事件
日照和尚がゆっくりと話しはじめた。
「わしが仏門を選んだのは、昭和の戦争中の事でしてな。わしは、暴れ者と言うより戦争一色である当時の世の中、非国民と非難された不戦論者だった。当時の徴兵制度に反対して、牢獄にも入れられた。結局こうして坊主の道に入る事になったのじゃった。人の命は尊いものだ・・若い、これから社会で活躍出来るであろう尊い命を、国家の為とは言え、戦争と言う大義名文の元に差し出す。わし等が不戦論を唱えた所で、どうにもならない大きな流れ、力が動いて居た時代。わしは、国家の為に投げ出す命が、決して惜しかった訳では無い。国家に差し出す命が当然のように言われたそんな時代、せめてわしは、この自分の手で、若い命を散らして行った人達の魂を供養をしたかったのじゃ。全国を歩き回り、いつしか、この古寺に来た時、戦争は終った。この世に生を受けて、それぞれに成すべき事もあろうに、無念の内に死んで行った若者の涙が、絶望が、人の現世は終っても、御霊は残る事があるのじゃ。この高齢になっても、まだまだ、わしは供養せねばならぬ。香織さん、決して恐ろしい事では無い、聞いてくださるか?」
香織は、香月の手を強く握った。香月は優しく香織の肩を抱いた。




