績を残そうが、意味は無い!君が迷い込み鳩は駄鳩と決め付けて、処分するなどと言う発言は、多いに私の競翔観に反するのだ!一羽の鳩すら大事に思わぬ者が、果たして立派な競翔家と言えるのだろうか。聞きたい!」
上気した川上氏の顔は、見た事の無い厳しいものであった。香月は黙って聞いていた。




