競翔
「へえ・・そうなんだ。おとなしそうに見えるけど、香月さんって剣道をやってるの」
香織は楽しそうにくりくり目を輝かせながら、聞いた。そして突然に
「ねえ、香月さんてもてるでしょ」
大きく香月はかぶりを振った。
「そんな!・・全然だよ。僕なんか変に大人びてる奴って敬遠されてるよ、いつもクラスの隅に居るもん」
そして香織は例の調子で、常套文句を言った。
「じゃあ・・もしも。もしもよ。私が香月君の彼女だったとして、今貴方が夢中になってる鳩なんか飼うのを止めてと言ったらどうする?」
香織が初めて喋った人間に対してこの台詞を言った後、少ししまった・・と言う顔になった。香月自身に、微妙な心の揺らぎを感じたからかも知れないが、それは、無意識に出てしまったのだ。
ところが・香月は・・。
「確かに難しい質問だね。でも、上手く言えないけど、僕は川上さんのような立派な競翔家の下で、鳩レースを楽しみたいと思ってる。君は今、不幸せだろうか?きっと鳩にかける愛情以上の気持ちで君に接してくれてるお父さんだと思うよ。だって、僕にもこんなに気遣いしてくれる素晴らしい人だもん。とっても尊敬してる。そして君もきっとお父さんが誰よりも好きだし、鳩に夢中になってる川上さん自身を、君は見るのが好きなんだと思う。だから、止めない」
この誰よりも自分の気持ちを完璧に見抜いた香月に香織は、他の者と全く違う何かを感じた。
当にこの時、香織の心は動いたのだ・・出会いがここにもう一つ生まれたのだった。




