プロローグ
香月が何故、競翔に夢中になっているのか・・この孵化した子鳩の電話をしているのか・・・
物語は3年前に遡る。
彼が中学生に通っていた頃、学校に一羽の鳩が迷い込んできた。その鳩は肩がだらりと垂れ下がり、翼を痛めていた。ほとんど飛ぶ事も困難な状態にあり、薄汚れた体だが、非常に俊敏そうで、理知的な瞳をしたその鳩が、一目で神社仏閣に居る「土鳩」とは違うように思われた。小さい時から動物好きな彼はすぐさま鳩を抱きかかえると、不思議に鳩は全く暴れもせず、彼の手に収まった。
見れば、左足には鳩競翔連合会の足輪、右足にはピンクの番号の入ったゴム輪、更にそのゴム輪の下には愛鳩倶楽部、川上の住所管が装着されてあった・・絹の様なふさふさした羽毛、ルビーのような眼をしたこの鳩がとても大事な鳩であるように感じた香月は、すぐさま、近所の動物病院へ連れて行った。
「うーーん、私も動物病院を開設して長いが、鳩を診るのは初めての事だよ・・よほど大事な鳩なんだろうね。人間で言えば、瀕死の重傷だ。最善を尽くして見るが、治っても恐らく以前のようには飛べないだろうね・・うん、1週間ここで治療しよう。預かっておくよ」
香月は急いで帰った。そして、ごそごそと自分の家の隅でやり出した。
「何やってんの?」
隣に住む、2つ違い年上の芳川浩二が、声を掛けた。
「鳩小屋」
「鳩飼うの?」
「うん」
香月があまりに楽しそうに言うので、兄貴分立場であるその芳川も、香月の鳩小屋作りを手伝った。
一人っ子の香月にとっては、物知りで優しい面倒見の良い芳川は、本当の兄のような関係だった。